スピリチュアリズム

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天枝の日誌

第19話
読書会 「神とは」

天枝は前回から学習方法を変えた。
出席者の反応はまずまず、といったところだろうか。

天枝は前回、神について書かれているページを伝えたが、それでは読まなければいけない量が膨大になるし、関連した内容もどんどん出てくる。
それで 的を絞って理解するために あらためて 資料 を作り、全員に配った。
                                
この日は予定通り、「神とは」について理解していくことになっている。
天 枝: 前回お伝えした通り、今日は「神」 というテーマでやっていきたいと思います。

お祈りから始めましょう。
天にいらっしゃいます大霊様。
本日もまた、あなた様の造られた世界、摂理を学ぶ者として、共に理解を深めるために学習していきたいと思います。

あなた様というお方は、今まで世界で理解されてきたような人間的な方でないことは良くわかっております。
人間の言動に怒ったり、復讐したりするような喜怒哀楽の激しい方とは程遠い存在であるのもわかっております。
ほとんどの宗教が、あなた様というお方は人間を超越し、全知全能でこの地上を創造された方だという認識を持っております。
そして、あなた様とは直接交わることが出来ないと思われてきました。
今日は、あなた様がどのような御方なのか、具体的にどのように私たちと関わっておられるのかを中心に学んでいきたいと思っております。
どうぞこの時間の最初から最後まで、あなた様の霊力が私たちに降り注がれ、より深く理解できますようにお祈り申し上げます。
では、始めていきましょう。
よろしくお願いします。
全 員: よろしくお願いします。
天 枝: 早速ですが、前回読むべき個所をお伝えしまして、その後 追加して 資料 をお送りしました。
いかがだってでしょう。
松 本: 資料はとても有り難かったです。
書かれているページは分かっていても、それを探すのが一苦労でしたから。
ただ、読んだからと言って理解できたことが正しいかどうかはまた別物ですが。
塩 谷: 資料を頂いて、本当に助かりました。
僕は小さいころから祖母に連れられて神社巡りをすることが多かったので、鳥居の向こうのお社の中に神様がいると思ってました。
でもある時、お社の裏に回って草取りをした時、妙な感覚になりました。
神社の前面は賽銭箱とかいろいろあったのに、お社の裏は殺伐としていたのですから。
神様の後ろに自分がいるというのも妙な感覚でした。
シルバーバーチを読むにつれてそれは違うというのがわかってきたけれど、じゃあ神とはいったいどういう存在なのかというと、いくら読んでもまだ実態がつかめません。
霊というと人間の形をしているけれど物体がない存在だと理解できますが、神様となると・・・
でも、それが理屈上ではあるにせよ、ほんの少しは理解が進んだように思います。
美知恵: 私はキリスト教系の宗教で学んだので、どうしてもそこで学んだ神観が頭にこびりついていて、“神は摂理である” といっても、すぐに切り替えて理解が出来なくて。
でも資料を頂いてある程度は理解できたとは思いますが、それはあくまでも理屈上の理解ですが、感覚的にもう少し理解を進められたらと思っています。
希 和: 私は日本人ですから、八百万の神々を神と思ってきました。
シルバーバーチを読み始めて、神とは摂理であると学びましたが、それだと矛盾する点も感じてしまいます。
神が摂理であるとするなら、摂理がこの宇宙や全生命を創造したことになってしまいます。
今まで知っていた神とあまりにも違い過ぎて、どう理解したらいいか困っています。
天 枝: 造られた私たちが、創造主である神の実態を知るのはとても難しいと思います。
それは目では見えないし、声を聴くこともできないし、ましてや触ることなど到底できないからです。
私は、人間が勝手に神を遠い存在にしてしまっているだけのことであって、実はすごく身近で、それは親とか兄弟とか友人よりも身近だと思っています。
その辺りをシルバーバーチの言葉から理解していきたいと思います。
ではまず、皆さんが理解した内容とか感想をお話し頂ければと思います。
松 本: では、私から。
資料の最初に出てくる言葉です。
神は決してあなた方を見捨てません。
見捨てるのはあなた方の方です。
あなた方が神を見捨てているのです。
神は摂理、宇宙の法則、神は全生命と書いてあると、人間的な要素は感じられないけれど、1巻の48ページに書いてある内容だと人間的な感情を感じます。
天 枝: これは私たち地上の人間が理解しやすいようにシルバーバーチが表現しただけじゃないでしょうか。
その次の1巻の80ページのところ、
神からの遺産を受けついだ霊的存在として、あなたも神の一部なのです。
神はあなた方一人ひとりであると同時にあなた方一人ひとりが神なのです。
11巻の90ページには
あなたは “人間性” を問題にされましたが、神はあらゆる人間に内在しているという意味では人間性があると言えます。
が、神は摂理であるという意味においでは非人間的存在です。
とあります。
私たちも神の一部であるということは、共通している部分があると考えてもいいかと思います。
松 本: なるほど、そう考えればいいのですね。
塩 谷: シルバーバーチは、神は法則、摂理だと言っています。
とすると、希和さんがさっき言ったように、摂理がこの宇宙とか地球を創造したということになりますよね。
天 枝: それは11巻の108ページに書いてあります。
あなたは神を大自然の法則と同一視しているとおっしゃいました。
しかし神は大自然の法則よりもっと大きい存在です。
なぜなら、その法則を支配しているのが神だからです。
神とはその自然法則と同時にそれが作動する仕組みをもこしらえた無限なる知性です。
残念ながら地上の大部分の人間にとって、神はどうしても人間に似た存在とならざるを得ません。
個的形態を具えていない存在というものが想像できないのです。
つまり、神は法則そのものではないということです。
法則を作り、法則を通じて地上と霊界を動かしている、ということになるかと思います。
塩 谷: あ、本当だ。
書いてありますね。
読み込みが足りませんでした。
ということは当然ですが、書物に出てくるような目に見える存在ではないということですよね。
天 枝: はいそうです。
私たちの心は物理的には見えないのに、確かに存在しているのと同じです。
美知恵: 5巻の141ページに、
すずめが神であるということは、神がすずめを知っているということです。
神が風に揺れる木の葉に宿っているということは、その木の葉が神であるということです。
とありますが、これは汎神論と考えてもいいのでしょうか。
天 枝: 汎神論とは違います。
汎神論は、木とか花とか鳥そのものが神だという考えかと思います。
そのものが神ではなく、摂理を通して木や花や動物たちを生かしめている目に見えない背後の力と考えるべきかと思います。
6巻の35ページに書いてあります。
大自然の脈々たる働きの背後に潜む力こそ、宇宙の大霊すなわち神なのだということです。
背後に潜む力、と言っています。
いかがでしょうか。
美知恵: そういうことですか。
わかりました。
希 和: 摂理が完璧なら、どうして私たち人間は完璧ではないのでしょう。
未熟すぎると思います。
世の中を見渡してみると、あちこちで犯罪が起きています。
詐欺も横行しています。
悪意に満ちた人、利己的な人が多すぎます。
自分自身を振り返ってみると、私自身も利己的な部分がかなりありますから、私たちを完璧にできない完璧な摂理とはいったいどういうものかと考えさせられました。
使 枝: そうですね。
それは私もそう思ったことがあります。
5巻の149ページにこう書いてあります。
神の法則は完璧に機能しております。
今の譬え話で申し上げた通り、あなたは完全な光をお持ちです。
ですが、それを磨きの悪い鏡に反射させれば完全な光は返ってきません。
それを、光が不完全だ、光は悪だとは言えないでしょう。
まだ内部の完全性を発揮するまでに進化していないというに過ぎません。
地上で “悪” と呼んでいるものは不完全な段階で神を表現している “不完全さ” を意味するにすぎません。
1巻の84ページには
地球は完全な状態で創造されたのではありません。
個々の人間も完全な状態で創造されたのではありません。
完全性を潜在的に宿しているということです。
その潜在的完全性が神からの霊的遺産であり、これを開発することが個人の責務ということです。
5巻の151ページには、
あなた方が憎しみと呼んでいるものは未熟な魂の表現にすぎません。
その魂も完全な法則の中に存在しておりますが、現段階においては判断が歪み、正しく使用すれば愛となるべき性質を最低の形で表現しているまでのことです。
愛と憎しみは表裏一体です。
愛という形で表現できる性質は僧しみを表現する時に使用する性質と同じものなのです。
人生は常に比較対照の中で営まれています。
とあります。
利他性と利己性も同じように考えられると思います。
それと、自由意志の問題もあるでしょう。
善を選ぶか悪を選ぶか、すべて人間に任されている、ということです。
自由意志に関しては、また別の日に学習することになると思います。
塩 谷: うーん、愛と憎しみは表裏一体・・・
真逆の感情ですよね。
いわゆる、可愛さ余って憎さ百倍、みたいな感じですかね。
結局は、裏の感情というか、憎しみとか嫌いとかいうのは、利己的な愛ということでしょうか。
こんなに相手を愛しているのに、受け入れてくれないどころか拒絶されたりすると憎しみに変わるみたいな。
つまり、自分を愛してほしい、認めて欲しいという感情ですよね。
希 和: 愛も憎しみも、結局は自分と相手に向けられているエネルギーなんですよね。
美知恵: 分かる気がします。
自分の娘のことですが、言うことを素直に聞いてくれると可愛いけれど、泣いて反抗されたりすると凄く苛立ちます。
母親になると無条件に子供のことを愛することが出来ると思っていたけど、現実は自分に都合が良いかどうかで感情が動くんです。
3巻の171ページに
霊の力はあなた方が神と呼んでいるものそのものなのです。
と書いてありますが、霊の力と霊能力は同じものですか?
天 枝: 同じではないと思います。
霊能力は地上の霊能力者の力であって、その精度は霊能力者の霊格によりますからピンからキリまであります。
それに対して霊の力というのは神から流れてくるエネルギーで、霊界と宇宙のすべてを存在させているエネルギーです。
生命力と言い換えてもいいかもしれません。
これなくしては霊界も宇宙も存在できません。
美知恵: 似ていて非なるものをさしているんですね。
シルバーバーチが地上の言葉ですべては説明できないと言っている意味が分かったように思います。
松 本: 1巻の80ページに
あなたも神の一部なのです。
神はあなた方一人ひとりであると同時にあなた方一人ひとりが神なのです。
ただ規模が小さく、胚芽的存在にすぎず、言ってみれば神のミニチュアです。
あなた方は神の縮図であり、その拡大が神というわけです。
とありますが、とうてい自分などおこがましくて、たとえミニチュアであっても自分は神である、などとは思えないのです。
皆さんは、自分が神だという自覚というか、実感はありますか?
塩 谷: 僕もとてもそれは思えないです。
どう考えたらそう思えるのか知りたいです。
希 和: 私もないです。
美知恵: もちろん私もないです。
天枝さんと使枝さんはどうなんでしょうか。
使 枝: 確かに、自分が神というとおこがましい感じがします。
でも、草花も木も動物も、すべてが摂理通りに存在しているわけですから、その摂理を考えると私たちの肉体も摂理で生かされているわけですよね。
心臓は自分の意志とは関係なく勝手に動いてくれています。
呼吸だってそうだし、胃とか腸だって同じです。
勝手に動いてくれているのは神の摂理があってこそだし、生命エネルギーあればこそなのですから、そこに私は神を感じます。
自分の意志で動かせるのは表面だけじゃないですか。
指は動くけれど、動かす基になっている血液の循環とか、筋肉の仕組みを知ると、驚愕します。
私は自分の指を見る時、外に出て草花を見る時、この中に神のエネルギーがあるからこそ生きているんだとよく思います。
神の存在というのは当たり前すぎて、身近過ぎてわからないだけなんですよね。
自分も法則にのっとって生かされているのですから、そういう意味では、地球も木も動物も草も花も、そして自分もミニチュアの神なんだなって思います。
松 本: 考えたこともなかったです。
細胞の1つ1つまで自分だと思っていましたから。
美知恵: 自分の肉体なのに、動いているシステムをほとんど知らないというのは不思議です。
医学だって解明しきれてないですよね。
解明されているのはほんの一部分だけだと聞いています。
細胞がどうなっているのか、ターンオーバーとか、治癒力が自然に働いている仕組みとか、それって自分が計算してやっているわけじゃないですもんね。
天枝さんはどうです?
天 枝: 私は使枝さんとよく話していますから、同じですね。
ただ、心の世界というとまた違っていて、神が自分を通して働いてくれた時は、自分であって自分でないというか、自分が自然の中に融合してしまうのではないかというぐらい心地良い時があります。
お祈りしている時もそうで、どこかに通じている崇高な部分を感じることがあります。
それが神なのか進化している霊なのかは分かりませんが。
ただ、通じているとしか言いようがないのですが、そういう時、自分も神の一部なんだなあと実感します。
希 和: 使枝さんが、草花が生きている中に神を感じる、と言われましたが、考えてみればスゴイことだなあと思います。
シルバーバーチのどこかに、「春の次には夏が来て、寒い冬もいつまでも続かず必ず春が訪れる」 みたいなことが書いてありました。
苺の苗からは苺しか生らないし、蜜柑の木には蜜柑しか生らないのは当たり前だけど、それってすごく安心します。
いつも同じで変わらない安心というか。
これって、神様が法則を通してそのように造ってくれているからですよね。
使 枝: ええ、希和さんのおっしゃること、私もよく感じています。
洪水とか台風とか地震の表面的な恐怖はあるけれど、もっと根本のところは何も変わらないわけですから、そういう意味では本当に安心できます。
希 和: 「地震も雷も進化のしるし」 と書いてありますよね。
こうして書いてあると、ただ怖いだけのものではないというか、これも安心の一つに変わります。
雷が鳴るたびに、少しずつ進化しているんだなあと。
美知恵: でも、最近の異常気象は少し怖いです。
これも進化のしるしなんでしょうか。
使 枝: 単純に進化だけでなく、人間の自由意志の使いかたも影響しているように思います。
地球温暖化は人間の奢りですから、そこから派生しているカルマじゃないかしら。
人間全般の罪なんだと思います。
人間が自分たちの便利さしか考えないところから使用しているのですから、その結果は自分たちに返って来るわけですもの。
人間がしたことなら、人間が償わなければいけないというのが摂理です。
美知恵: ビニール袋が海の生物たちに悪い影響を与えているのも同じですね。
これもまた人間の一人として責任を取る時が来るのかもしれないですね。
使 枝: いつかはそういう時が来るでしょう。
そうしたことは科学者や政治家たちに任せるしかないです。
私たちスピリチュアリストはもっと広くて大きなところから見て、永遠という観点から見て今何をすべきか考えて行動していかないといけないと思います。
美知恵: 前の宗教では、悪魔の存在を肯定していました。
神と悪魔の戦いとか、占いは悪魔の手先であるとか。
でも、そうではなかったことを知って目からウロコが落ちた思いです。
天 枝: 5巻の149ページと153ページ
地上で “悪” と呼んでいるものは不完全な段階で神を表現している “不完全さ” を意味するにすぎません。

そうした方たちは永いあいだ神とは善なるものにのみ存在すると教えこまれてきているからです。

神が善なるものを与え悪魔が邪なるものを与えるという論法ではラチがあきません。
ではその悪魔はだれがこしらえたのかという、古くからのジレンマにまたぞろ陥ってしまいます。
この箇所ですね。
美知恵: はい、そうです。
堕天使ルシファのことはずいぶん耳にしました。
当時は教えられることすべてに疑問さえ持たずに鵜呑みにしていましたから。
でも、バーチに書いてあることはストンと腑に落ちるというか、説明がなくても納得がいくことの方が多いです。
塩 谷: 「比較対象」 で成長している、といのが凄く納得しました。
5巻の151ページの内容です。
人生は常に比較対照の中で営まれています。
たとえば、もしも日向にばかりいたら日光の有難さは分からないでしょう。
時には曇りの日があるから太陽の有難さが分かるのです。
人生も同じです。
苦しみを味わえばこそ幸せの味が分かるのです。
病気になってみてはじめて健康の有難さが分かるのです。
病気にさせるものがあなたを健康にもするのです。
愛させるものが憎ませもするのです。
すべては神の法則の中で表現されていきます。
それが人生のあらゆる側面を支配しているのです。
真理を知らなかった頃ですが、病気が治って健康の有難さに感謝したことがあります。
感謝とか感動というのは神と通じていることだと考えてもいいのでしょうか。
天 枝: 一概には言えませんが、近いものはあると思います。
美知恵: 確かに比較対照することで多くを学ぶことが出来ると思います。
ただ気を付けなければいけないのは、比較対象して自分が有利だと思って傲慢になるのはいけないかなと。
天 枝: そういうことも世の中にはよくありますね。
松 本: 天枝さんが神様を感じる時ってありますか?
天 枝:  私が神を感じる時は、すべて自然の中です。
空の雲が流れていくのを見た時、空が暗くなって雨が降っている時、虹を見た時、草花が咲き誇っている時、蟻がせっせと餌を運んでいるのを見た時、魚が泳いでいたり、鳥がきれいな声でさえずっていたり、全てです。
じっと自然の動きを見ていると、そこに神の息吹を感じます。
全て摂理通りに動いているんだと。
そして、その動きの全てに神の力が影響しているんだと思うと、感動で震えます。
自分の手を見ても、神のエネルギーがあるからこそ動かすことが出来ると思うと、感謝以外の何物でもありません。
それと、お祈りしている時とか、こうして霊的真理を皆さんに分かりやすく伝えなければと思う時、誰かのために必死になっている時に、自分の中に透き通って高揚している部分を感じたりします。
これが自分も神であるというか、通じているとか、自分の中に神が広がっているとか、どんな言葉でも構わないのですが、通常の自分と全く違う精度の高い自分を感じることがあります。
それ以上に、こうして皆さんと知り合えたのは霊力の証ですから、神の導きと期待、そして愛を深く感じます。
もちろん、もっと成長すればまた違った感じ方になるとは思いますが。
塩 谷:  へえー、天枝さんはそう感じているんですね。
やっぱり頭では理解できても、まだまだ実感まではいきません。
僕もいつかは実感できる時が来るでしょうか。
天 枝:  塩谷さんなりに神を感じる時が来ると思います。
苦しみを乗り越えた時であったり、新しく誰かと出会ったときだったり、自然の中であったり、それは塩谷さんの霊性で感じるものですから、比べるものではありませんしね。
塩谷さんがどんな風に感じるようになるか楽しみです。
松 本: 天枝さんは自然の中に神を感じると言われましたが、お祈りの中でも感じますか?
天 枝: 感じているのが神かどうかはわかりませんが、ああ通じているな、と思うことはあります。
テレパシー的な感じかしら。
ただ、通じていると感じるのは、もしかしたらそれは進化している霊なのかもしれませんが、自分の中の何かが融合していくような感じです。
とても崇高というか、言葉では説明しにくい感覚です。
美知恵: そう感じるなんて、すごいですね。
私も頭ではかなり理解できたとは思いますが・・・実感となるとまだまだです。
希 和: 私も実感とは程遠いです。
でも、今日は的を絞った学習ができてよかったです。
私もいつかは神様を体験したいです。
天 枝: 次回は何を学習しましょうか。
リクエストがあればそれにしますが。
美知恵: できれば、「霊性」とか「魂が目覚める」みたいなのをやって頂けたらと思います。
霊性って何なのかよくわからないんです。
霊的真理を受け入れる時期があるというのもあちこちで出てきますよね。
それを具体的に知りたいのですが。
天 枝: わかりました。
では次回は「霊性」に的を絞ってやっていきましょう。
今回のように、纏めたら資料としてお送りします。
それまで皆さんなりに読んでおいていただくのもよろしいかと思います。
松 本: 「霊性」ですか。
わかっているようでわかっていませんから、楽しみです。
天 枝: では、終わりのお祈りをしましょう。
使枝さん、お願いします。
使 枝: 霊界とこの宇宙にあまねく存在し、すべてを生かしめてくださっておられる大霊さま。
私たち万物にとっての生命の始原、そして存在して成長していくための力はすべてあなた様から流れてくる霊力であることを改めて学ぶことが出来ました。
古来より言い伝えられてきたあなた様は、人間的であり、善の中だけに存在しているお方でありました。
しかし、シルバーバーチ霊によって知らされた内容は、それとは全く違っておりました。
私たちの肉体はあなた様の霊力によって生かされていることを知ることによって、確かに自分も神の一部なのだという実感が湧いてまいりました。
できれば、もっともっとあなた様を体感し、あなた様の手足として働くに相応しい者になるために今後も学習を続けてまいりたいと思います。
本日は新しいメンバーを引き会わせてくださり、心から感謝申し上げます。
今後も、全員があなた様の息吹の中で霊的真理の理解を深められるよう、心からお祈り申し上げます。
本日は誠にありがとうございました。
全 員: 有難うございました。
天 枝: では皆さん、資料が届くまでお待ちくださいね。
松 本: 纏められた資料が届くのが楽しみです。
よろしくお願いします。
たった数人の読書会ではあるけれど、天枝には責任がある。
天枝個人としての心構えとしては、霊的真理を伝える道具として、まず自分が霊肉共に清潔であり、謙虚さを忘れないように、としている。
読書会を終えて、天枝は気持ちが高まっている間に次回の読書会に向けて、「霊性」について書かれているページの抜き書きを始めた。
― end ―
2019 /6 /5
              




















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