スピリチュアリズム 

スピリチュアル・カウンセラー
天枝の日誌

第18話
「 スピリチュアリズムとは 」

天枝がエテルナで読書会を始めてからどれぐらいになるだろう。
出席者は途中で何人かが出入りしたが、天枝と使枝はもちろん、松本さん、塩谷さん、美知恵さんに加えて、希和さんという人が加わっていた。

天 枝:
今日から新しい試みで読書会を始めたいと思います。

松 本:
天枝さんから、どのページに書いてあるかを教えていただいていたので、そこを読み返すだけで理解が進みました。

塩 谷:
僕もです。
参考ページを教えてもらわなかったら全巻を読みながら探さなければいけないのですごく大変。

美知恵:
私はずっとノートにまとめてきたので、自分のノートも参考にしました。
その都度、感じたこととか皆さんがおっしゃったこととかもメモりましたから。

使 枝:
内容的には それほど多くはありませんが、シルバーバーチを勉強する身としては「スピリチュアリズムとは何か」というのは真っ先に知っておかなければいけないことですから、新しい試みとしてこの内容を選んだのは良かったと思います。

希 和:
私はまだ皆さんについて行くだけで精一杯なので、今日も勉強させていただきます。


週に1度ずつの読書会だが、全12巻を読み終えるのに約3年かかった。
一通り読み終わったところで、読書会のやり方を変更することにした。

今までは真面目に1章ずつ読んできたが、どの章も内容が豊富過ぎて、理解がなかなか進まないことが多々あった。
それで、今回から的を絞っていくことにしたのだ。

最初の試みとして、「スピリチュアリズムとは何か」から再出発することにした。
「スピリチュアリズムとは何か」についてシルバーバーチが応えているページを天枝がピックアップし、そのページだけをみんなに伝え、各自がそのページと自分でメモしたところなどを併せて語り合いながら理解を深めていくというものだ。
新しい試みに対して、誰もが学習意欲が増しているよう見える。


天 枝:
では、いつものようにお祈りから始めたいと思います。

(祈始)
天と地、すべてにあまねく臨在していらっしゃいます大霊さま。
いつも霊力を惜しみなく私たちに降り注いで下さり、心から感謝申し上げます。
シルバーバーチによって知らされた霊的真理を、一つまた一つと理解するたびに、あなた様の愛をより一層感じるようになってまいりました。
私たちは未熟だからこそ こうして学び、理解が深まるごとにあなた様の手足となって働きたいという願いが強くなってまいりました。
どうか、ここにおります数名の者たちが、あなた様の霊力と霊界の導きによってより一層働くことのできる使いやすい道具となれますように、今日もまた学習してまいりたいと思います。
どうか、各自の霊性が豊かになり、深くなり、今まで以上にあなた様を感じることができますように・・・
では、始めていきましょう。

全 員:
よろしくお願いします。

天 枝:
「スピリチュアリズムとは何か」 というテーマですが、皆さんはどのように理解されたでしょうか。

塩 谷:
前にも折に触れて理解してきたけど、こうしてまとまってテーマを絞って読んでみると、更に理解が膨らんだように思います。
今まで理解していたスピリチュアリズムというのは、スピリチュアリズム活動というか、組織のない宗教のような感じを受けていました。
でも、そうではないのですね。
スピリチュァリズムというのは単なる名称にすぎません。
私にとってそれは大自然の法則、言いかえれば神の摂理を意味します。
単なる名称に過ぎないとなると、極端に言えば、他の言葉でもいい、ということになりますよね。

松 本:
私もそれは思いました。
でもそれは最適な言葉があればですよね。
適切な言葉を新たに探すのも手間ですから、ちゃんと理解していれば「スピリチュアリズム」でいいと思います。
ただ、摂理よりスピリチュアリズムという言葉に固執してはいけないと思いますが。

美知恵:
他の読書会に行った人から聞いたことですが、「スピリチュアリズムに自分の人生を捧げましょう」とか、「霊界のために力を尽くしましょう」という学習だったそうです。
それを聞いて、何だか違和感を感じました。

塩 谷:
へえー、シルバーバーチを学んでいてそういう言葉が出てくるのですか。
意外ですね。
シルバーバーチが言っていることを理解していないということなのかな。

美知恵:
神のために、というのならわかりますが、スピリチュアリズムに自分の人生を捧げるとか、霊界のためにというのはちょっと感覚がわからなくて。

天 枝:
そう教えているところもあるようです。
私も最初それを聞いた時はいささか驚きました。

希 和:
2巻の62ページに

あなた方はスピリチュアリズムという言い方をされますが、これは地上でのラベルであって、私にとっては自然の法則そのものなのです。

ラベルに自分の人生を捧げるって・・・
やっぱり変ですよね。
ラベルはどうあれ、大切なのは内容じゃないですか。
3巻の80ページに

それをスピリチュアリズムと呼ぶかどうかはどうでもよいことです。
大切なのは真理が普及し、無知の壁が崩れ、迷信が人間の精神から一掃されて、霊的叡智が花開くことです。

美知恵:
スピリチュアリズム普及のために一生捧げるというのならわかります。
ちゃんとこう記されているのに、スピリチュアリズムという呼び名に固執する人がいるのはなぜなんでしょうか。

使 枝:
以前、「フランチェスコ」という映画を見たのですが、本来の目的と違った形で次の人たちに継承されて行くことが描かれていました。
フランチェスコは宗派を作りたかったわけではないのに、集まってきた人たちはフランチェスコに独自の規律を作るように要求しました。
フランチェスコはただ神と交わり、神の願う生き方ができればそれでいいと思っていたので、弟子たちの意見に違和感を感じて一人で山に登り、要求されていることが正しいのか、自分が求めていることが正しいのかを知りたくて神に祈った、というものでした。
初心忘るべからずというのは、一人の人間の中だけでなく、集団においても引き継がれるべきものなんだと、その時に思いました。

松 本:
あ、その映画、私も見ました。
内容はほとんど忘れましたが、確かミッキー・ロークのですよね。

使 枝:
ええ、それです。
ただ、スピリチュアリズムとキリスト教はずいぶん違うので、同じように考えることはできませんが、人が多く集まると当然のように起きる問題だとは思います。

松 本:
同じシルバーバーチを読みながら、スピリチュアリズムという名称にこだわっている人がいるのは皮肉なものですなあ。

塩 谷:
9巻124ページにある人が質問と回答ですが、

正直言って現在のスピリチュアリズム運動と霊媒現象は程度が低く…

それに対してシルバーバーチの言葉は、

ちょっとお待ちなさい。
私たちは今あなたがおっしゃったスピリチュアリズム運動というものには関心はありません。
私たちが関心を向けているのは霊的資質の開発準備が整っている人たちで、スピリチュアリストの組織の中の人であるか外の人であるかにはこだわりません。
大切なのは一人一人が自分の能力に応じて真理を追求することです。

ちゃんとこの箇所があったにもかかわらず、私は変な理解をしていました。
自分もこの質問者と同じように思っていたので、お恥ずかしい限りです。

美知恵:
私たちはどうしても宗教活動のように考えてしまいますものね。
子供の頃から植え付けられてきた種がそうなんだと思います。
宗教団体にいると、人数を増やして団体を大きくしていくことを目指していますから。

希 和:
そう教えられるんですか?

美知恵:
いえ、はっきりとは言いませんが、信者の中で誰が何人連れてきたとか、誰が優秀な人を育てたとか、そういうのが暗黙のステータスになっています。
誰もが実績のある人に憧れてそれを目指すし、実績ができれば一目置かれれるし、役もつきますから。
成長より地上の目先のステータスを得ることに喜びを感じるのですから、そういうところに霊性の低さを感じました。
こうした願望も無知ゆえの価値観の低さですよね。
社会の仕組みと何ら変わりがありません。

松 本:
シルバーバーチが言う宗教の弊害がどういうものかがわかるような気がします。

美知恵:
宗教で学ぶ内容は素晴らしいものが多いのですが、独自のものとか間違っていると思われるものもあったりします。
それ以上に、その実態が何とも・・・
宗教でも会社でも、結局は未熟な人間の集まりだからですものね。

松 本:
3巻の80ページに

私にとって宗教とは自分なりの人生を生きることであり、特定の宗派の信仰を受け入れることではありません。
人生を支配している摂理は普遍的なものです。
ということは、普遍的な理解力が世界中に行きわたれば、お互いが扶け合うことが普遍的な宗教ということになります。
それをスピリチュアリズムと呼ぶかどうかはどうでもよいことです。
大切なのは真理が普及し、無知の壁が崩れ、迷信が人間の精神から一掃されて、霊的叡智が花開くことです。

83ページに

<メンバー>
おっしゃるような生き方ができなければ、スピリチュアリズムも既成宗教と同じように失敗に終わることになるわけですね。
<シルバーバーチ>
その通りです。
必ず同じ運命をたどります。
私たちが地上へ戻ってきたのは一時のセンセーションを巻き起こすためでもなく、一部の人たちだけに喜びをもたらすためでもありません。
肉親を失った人を慰めるのも大切です。
悲しみの涙にくれる人の涙を拭ってあげるのも大切です。
が、それよりもっともっと大切なことは、霊的真理を日常生活のすべてに生かすことです。
“無知”から生じる世の中の害毒を無くさなくてはなりません。
スピリチュアリズムを生かすも殺すも、地上にいる私たち次第ということのようですね。

塩 谷:
いくらシルバーバーチの霊訓を読んでも、宗教団体と同じようなことをしていては元も子もないということなんですね。

希 和:
霊的真理を日常生活のすべてに生かすことですか。
ということは、霊的真理がどういうものかをしっかり知らないと生かすこともできない、ということですよね。

使 枝:
その辺りが宗教団体と似ているというか、間違えやすいところなのかもしれません。

希 和:
と言うと?

使 枝:
教えられたことを日常生活に生かす、という点です。
既成宗教であれ、新興宗教であれ、新新宗教であれ、そこ独自の教えがあります。
どこでも それを日常生活に生かせと教えているのですから、そこが間違えやすいと思うのです。

希 和:
じゃあ、どうしたらいいのですか?

使 枝:
人間に教えられたことを妄信して実践するのではなく、自分の体験で真理に確信を持てたことを実践するのです。

天 枝:
私もそう思います。
例えば、無知についてですが、無知がどれだけ人間を愚かにさせるものなのかを、周りの人たちや過去の自分を振り返る中で理解を深めていくのです。
愛についてもそうです。
愛とは恋愛のことだけではありません。
本当の愛がどういうものかがわかれば、自ずと自分の力量に見合った愛し方ができるようになります。
そうしたことを体感すれば、シルバーバーチが言っているのが本当だとわかります。
真理を体験すれば、更に真理を学びたくなるし、更に深く体験したくなるし、確信を持つほどに無知を一掃したくなります。

使 枝:
上の人が「無知は人を愚かにさせますから、教義を広めましょう」と言ったからといって、確信が持てないままそれを鵜呑みにして実践してはいけないということです。
似ているということは、違うということですから。

天 枝:
何を伝えるかについても、自分の理性と霊性で吟味し、体験から確信を持てたものだけを伝えればいいのです。
というより、確信が持てたものしか伝えてはいけないと思います。
確信が持ててないのに伝えるのなら、それは詐欺と同じですから。

塩 谷:
ははは、詐欺ですか(笑)
いいことを言いますね。

希 和:
でも霊界があるということは、霊感がある人でないと確信が持てませんよね。
それはどうしたら良いのでしょうか。

天 枝:
霊感があった方が霊界の実在がわかるでしょうが、真理よりも自分が見えるとか聞こえるということに確信を持ちますから、真理に目が行きにくくなります。
それに、魂が成長していない中の霊感は、実際に霊感がない人よりも厄介なのです。
なぜかというと、自分は他人とは違う能力を持っているんだ、という傲慢さに陥りやすいからです。
それと、霊感がないと思っている人ですが、必然的に肉眼で見たことを中心に判断します。
つまり、世の中を肉眼で見ているうちは霊界があるという確信は持てないことになります。
魂が成長すれば霊の目で見ることができるようになって、霊感がない人でも霊界の動きを感じるようになります。
偶然はない、ということに確信を持つたびに、見えなくても霊界はある、という確信が強まっていきます。

使 枝:
一足飛びに確信が持てるわけではないのですね。

天 枝:
ええ、残念ながらと言うか、近道はないのです。
最後は霊性での判断となります。
シルバーバーチは、スピリチュアリズムは自然の法則そのもの、というのを何度も言っています。
ということは、霊的真理は特別なものではなくて、自然から学べるものなのです。
たとえば、地上にも霊界にもいろいろなサイクルがあります。
四季が毎年巡るように、生あるものは生まれて成長し、年老いて死んでいきます。
血液が心臓から出て心臓の戻るのもサイクルです。
他にもたくさんあります。
真理は特別なものではなくて、誰もが体験していることなんです。
誰もが摂理の中で生かされています。
イチゴの種からはイチゴしか芽が出ません。
当たり前のこのことですが、これが法則なんです。
当たり前すぎて気が付かないだけなんです。
そうした当たり前のことにどんどん気が付いていけば、点と点が繋がって線になり、立体的になっていきます。
その理解が多くなればなるほど、霊性が豊かになっていきます。

希 和:
本当はそんなに難しいことではないのですね。
人間が子供から大人になるまで時間がかかるように、霊的なことを理解するにも時間がかかるということなんですね。

天 枝:
そうです、その通りです。

使 枝:
来週読んできていただくところをプリントしましたので、お渡ししますね。
次回は「神、大霊」についてです。

1巻41P、42P、47P、48P、57P、61P、62P・・・
たくさんありますが、絞って読むだけでもそれなりに理解が進むと思います。
それと、真理は全てに関連性があるので、「神」だけにとどまらず、いろいろ読みこなしていただければと思います。

松 本:
さすがに膨大ですなあ。
これだけ読めば、神というものが理解できるでしょうか。
恥ずかしながら、言葉的には理解できていても、感覚的によくわかってなくて。

天 枝:
とりあえず、知識だけでも入れておいた方が良いでしょう。
あとは、自分の成長に応じて感覚的に実感し、理解できるようになるでしょうから。
では、終わりの祈りをしましょう。

大霊さま。
本日も皆が集まり、真理の学習をすることができました。
今までの歴史では偏った宗教の教義が大手を振るってきたために、スピリチュアリズムという概念は全くありませんでした。
自分たちの組織を否定されていると感じている団体は、シルバーバーチを悪魔の手先と教えているところもあります。
なんと偏狭な、なんと傲慢な人間の業なのでしょう。
いま私たちは、自然の中の事実、自然の摂理こそが霊的真理なのだとわかりました。
人間はまことに愚かで、教えられたことを鵜呑みにし、指導者がいなければあなた様を知ることも、近づくこともできないと思っておりました。
しかし、事実はそうではなく、すぐここに、私たちの中にさえあなた様がいらっしゃることがわかれば、生きることに自信が持てるし、何をも恐れずに生きていくことができます。
いま私たちがすべきことはただ一つ。
自分の中の無知を払拭し、確信の持てたことから周りの人に伝えていく、ただそれだけでございます。
愛を知った者は愛を実行し、神を知った者は神の存在を伝えていけば良いだけでございます。
本日は、スピリチュアリズムについて学び、本当の宗教とはどういうものかも理解することができました。
いつもいつも深くまで教えてくださり、一人一人の霊性に直接語り掛けてくださいまして心から感謝いたします。
読書会を終えるにあたりまして、お祈りをさせていただきました。
有難うございました(祈り)
では、また来週お会いしましょう。


天枝は読書会が終わるといつも窓越しに外を見る。
季節の移り変わりを感じるたびに、シルバーバーチが語ってくれた真理が心の深くまで染み入るのを自覚する。
冬の次には必ず春が訪れる。
何の変哲もない当たり前のことなのだが、その当たり前のことが凄いことなのだと思わずにはいられない。

この日、風が強くて落ち葉が舞っていた。
この風もやがては必ず落ち着く時が来る。
風が落ち着けば、舞っている葉は静かに道の隅に集まって積まれていく。
全てが愛おしく感じるひと時だった。

― end ―

2019 / 2 /14

 




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