スピリチュアリズム 

スピリチュアル・カウンセラー
天枝の日誌

第21話
「 刑務所帰りの女性 」

以前カウンセリングを行う時は客と同じフロアの一番奥の席で行っていたのだが、依頼者の顔がお客様から見えてしまうのと、話している内容も聞こえてしまうということで、パーティーションで区切って一部屋作ってみた。

入り口を入ってフロアと別の方向に設けた場所なので、お客の誰とも顔を合わせることなく部屋に入ることが出来るようにした。
ここは天枝と使枝にとってはお気に入りの1室になった。

ある日、1人の女性が中に入るのをためらっているのか、入り口の近くを往ったり来たりしている。
使枝がそれを見つけてドアを開け、声をかけてみた。

使 枝:
中に入られますか?

客:
は、はい、あのう・・・
私どうしたら良いかわからなくて
助けてください・・・

その言葉を聞いて、使枝は即座にパーティーションで仕切られた別室へ案内した。

見かけはこざっぱりしているが、うつむき加減で目だけを動かして店内を見る様子は少しオドオドした感じというか、不安に包み込まれているというような感じがした。
うつむいているのでよくは分からないが、雰囲気としては、歳は30代後半か40代前半というところだろうか。

使 枝:
大丈夫ですよ。
ここなら誰からも見えませんし、話していることも誰にも聞こえませんから安心してください。

使枝がそう言うと、その人はホッとした顔つきになった。
その人は1枚のメモをバッグから取り出して使枝に見せた。

メモにはエテルナの住所と地図が書いてあった。
聞くと、以前ここでカウンセリングを受けた友達が教えてくれたということだった。

使枝は天枝を呼び、交代した。

天枝は一通りのことは訊くが、本人が自分から言わない限り無理強いはしない。
名前を告げたがらない人には、天枝はいつも、男性は『太郎さん』、女性は『花子さん』と呼ぶことにしている。
この人も名前を言いたがらないので『花子さん』と呼ぶことにした。

天 枝:
どうされました?

花 子:
お願いです  助けてください・・・
自分では   もう   どうしようもなくて・・・
何を   どう   考えていいか・・・
わからなく   なりました・・・・・

花子さんはボソボソと話し始めたが、なかなか要領を得ない。

天 枝:
大丈夫ですよ。
秘密厳守ですから誰にも話しません。
気軽にお話ししてみてください。

花 子:
私 ・・・
実は ・・・
えーと ・・・
去年 ・・・・・
刑務所を出てきたんです ・・・・・

天 枝:
詳しく話せますか?

花 子:
私・・・
そんなに  悪い 人間ではないので・・・・・
あなたに  危害は  加えません・・・・・
だ か ら  怖がらないで・・・・・
でも  刑務所に  入っていたぐらいだから・・・・・
やっぱ  極悪人だよね・・・

天 枝:
大丈夫ですよ。
気にしないで話してみてください。

花 子: ・・・・・
実は   2年前 ・・ ・
自分の子供を殺して ・・・
去年まで  刑務所に入ってた・・・・・
死刑  に してほしかった・・・
でも2年で 出てきちゃった・・・
子供を殺したのに   たった2年だよ・・・
こんなこと  話してもいいのかな ・・・
天枝は少しドキッとしたが、

天 枝:
ええ、気兼ねなく話してください。
・・・辛い日々を送ってこられたんですね。
その言葉を聞いて、その人は突然 両手で顔を覆った。
今にも息が止まるのではないかと思えるほど、嗚咽をこらえている。
次第に指の間から涙がこぼれ始めると同時にテーブルに突っ伏し、堰を切ったように声を出して泣きだした。
花子さんが落ち着くのを待って、「どうしてお子さんを?」 と訊いてみた。
花子さんは差し出されたティッシュで目と鼻を拭いてから、ゆっくり話し始めた。

花 子:
弁護士さんが 育児ノイローゼで心身ともに衰弱していて冷静な判断が出来なかった みたいに言ってた
たぶん そうだったんだと思う
それで 服役中の半分は 病院にいた

天 枝:
当時、ご主人には相談したのですか?

花 子:
結婚はしていない・・・
1人で産んだ ・・・
産もうかどうしようかと悩んでいる間に 中絶できなくなってしまって  しかたなく出産したけど収入がなくて 働くこともできなくて 誰に相談したらいいかもわからなくて ヤンキーをやって家出を繰り返していたから 親から勘当されて 親に頼ることもできなくて 好きな人との間にできた子供だったけど その人はさっさと他の人とくっついちゃって  私は1人になってしまって・・・
頭もおかしくなってきたみたいで 友達も厄介なことにはかかわりたくないって感じで みんなだんだんといなくなってしまって ・・・

天 枝:
ご両親は赤ちゃんが生まれたことを知っていたんですか?

花 子:
言ったら殴られるから 言ってなかった

天 枝:
その時はどこに住んでいたの?

花 子:
友達の家 アパート
出て行けって言われたけど行くところがないし 私に関わりたくなかったみたいで ずっと帰ってこなかったので 帰ってくるまで待っていようと思ったけど

天 枝:
生活費はどうしていたのですか?

花 子:
お金は 最初 親からもらっていたけど だんだん くれなくなって 仕方ないから親のいない時に家に入って 盗んでた・・・
私が盗んでいるのがわかると 財布を隠されたんで お金が無くなって 毎日が暗くて ミルクも買えなくなって 2人で餓死しようと決めたのに 子供が泣きだして 止まらないぐらいに泣いて 泣きやんでって頼んだら 泣き方がもっとひどくなって それを止めようと手で口を押えたらしばらくしたら泣き止んだけど ・・・
子供はだんだんぐったりしてきて ・・・
抱っこしても起きなくて・・・
私が死ななくて子供が先に死んじゃった ・・・

天 枝:
生活保護は受けなかったんですか。

花 子: そういう制度があるなんて知らなかった。
知ってたら 子供は死なずに済んだかもしれない ・・・
でも今は教えてもらって生活保護で暮らしてる
早く仕事を見つけるようにって 再三言われているけど 子供を殺して刑務所に行った人間が 仕事を見つけるって難しい
でも 頑張って探してるけど バイトが決まっても結局どこかからのタレコミでわかってしまって 辞めさせられてしまうんだ
私 ・・・ まだ20歳なのにいつも40歳ぐらいに見られる
罰なのかな ・・・
20歳と聞いていささか驚いたが、それは肌が荒れて化粧をしていないのと、髪も手入れが行き届いていないし、何より苦しんでいるせいだと思った。

天 枝:
ご両親は?

花 子:
裁判の時とか刑務所には来てくれたけど 今は引っ越しをして新しいところに住んでいるから 家に来るなって言われてる
近所の人に 自分の娘が人殺しだなんて知られたら 困るって
当たり前だよね
たまに母親がお金を持ってきてくれる
振込だと役所に知られてしまって 保護費を削られてしまうから
お金を手渡したら 何も言わずにそのまま帰るんだけどね
親もそれなりに 気を使ってくれているみたい
親にも 悪いことをしたと思ってる
こんな私 生きていてもいいのかな・・・
こんなクズ人間 いなくなった方がいいんじゃないかな・・・

天 枝:
これからのことを話しましょうか。

花 子:
私  もう・・・
どうやって生きて行ったらいいのかわからない ・・・
死ぬこともできないし 自力で生きることもできないし このまま市役所のお世話で 細々と生きながらえて死ぬのを待つだけでしか 生きられないのかな ・・・
楽しいことなんて何もしなくて ただ食べて寝るだけの生き方しか しちゃいけないのかな ・・・

天 枝:
お子さんへの償いですよね。
ご両親にも辛い思いをさせてしまったから、その償いもありますよね。

花 子:
まだ償いは終わってないということ ・・・?
弁護士さんは「もう償ったんだから堂々と生きて行けばいい」って言ってくれたんだけど

天 枝:
もちろん、堂々と生きてください。
それとは別に、残念だけど償いはまだ終わってはいないんです。
世の中では刑期を終えることで償ったというけれど、それは直接の償いではなくて、単なるこの世のケジメです。
花子さんの場合は自分のお子さんを手にかけたけれど、世の中には自分の子供を殺された人もたくさんいます。
服役した人にとっては刑期を終えることが償いだけれど、殺された側の親御さんにとってはそうではないんです。
気持ちが吹っ切れないまま、心の傷を癒すことなんてできなくて、殺した人を憎みながら一生じっと我慢しながら生きて行くしかないんです。
だから、刑期を終えたからと言って償いにはならないんです。
あなたの場合は他人の子供を殺したたわけではないので、あなたを罵倒する人は少ないと思います。
傷を負わせた人は少ないけれど、お子さんへの償いは絶対にしなくてはいけません。
少なくとも、ご両親を深く傷つけていますから、その償いも必要です。

花 子:
そうなんだ・・・

天 枝:
実は 本当の償い方があるんですよ。

花 子:
本当の償い方?
どうすれば ・・・

天 枝:
花子さんは霊を信じますか?

花 子:
幽霊? 
わかりません。

天 枝:
幽霊ではなくて、自分の守護霊とか背後霊のことです。

花 子:
見たことがないのでわかりません。

天 枝:
確かに霊が見える人はほんの一握りなので、見えない存在を信じるというのは難しいことかもしれませんね。
でも、感じることはできるんですよ。

花 子:
えっ・・・?
どうやって ・・・ ?

天 枝:
守護霊はいつもあなたを守ってくれている存在なんです。
良心とか善の心が勝っている時には感じるけど、本能とか悪の心とか不安がいっぱいの時は感じないんです。
それでもチラチラとは感じることはあります。

花 子:
チラチラと?

天 枝:
ええ、そうです。
たとえばですが、ヤンキーをやっていた時、親に小言を言われるのは嫌だったけど、親が言うことは全部間違ってると思ってました?

花 子:
冷静に考えると親の言ってたことは当たり前のことで、自分が自分を持て余してたっていうか、わかっているのに聞く耳を持たなかったというか、反発して逆のことをやってしまっていたように思う。

天 枝:
ですよね。
本当は自分ではわかっていた、というのが正しい判断の部分なんです。
でも、反発心から正しい判断を無視してしまった。

花 子:
・・・ そうかもしれない ・・・・・

天 枝:
人が道を間違えてしまうのは、自分では分かっているのに、その心の声に素直に従えないからなんです。
本当は自分で分かっているのに、耳を塞いでしまうことで本来行くべき道から逸れて行ってしまうんです。
これからは自分の良心に素直に従う生き方をしてください。
そうすれば道を間違えることはないはずです。
たとえ逸れたとしても気が付いて修正ができますから。
正しい道を歩むことが大切なんです。

花 子:
正しい道を歩むことが大切なのは分かった。
でも人生をリセットすることなんでできないんだよね。
人生をやり直すってできるのかな。

天 枝:
もちろんやり直すことはできます。
ただ、今までのことを無かったことにはできません。
記憶を消すことはできませんから。
でも、花子さんの気持ち一つでいつでもやり直しはできます。
もちろん今までのことを背負いながらなので、マイナスから始めることになります。
ペナルティの分は重いけど、背負っていくしかありません。
人生は死んで終わりではないんです。
死後も続きますし、生まれ変われば記憶はなくなるけどカルマは引き継がれて 嫌なことが起きてしまいます。
結局 償わなければ生まれ変わってもカルマは消えないんです。
消えないどころか、増えてしまう人もたくさんいます。

花 子:
どうすれば消えるの?

天 枝:
愛に生きることです。
人とか動物とかを愛する人生を送ることです。
つまり、何でもいいので役に立つ自分になることです。
誰かの役に立つことが多くなればなるほど人生が変わっていきます。
誰かの役に立つことが出来れば、自分の心が満たされて充実します。
誰かを助けたりすることは損することだと思わないでください。
その逆で、誰かを助けたり手伝ったりすることは、自分が一番得することなんです。
『レ・ミゼラブル』というお話をご存じですか?

花 子:
うん、知ってる。

天 枝:
あのストーリーがそのまま償いのやり方を教えてくれています。
自分が人の役に立つことでみんなが得をします。
それ以上に自分が成長するし、成長することが償いになるんです。
もう一度『レ・ミゼラブル』を読んで考えてみるのもいいかもしれません。
誰かの役に立つ人間になるように努力するのは最初は苦しいと思います。
人間はつい損得で物事を考えますから、無料で何かをするということは損だと思いがちです。
でも、そうではないんです。
お金で考えたらそれだけの価値になります。
でも、無料ということは無限大の価値につながるんです。
最初から大きなことをしようと思わないでください。
小さなことから始めればいいんです。

花 子:
小さなことって?

天 枝:
たとえばですが、落ちているゴミを見つけたら、それを拾うことから始めてもいいと思います。
横断歩道で渡り切れなくて困っているお年寄りの手を引いてあげることでもいいです。
とにかく、少しずつ少しずつ善の心を使って自分を動かすんです。
自分以外の人が得をすることをすればいいんです。
小さなことでいいので、誰かを手伝ってあげればいいんです。
泣いている人がいたら、傍にいてあげるだけでもいい。
何も言わずに話を聞いてあげるだけでもいい。
ただにっこり笑いかけてあげるだけでもいい。
そうした小さなことを少しずつ増やしていけばいいんです。
自分から率先して誰かの役に立つように努力してください。
認めてもらおうと思わないでください。
自分だけが分かっていればいいことです。
それが償いの一番の近道です。

もし誰かが刑務所に入っていたことをイジメのように言ってきたら、言い訳せずにひたすら謝ってください。
でも、相手の要求、例えば金銭を出せば黙っていてやる、みたいな脅しには負けないでください。
ひたすら謝ることで何かが吹っ切れます。

誰の心にも良心があります。
自分の中のその声にいつも耳を傾けてください。
分からなくなったら ここに来て気持ちをリセットしてください。
そうすればまた一歩が踏み出せるようになると思います。
ここはそういうお手伝いをさせていただくところですから。

花 子:
わかった。
本、読んでみる。
できるかどうかわからないけど、誰かの役に立つ自分になれるように努力してみる。
じっとしてただ生きているだけなんていけないよね。
自分の良心に耳を傾けることが大切なんだね。
これからは耳を塞がないようにしてみる。
ちょっと重いけど、何か爽やかな気持になった感じがする。

そう言って花子さんは店を出て行った。
出る時に一言、

花 子:
私の名前は明美。 
佐藤明美。 
ありがとうございました。

花子さん、いえ明美さんはぺこりと頭を下げ、来た時とは比べ物にならないぐらい軽やかな笑顔を見せて帰って行った。
天枝は彼女がきちんと再出発して、より良き人生を送ってくれることを心から願って祈りを捧げた。

ふと気が付くと もう秋。
イワシ雲が空一面に広がっている。
一年がたつのが早すぎる。
自分もうかうかしていられない。
焦る気持ちが心に広がり、読書会に向けての準備に取り掛かった。

― end ―

2020 / 9 /27

 

 




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