スピリチュアリズム |
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短編小説 |
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第11話 ④
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口コミというのはすごい。 宣伝など何もしていないのに、ここでの交霊の話が独り歩きをしているようだ。 |
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郁夫がものすごい占い師だと思っている人や、どんな霊とでも話せる霊能者だと思っている人、宗教の教祖のように人生指導をしてくれる人だと思って電話をしてくる人が多くなってきた。 それが高じて、先生と呼ぶ人も増えてきた。 |
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そういう呼び方はやめてほしいと、そのたびにお願いしているのだが、それでも先生と呼ぶ人が後を絶たない。 なんとも変な心持だ。 |
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最初の頃は電話をしてきた人全部に来てもらって交霊してきたが、最近は依頼の電話が増えてきて物理的に対処できなくなってきた。 それで母親の寿々音がざっとの内容を聞いて、受けるかどうかの判断するようになった。 |
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郁夫は交霊をやるとエネルギーが充満して元気になる。 ところが、母親の寿々音はエネルギーが削がれるみたいで、終わるとどっと疲れが出るらしい。 それもあって辛い選択だけれど、受けるのは1日に2組だけに限定することにした。 |
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この日やって来たのは小学生ぐらいの女の子を連れた男性だった。 お父さんの名前は菊谷悟さんといって、子供は莉奈ちゃんといった。 |
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半年ほど前に交通事故で妻を亡くした。 妻の名前は麻未。 朝出かける時、お弁当を手渡してくれて、元気に手を振って送り出してくれた。 昼ごろ突然警察から知らせがあったので駆け付けたのだが、すでに冷たく硬くなっていた。 即死だったと告げられた。 |
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あの笑顔はもう帰ってこない。 料理が得意で鼻歌を歌いながら作っていたのに、その料理がもう食べられない。 疲れて朝起きられないようなときは、車の中で朝食を取れるようにと会社まで車で送って行ってくれた。 自分の下手なオヤジギャグを言うと、お腹を抱えて笑ってくれた。 3人で手を繋いで公園を散歩して、ソフトクリームを買ってベンチに座って食べるのが好きだった。 どれもこれも思い出になってしまった。 |
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今まで何の不足もなく幸せに暮らしていたのに、一瞬にして奈落の底に突き落とされたとはこのことだ。 陽の光が部屋の中に入って来ても、とても暗く感じてしまう。 気持ちを切り替えなければと思うが、涙の方が先にあふれ出てくる。 2人ともいまだに麻未さんの死が受け入れられなくて苦しんでいるという。 |
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莉奈ちゃんは母親を恋しがり、毎日のように泣いてばかりいて、学校にも行けなくなってしまった。 | |
妻がもう戻ってこないことは理屈ではわかっている。 だから父子2人でで生きていくためには、前に進むしかない。 慣れない家事に手こずったり、莉奈ちゃんの世話をしていたりする時は気がまぎれる。 しかし食事が終わり、掃除も洗濯も終わって子供が寝て1人になると、どうしようもない寂しさとか不安が押し寄せてくるという。 |
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昼間は会社に行っているし、残業もかなりある。 当然だけれど、子供には寂しい思いをさせざるを得ない。 無理やり学校に行かせるのもつらいし、かといって家に1人で置いておくのは心配でならない。 |
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いっそのこと莉奈のために会社を辞めようかとも考えたけれど、そんなことをしたら収入が無くなって、たちまち生活が成り立たなくなってしまうから現実的ではない。 | |
自分の両親に預けることも考えたけれど、両親が住んでいるところは離れているし、莉奈が自分と離れて生活するとなると更に心の負担が大きくなるのではないか。 そう考えるとそれも踏み切ることができない。 |
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もし本当に妻と話ができるなら、自分はもちろん、子供の気持ちも落ち着くのではないか。 そう思って半信半疑ではあったが、ダメもとで電話をしてみたということだった。 |
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郁夫が交霊する部屋には特に何も飾ってはいない。 来る人は、すごい祭壇か何かが祭ってあるんじゃないかと想像する人が多いが、ごく普通の6畳の部屋にソファーが置いてあるだけの簡素な部屋だ。 |
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郁夫の両側に2人に座ってもらい、寿々音がいつも通り簡単な説明をした。 | |
父親の悟は郁夫の肩に手を置き、娘の莉奈は両手で郁夫の腕をつかんだ。 | |
ところが なぜかこの日はなかなか眠くならない。 交霊が始まらないのだ。 |
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寿々音が、もしかしたら莉奈ちゃんが腕をつかんでいるから郁夫の意識がそっちに行っているのではないだろうか、と思った。 それで莉奈ちゃんに膝の上に手を置いてもらうことにした。 |
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やはりそうだった。 莉奈ちゃんが腕をつかんでいる力が強くて、郁夫の意識がそっちに引きずられていたようだった。 |
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しばらくしたら いつものように郁夫に眠気が来た。 | |
20分ほどして交霊が終わった。 母親が去ったようだ。 |
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郁夫が目を開けると、2人とも頬が紅潮していた。 来た時の沈んでいる様子とは打って変わって、生き生きとした表情になっていた。 |
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悟: | 有難うございました。 妻に会うことができました。 妻が言うには、自分はいつも一緒にいるのに誰も自分の方を振り向いてもくれないし、話しかけても聞いてもくれないし返事もしてくれない。 それどころか、娘の莉奈は沈んでいて、自分の名前を呼び続けて泣いてばかりいる。 私はここにいるのになぜそんなに寂しがるの? なぜ泣いてばかりいるの? 私と莉奈にずっと言い続けていたようです。 君は事故で死んだんだよ、と言うと「私はまだこうして生きているわ」と言って驚いていました。 事故はあっという間の出来事だったので、記憶の中にはないようでした。 でも、こちらから君は見えないし、声も聞こえないんだよと話すと、納得してくれました。 |
莉奈: | ママとお話しできてすごく嬉しかった。 ママもすごく寂しかったんだって。 目に見えなくてもいつも一緒にいるのよ、って言ってくれたの。 学校にも一緒に行くからね、って。 莉奈、もう寂しくない。 ママと約束したの。 莉奈がママに話しかけたら、ママは何か音を出して返事してくれるって。 たとえば、学校だったら鉛筆を少し転がしたり、何かを使ってピシッとかコトンとか音を出して返事してくれるって。 それだったらもう寂しくない。 これからはお掃除とかお洗濯も少しづつやってパパを助けていきたいし、お料理も覚えて、ママが得意だった海鮮グラタンを作れるようになりたい。 これからは学校でもママと一緒にいられるから嬉しい。 |
2人は何度も何度も頭を下げて、嬉しそうに帰っていった。 | |
郁夫: | 莉奈ちゃん、本当に良かった。 肉体が無くなっても生きているって、すごいことだと思う。 それを知っているのと知らないのとでは、天と地ほど人生観が違ってくる。 今日は改めてそれを思った。 |
寿々音: | そうね。 不思議だけど、人って死なないんだよね。 いつかは莉奈ちゃんは大人になるにつれて、お母さんとお話しするのが少なくなっていくと思う。 莉奈ちゃんがお母さんからの返事が必要なくなる時が来ると思うけど、その時は莉奈ちゃんのお母さんも次の段階へ進めるんだろうね。 |
来た時とは全く違って明るくなった2人のことを話して、寿々音と郁夫は、依頼を受けてよかったね、と話し合った。 | |
― 続く ― |