スピリチュアリズム

スピリチュアル・カウンセラー

天枝の日誌

第3話 「心配の念と愚痴 」

カウンセラーをしていると、時として理解し難い悩みを持った人が訪れる。 しかし、天枝には見えるとか聞こえるという霊能力はないので、アドバイスするためには、とにかくしっかり聞いて理解することを念頭に置いている。 そして、最後にその人に相応しい霊的真理を伝える。
この日も日誌を読み返していたら、苦笑いするしかない人たちのことが書いてあった。 あの時はどうすべきだったのだろう。 そう思いながら、当時を振り返っていた。

4年程前だったろうか、50歳前後の男性がふらりとエテルナに入って来た。 グレイのダブルのスーツを着て、手には杖を持っていた。 見たところ、どこかの会社の重役という感じがする。

男性: こちらで人生相談をしていると聞いたのですが。
天枝: 人生相談というほどではありませんが、スピリチュアリズムをベースにしたアドバイスはできると思います。
男性: ほお、あんたみたいな若い娘さんが、私のような人生の先輩に対してアドバイスをねえ。  どんなことを言ってくれるか、ま、お手並み拝見と行きましょうか。
そんな感じで始まった。
最初、エテルナでは幾種類かのコーヒーと紅茶を出していたが、カウンセリングを始めてからはハーブティーをメニューに加えている。 コーヒーよりもハーブティーの方が心身ともに落ち着くからだ。

その男性は天枝に勧められるまま、カモミールを主としたブレンドを注文し、一口すすってから、ゆっくりと話し始めた。

彼の話をまとめるとこんな感じだ。
若い時に小さな会社を立ち上げ、今では社員が300名ぐらいの企業になった。 今はまだ有限会社だが、ゆくゆくは株式会社にしたいという。 ところが、この会社の先行きのことを考えると不安でいっぱいになるという。
現在大学生の息子が2人いるのだが、2人とも跡を継ぐのはいやだと言っているらしい。 子供たちが跡を継いでくれなければ、せっかくここまで大きくしてきた会社はどうなるのか、従業員たちの生活はどうなるのか、それを考えると寝られなくなることもあるという。
世間ではよくある話だなあと思いながら、天枝は黙って聞いていた。 聞きながら何気なく妹の使枝の方を見ると、目くばせで他の人がいるのを示してきた。 少し離れたテーブルにカウンセリングを受けたいという若い茶髪の女性が座って待っていたのだ。

天枝がその女性に会釈をすると、彼女が急に話に割り込んできた。 男性が話す声が大きかったので、茶髪の女性にも聞こえていたらしい。 

茶髪: ねえ、おじさん。
聞こえてきちゃったんだけどさあ、あんた贅沢な悩みだよねえ。
世の中には倒産寸前の会社がたくさんあるし、働きたくても働けない人とか、たとえ働いてたとしても、生活がちっとも楽にならなくて、苦しい人がワンサといるんだよ。

すると、お客として来ていた別の女性が話に割り込んできた。 この人はカウンセリングを受けに来た人ではなく、お客として週刊誌を読みながらコーヒーを飲んでいた人だ。 見たところ、普通の主婦のようだ。 その人が割り込んできたのだから、これには天枝も驚いた。

主婦: その子の言うとおりだと思うわ。
あなたさあ、息子が後を継がないって言うだけのことでしょ。
会社がつぶれるわけじゃなし、まだ時間はあるんだから、これからどうとでもなるじゃない。
男性: 会社を経営したことがない人には、私のこの不安な気持ちなんてわかりませんよ。
茶髪:  私はおじさんの気持ち、わかる気がするよ。
私なんてさあ、彼氏と別れたばかりでさあ、この先結婚できるかどうか心配で。
高校は中退しちゃったし、手に職なんて何もつけてないし、両親からは勘当同然だし、仕事もいいところなんてないし。
今はバイトがあるからいいけど、この先、食べて行けるかどうか。
主婦: いろいろ考えて行ったら、あれもこれも心配ごとばかり膨らんじゃうよね。
私なんてさあ、中学生の子供が2人いるんだけど、いい高校に入れるかどうかすっごい心配。
今のところはクラスでも成績はいい方なんだけど、もし落ちたら近所でいい笑い者になると思うと、不安がマックスになっちゃうんだな。
それとか、もしウチのダンナが事故に遭って半身不随になったらとか、リストラされたらとか、そんなことも考えちゃうし。
人生って、いつ何時何が起こるかわからないからねえ。
天枝と妹は、3人が3人とも仮定の話ばかりして不安がっているのを聞いて、目をまん丸くして顔を見合わせた。
それから3人は盛り上がり、更にお互いの不安や悩みを話し続けた。 ところが、聞いていて妙なことに気が付いた。 話が弾んでいるように見えるが、その実、お互いに自分だけがしゃべっているのだ。 男性が話すと、他の女性2人は相槌を打ちながら聞いているが、それ以上話を発展させることはなく、すぐに自分の話に切り替わる。
茶髪: うん、オバサンの気持ちわかるわあ。
私なんかさあ、今の店長と気が合わなくってさあ、言いたいことの半分も言えないんだ。
それに、いちいち化粧が濃いとか、髪型がどうとか、うるさいんだよね。
いつまで我慢できるかなあ。
我慢できなくなったら、辞めるしかないでしょ。
そうしたら、また新しいバイト先探さなくっちゃいけないし。
この不況だから、そんなに条件の良いバイトなんて早々あるわけないと思うし。
主婦: そうだよねえ。
ウチの息子の担任なんてさ、うちの息子のことをなーんにもわかってないんだ。
ううん、わかろうともしないよ。
よく教師をやっていると思うわ。
担任と懇意にしておくと内申が良いって聞いたけど、どうやって懇意にしたらいいのかしら。
男性: ほお、なかなか大変ですなあ。
従業員というのは自分の子供みたいな存在だから、路頭に迷わすわけにはいかないんですよ。
そう思って一生懸命頑張っているのに、組合は私を突き上げることしかしない。
社長業なんてつまらないものです。
今度は、みんな愚痴に切り変わってきた。 天枝は途中で席を立ったが、3人はそれを気にも留めず、自分が話すことで精いっぱいのようだった。 そして、3人の話が、いつまで、どれくらい続くのか見ているしかなかった。
話がひと段落したのだろうか、途中で割り込んできた主婦が言った。
主婦: あら、もうこんな時間。
知らない人たちとこんなに打ち解けて話したのは初めてだけど、楽しかったわ。
私、そろそろ買い物して帰らないといけないから、これで失礼します。
茶髪: あ、本当だ、もうこんな時間。
そろそろバイトに行かなくっちゃ。
今日はいろいろ話してすっきりしたから、店長ともうまくやれそうな気がする。
オジサン、また会って話ししようね。
男性: そういう機会があれば是非。
こうして、2人の女性は心行くまで話せたことへの礼と、また会いましょうという言葉を残して、そそくさと帰って行った。 男性は急いで帰って行く2人の後姿を名残惜しそうに見ていた。
天枝が男性の向かい側に座り、感想を聞くと、その人は言った。
男性: おかしなものですね。
知らない人たちなのに、あれだけ話したら気持ちがすっきりしました。
天枝: 2人の女性が何を話したか覚えてます?
男性: あ、申し訳ないが、覚えてないですなあ。
そう言って、頭をかいて笑った。
天枝は、せっかくこのエテルナに来てくれた男性に、ひとことだけ言った。
天枝: 傍からずっと聞かせて頂きましたが、私は3人の様子から人間の心の世界の縮図を見た思いがします。
お互いに深くかかわっているようで、実際には自分のことしか考えていない。
人の話を聞いているようで聞いていない。
自分が話したい、自分を理解してほしい、そればかりでしたから。
あなたも、社長として会社のことを心配し、本当に社員のことを心配しているなら、自分が言いたいことを言うのではなく、まず理解してあげるのが先ではないかなと。
男性は天枝の言葉に対して何も言わなかったが、ハッと思い当るところがあるようだった。 そして、そつなくお礼を言い、「 また来ます 」 とだけ言って、帰って行った。
男性が帰った後、妹が言った。
使枝: あの人たち、心のモヤモヤを吐き出したかっただけなのね。
散々話したから、すっきりして帰って行ったんだわ。
でも、あの “ すっきり感 ” はいつまで効果があるのかしら。
天枝: 霊的真理を知っていたら自分でコントロールできるでしょうけど、そうではなさそうだから、そんなに持たないかも。
またどこかの誰かと愚痴を言い合ってすっきりするのかしら。
これをあの男性に渡そうと思っていたけど、やめたわ。
今はまだ好機じゃなかったみたい。
便箋にはこう書いてあった。
―― あなたは仕事上の心配と呼んでおられますが、それは不調和状態のことです。
精神と肉体と霊とが正しい連繋関係にあれば、仕事上の心配も、そのほか何の心配も生じません。
心配する魂はすでに調和を欠いているのです。
取越苦労は陰湿な勢力です。
心配の念はあなたの霊的大気であるオーラの働きを阻害し、その心霊的波長を乱します。
心配の念は援助する者にとって非常に厄介な障害です。
拒否的性質があります。
腐食性があります。
その心配の念が霧のようにその人を包み、障害物となって霊の接近を妨げます。
心配すればするほど、あなたに愛着を感じている霊の接近を困難にします。
あなたはそれを仕事上の心配と呼び、私は不調和状態と呼んでいるのです。
自分が永遠の霊的存在であり、物質界には何一つ怖いものはないと悟ったら、心配のタネはなくなります。
天枝:  そして、これは私自身への戒めとして書き出してみたの。
私もこれからは、多くの人が抱いている無用の心配と戦っていかなければ  いけないでしょ。
今日みたいに、ちゃんとしたことが言えないで終わってしまうことがないように。
―― 奉仕の仕事に嫌気がさしてはなりません。
奉仕は霊の通貨のようなものです。
神が発行される万人共通の通貨です。
あなた方の仕事にとって必要な力は用意されています。
しかし一度に大きな仕事を成就しようとしてはいけません。
今日は今日できることだけをして、明日やるべきことは今日は忘れることです。
この時のことは、天枝にとってはカウンセラーとして、また、自分の言動にとっても良い反省材料になった。 自分はあんな話の展開はさせないとは思いつつ、もしかしたら、気が付かないところで自分勝手なことを話しているのかもしれない。 自分で気が付いていない自分、これが一番クセ者なのかもしれない。
日誌を読み終え、窓から外を見ると、台風で荒れた天気が続いていたにもかかわらず、ポーチュラカの花が色とりどりに咲き誇っているのが見えた。
― end ―
2011 / 09 / 05 初編
2014 / 11 / 23 改編
          






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