スピリチュアリズム 

ちょっとスピリチュアルな
短編小説

第4話 「 自分探しの旅 」


弘志は現在50歳。
自分でもどうしてかわからないほど、行き当たりばったりの人生を送ってきた。
振り返ってみると、満足の行くようなことは一つもない。
どれもこれもが中途半端で、肝心なところでいつも逃げ出してきた。

「 オレはどうしてこんな腐った人生を歩くことになったんだろう。
 自分でもほとほとイヤになるな。
 何が悪かったんだろう。
 どこから間違ってしまったんだろう。
 やっぱり、生まれた時から間違ってたのかな・・・ 」

考えれば考えるほど、自分の全て、自分も、自分を取り巻く人も環境も、何もかもがイヤになった。
旅にでも出れば、少しは自分を整理できるかもしれない。
そんな気がして、思い切ってアパートを引き払うことにした。
家具の全てを処分して、身の回りの物をボストンバッグに詰め込んだ。

行き先は決まってない。
とりあえず隣の駅までの切符を買って、プラットホームに停車していた列車に飛び乗った。
運賃は、出る駅で払えばいいや、と思って。

昼間だからだろうか、乗っている人は少ない。
誰も自分のことなんか気にしないから、気が楽だった。
頬杖をついて、景色が流れていくのをぼんやりと眺めていたら、線路際の道を、母親が子供をおぶって歩いているのが見えた。
しばらくはその母子を目で追っていたが、その光景が遠のくにつれ、自分の生い立ちを思い出さずにはいられなかった。

弘志はまだ乳飲み子の時に、母親に捨てられた。
真夏の早朝、バスタオルにくるまれ、買い物カゴに入れられて、乳児院の玄関に置かれていたという。
バスタオルをめくると、お腹にはまだへその緒がついていたことで、ワケありの子だというのがすぐわかった。
乳児院の園長先生が『 弘志 』という名前を付けてくれた。

置き去りにされた時の買い物カゴはもう壊れてしまったが、産着とバスタオルだけが自分の存在の証しとなった。
親のことを考えるたびに憤りと悲しさが入り混じり、何度も何度も捨ててしまおうと思った。
しかし、もしも母親が自分を探しに来たら、と思うと、結局は捨てられずに今日まで取っておくことになってしまった。

その後、児童養護施設に移り、中学を卒業するまでそこで暮らした。
親代わりの優しい職員が何人かいて、というのはドラマの中だけで、弘志の記憶の中では、職員は機械的だった。
言うに言われぬ虐待を受けたこともある。

学校では施設に入っているというだけでバカにされ、いじめられた。
そんな生活がイヤで、何度も施設から逃亡したが、そのたびに見つかって連れ戻された。
1度だけ成功したことがあるが、お腹が空くのに耐え切れなくて、結局は自分で施設に戻るしかなかった。

中学を卒業して、やっと正式に施設から出られた。
施設の園長先生の口利きで工場に就職することができたが、中卒ということで見下され、頭に来て2か月ほどでやめた。
そのことは、園長先生には言えなかった。

一人で就職口を探したが、両親がいないためになかなか見つからない。
それでも、歳をごまかしてやっと夜の仕事に就くことができた。

すぐに彼女ができた。
そこで働いていたホステスだ。
5歳年上だったから、自分を弟のように可愛がってくれるのが嬉しかった。

しばらくは彼女のアパートでヒモ同然に暮らしていたが、妊娠したことがわかったとたんに恐くなって、そこから逃げてしまった。
「 子供は生まれたんだろうか 」 と、たまに考えることもあるが、責任を問いただされるのが恐くて、会うことはできなかった。

それからは仕事を転々とした。
日雇いの土木作業員として働いたこともあるし、詐欺まがいのセールスをして警察沙汰になったこともある。
ティッシュ配り、ポン引きもやったが、いくら困ってもやくざにだけはならなかった。

身体だけは頑丈にできていたらしく、何とか今まで食いつないできた。
50歳を過ぎた今、自分の人生、自分の存在というものを考え始めた。 これからだんだんと歳を取っていく。 今自分というものをしっかり見つめておかなければ、どこかで野垂れ死にしそうな気がしたのだ。

それで、今までの自分をリセットするつもりで、少ない家具を売り払い、自分探しの旅に出たのだった。

列車を乗り継いで、なんとなく降りてみたくなった駅で降りてみた。
改札口を出て周りを見渡してみると、旅館やホテルの看板が並んでいる。
そうか、ここは温泉街だ。

あてもなく歩いていると、通りから一本奥に入ったところに質素な旅館を見つけた。
見るからに胡散臭そうな感じがする。
でも、今の自分が泊まるにはふさわしいかもしれない。

泊まりついでに、女将さんに、しばらく働いてみたいと申し出てみた。
すると、ちょうど働き手を探していたということで、保証人もないまま住み込みで採用してもらえることになった。

旅館には、過去を隠したい人たちがたくさんいる。
お互いに身の上のことは聞かないし、ましてや自分から話すことはないから、どんなことを背負っているかは誰にもわからない。
ただ、どの人からも、自分の過去を封じ込めている雰囲気が漂っている。

その中に、もう70歳を過ぎただろうか、ミツという人が仲居として働いていた。
弘志は母親の味を知らなかったが、もし母親がいたらミツのような人ではないかと思えた。

なぜか、ミツと話していると懐かしさを感じる。
話を聞くと、ミツは若い頃に男に騙され、借金のカタにソープに売られたという。
40歳の頃にやっと借金を返し終わり、自由に生活できるようになった。
すると、自分と結婚したいという人が何人か現れた。

ミツは、「 私は若い頃はけっこうもてたんだよ 」 と懐かしそうに笑いながらも、「 どの人もソープという過去を知ったとたん、離れて行ってしまったよ 」 と、寂しそうに言った。

それでも、そんな自分でも良いという人がいたので結婚の約束をしたが、その人は借金を押し付けて逃げてしまった。
またしても男に騙されたのである。

仕方なく夜の商売に入り、やっとの思いで借金を返し終わったが、その時はもう50歳を越えていた。
自分はもう普通の人生は送れないと思って、死を覚悟してさまよったあげく、この温泉街にたどり着いたとのことだった。

弘志は、ミツもまた自分と似たような辛い境遇をさまよって来たことを知って、胸が熱くなった。
そして、一度でいいから親孝行の真似事がしてみたいと思った。

気心が知れあうようになると、弘志はミツの行くところならどこへでもついて行くようになった。
病院に行くと言えば、病院へ。 買い物に行くと言えば、買い物にもついて行った。

ミツはことあるごとに言う。

弘志ありがとう。
あんたのおかげで私はやっと人間らしい生活をしているように思うよ。
一生のうちで今が一番幸せだ。
今まで神様なんて居ないと思ってきたけど、やっぱり神様って居るんだねえ。
こんな粋な計らいをしてくださるのは神様しか居ないもんねえ。
この歳になって、血の繋がらない人からこんなに良くしてもらえるとは思ってもみなかった。
本当にありがとう。
私はどうやってあんたにお返ししたら良いんだろう。

ミツがそう言うたびに、弘志もまた同じことを繰り返して言う。

ミツさん、俺の方こそ礼を言わなきゃいけないんだ。
こんなどこの馬の骨ともわからない俺に温かい言葉をかけてくれたのは、あんただけだ。
ありがとな。

それから2人は親子のように、一緒に暮らし始めた。

スーパーで献立を相談しながら食材を買うのはとても楽しい。
「 何が食べたい?」 「 今日はサンマが美味しそうだね 」 「 たまには贅沢してメロンなんか買っちゃおうか 」

帰りは、 「 重いから俺が持つよ 」 と言ってミツの手から荷物を受け取り、もう片方の手でそっとミツの背中を支えながら、2人でアパートまで続くゆるやかな坂道をゆっくり上る。 上まで登りきると、ミツはいつも 「 ふー 」 と一息つく。

天気の良い日は布団を干したり、掃除をしたりする。
一緒にテレビを見ながら、笑い転げることもある。
ミツは料理が得意ではないが、弘志にとっては素朴な味付けが嬉しい。

家族がいる人にとっては、当たり前に過ごしている日常なんだろうが、2人にとっては生きていることを実感できる楽しい時間になっていた。

それから1年が過ぎた頃、ミツの体調が急に悪くなり、思うように働くことができなくなった。
今まで酷使してきた身体が悲鳴を上げたのだろう。
弘志はそんなミツをかいがいしく看病したが、数ヶ月たって他界してしまった。
ミツが居なくなった時の弘志の落胆は大きく、一晩中泣き明かした。

それでも、ミツと過ごした日々を振り返ると心が温かくなる。
目には見えなくても、いつもミツが傍に居てくれるような気がする。
すると、しだいに寂しさや悲しみが遠のいて行った。

ミツが亡くなって1ヶ月ほどたったある日、弘志は旅館を去る決心をした。
それを聞いた女将さんが、一通の手紙を弘志に渡した。
それはミツから弘志への手紙だった。

弘志へ
この手紙をあんたが読む頃は、私はもう居ないかもしれない。
でも、私はいつも弘志と一緒に居るよ。
前は世界で一番不幸だと思っていたけど、弘志のおかげで世界で一番幸せになることができた。
一時は神様を恨んだこともあったけど、今になって、神様は私を見捨てなかったと思えるようになったよ。
弘志と出会えたことは、神様からのご褒美だったんだね。
弘志、ありがとう。
本当に今まで良くしてくれてありがとう。
最後に、私にも少しばかりの貯金があるから、何かの足しにして欲しい。
通帳は女将さんに預けてあるから、ぜひ受け取って欲しい。
今まで本当にありがとう。            ミツ

そう綴られていた。

読み終わった時、女将さんは弘志に通帳と印鑑を手渡した。
その通帳を見たら、毎月少しずつ貯めたミツの苦労が偲ばれた。

金額は30万円ほどだったが、弘志にはその温かさがたまらなく嬉しかった。
ミツの葬儀を簡単に済ませると、弘志は旅館をあとにした。
でも、最初にこの温泉街にやって来た時の空虚な思いはなかった。

列車に揺られていたら、ふとミツが言っていた言葉が思い出された。

弘志、人生って面白いねえ。
嫌なことも苦しいことも、嬉しいことも楽しいことも、ぜーんぶが積み重なって自分が作られていくんだから。
人生はいろいろな体験を軸にして織られた織物みたいなものさ。
今ここに来て振り返ってみると、自分で織って来た人生がよく見えるよ。
弘志の人生も同じさ。
今の弘志が、弘志自身なんだよ。
これからもまだ人生を織り続けるんだから、これからは後悔しないような良い人生に仕上げて行っておくれね。

 そうだ、今の俺が、俺自身なんだ。

弘志は、やっと本当の自分というものを見つけたように思った。

弘志はミツが他界してもなお自分に語りかけてくれているのを知って、決して一人ぽっちの人生ではないことを感謝した。
これからは、残りの人生を自分のためではなく、誰かのために使いたいと思った。
なぜかと言えば、昔のように、他人のことはどうでもよくて、自分のためだけに生きていた時はいつも空しくて殺伐としていた。
しかし、ミツと一緒に生きた日々を振り返ると、何ものにも替え難い心の充実感があり、何ものにも優る宝であったことに気がついたからだ。

残りの人生は、どんなふうになるかはわからない。
しかし、たった一つだけれど、「 人を愛する人生、人のために生きる人生こそ、最高の人生 」 ということだけは、誰にでも胸を張って言えるような気がする。

弘志はとりあえず、自分を育ててくれた乳児院と養護施設を訪問し、今までの詫びを言い、感謝の思いを伝えたいと思った。
そして、以前自分の弱さから捨てた女性を探し、もし子供が生まれていたら、せめてもの罪滅ぼしとして、名乗らずに応援しようと考えた。

こうして、送ればせながら、弘志の本当の人生がスタートした。


― end ―

2009 / 07 / 28 初編
2014 / 04 / 05 改編

 

 

 










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