スピリチュアリズム

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天枝の日誌

第13話
「読書会 ― なぜ苦しみがあるのか 」 前半

寒い冬が終わり、やっと春が巡って来た。
長い冬はいつまでも終わらないように感じるが、いざ終わってしまえば、あっと言う間だったと思えるものだ。
苦しみもまた同じ。
今日は3回目の読書会。
参加者が1人増えるので、天枝も使枝も少々緊張している。
初参加の人は田中美知恵さんといって、エホバの証人をしていた人だ。
( 「盲信と疑念の間で」 で出てきた人 )
彼女と出会ってから、もうずいぶんになる。
あの頃も今のように読書会はしていたけれど、その時は天枝と使枝と、もう1人の3人でしていた。
一緒に真理の理解を広げていきたいと思っていたけれど、その人は仕事を始めるということで来なくなってしまい、読書会はそこで途切れてしまっていた。
寂しいことに、その読書会は、3回しか行われなかった。
美知恵さんはというと、最初に読書会のことを聞いた時はすぐに興味を示したので期待していたけれど、いくら待っても連絡がなかったので、もう来ないだろうと思っていた。
それが、先日訪ねてきて、「 見学したいけれどいいですか?」 と言われ、もちろん二つ返事で了承した。
彼女は、開始時間より15分も早くやって来た。
脱退後のことを聞いてみると、家庭内は何とかうまく行くようになったが、心の中に何かしら空白感があって、それがなかなか埋められないでいるとのことだった。
そんな話をしていると、松本さんと塩谷さんがやって来た。
2人ともエテルナに入るなり、おや? という顔をしたが、天枝が紹介すると、嬉しそうにそれぞれが簡単な自己紹介をしてくれた。
その自己紹介が終わるのが合図であったかのように、読書会が始まった。
天 枝: では、お祈りから始めたいと思います。
(祈始)
心から敬愛いたします大霊様。
本日は、今まで気になっていた人が来てくれたので、とても嬉しく思っています。

大霊様、お尋ねいたします。
私たちがしている真理の学習は、あなた様の願いに添っておりますでしょうか。
橋頭保 ( 最前線の足場 ) となれるような、勇気と霊的知識を持ち得ておりますでしょうか。
あなた様の道具として働くことのできる霊性を確立しつつありますでしょうか。

大霊様の道具として、またスピリットの方々の手足として働くために、本日も真理をより深く理解し、それぞれの霊性をさらに向上させていきたいと願っております。

どうか、最後まであなたと共にありますように。
もし心の中に心配事や苦しみがあるならば、そうしたものがいかに小さな迷いであり、魂を腐食するものであるかということを自覚させて頂き、すぐさま払拭して臨むことができますように・・・

では、ただ今から始めさせていただきます。(祈)
全 員: よろしくお願いします。
松 本: 人が増えるというのは、何とも嬉しいものですなあ。
塩 谷: 本当、リフレッシュします。
よろしくお願いしますね。
美知恵: こちらこそ、よろしくお願いします。
天 枝: 今日は第3章ですが、いかがでしたか。
塩 谷: (使枝の本をチラッと見て)
あ、使枝さんの本はすごいことになってますね。
今初めて気が付きました。
色とりどりのマーカーで、ほとんど塗りつぶされてるじゃないですか。
そういう俺もマーカーだらけになりました。(笑)
松 本: 私もそうですよ(笑)
塩 谷: あ、本当だ!(笑)
使 枝: 私にとってこの3章、というより第1巻は、ことあるごとに読み返して確認しています。
実は、この第1巻は2冊目なんですよ。
最初のはマーカーを使いすぎたので買い替えたのですが、これもそろそろ買い替えなくてはいけないみたいです(笑)
美知恵:  ・・・皆さん、そんな風に勉強されているんですね。
天 枝: とりあえず、最初から行きましょうか。
この交霊会に出席される方々が、もしも私の説く真理を聞くことによって楽な人生を送れるようになったとしたら、それは私が神から授かった使命に背いたことになります。
私どもは人生の悩みや苦しみを避けて通る方法をお教えしているのではありません。
それに敢然と立ち向い、それを克服し、そしていっそう力強い人間となって下さることが私どもの真の目的なのです。
とありますが、いかがですか?
松 本: 苦労は買ってでもせよ、ということでしょうが、人というのはついつい、楽な人生の方を選びがちですからねえ。
塩 谷: 俺も、つい楽な人生の方がいいと思ってしまうよ。
降って湧いてくるような苦労なら乗り切るしかないけど、無理して苦労の中に飛び込みたくないなあってね。
天 枝: でも、自分の人生を切り開いていくには、苦労することがわかっていても進むしかないこともありますよね。
塩 谷: まあねえ。
天 枝: それと、苦労といっても、自分の夢を実現させるための苦労だったら、どんな苦労でもできるし、苦労もまた楽し、ってことになるじゃないですか。
もちろん、人のために自分の人生を犠牲にして、苦労することがわかっていながら飛び込んだ人も世の中にたくさんいますけど。
松 本: そういう人は、大きな使命を持って生まれたということですか?
天 枝: ええ、そうだと思います。
本来なら生まれ変わる必要のないぐらいに進化した霊が地上の状態を見て、止むに止まれぬ思いで、もう一度生まれてくる場合があるようです。
そういう人の場合は、当然、波乱万丈の人生を送ることになりますけど、それを承知で生まれる決意をしたわけですから。
松 本: なるほどねえ。
天 枝: 苦難から何かを学び取るように努めることです。
とありますが、周りの人を見ていると、普段の何気ない生活からいろいろ学べる人は、苦難を苦難と感じていないように思うんです。
使 枝: 私もそう感じたことがあります。
本当はいろいろあるのでしょうが、むしろ苦難を楽しんでいるんじゃないかと思うほどです。
美知恵: 私は宗教に入っていたのですが、楽しいこともありましたが、苦しいことの方が多かったように思います。
人間って、好きなことをするのは苦しいとは思わないのに、嫌なことを継続するのは苦しいと思うんですよね。
そこでは、嫌だと思うことは壁なんだから乗り越えるしかない、と教えられていましたから、無理してでも嫌だというそぶりを見せないようにしていました。
自分を騙して続けていたのですから、余計に苦しかったのかもしれません。
松 本: ふと思ったんですが、霊性が開花したから、そう考えられるようになったんじゃないでしょうか。
霊性が開花していなければ、政治が悪いんだ、会社が悪いんだ、上司が悪いんだ、というふうに、誰かに責任転嫁することで自分を落ち着かせようとしますから。
塩 谷: なるほど、分かれ道は、霊性が開花しているかどうか、というところかあ。
開花していれば苦しむことは成長に繋がるけれど、開花してない人は責任転嫁ばかりするから、逆にカルマを積むことにもなるってことですかねえ。
ここに
耐え切れないほどの苦難を背負わされるようなことは絶対にありません。
なんらかの荷を背負い、困難と取り組むということが旅する魂の本来の姿なのです。
と書いてあるけど、世の中を見ていると、信じられないような残虐な事件に巻き込まれたりして、恐怖の中で生命を奪われる人がいますよね。
それはつまり、耐え切れないほどの苦難もあるということになりませんか。
天 枝: 世の中には確かにそういうことも多々ありますね。
でも、それは原因があるからこその結果だと思うのです。
たとえどんなカルマがあるとしても、真理を理解して、自由意志を正しく行使していれば、絶えきれないほどの苦難に遭うことはないと思います。
それともう一つ、死ぬことが最大の悲劇と思っていると、どうしてもそういう見解になるのだと思います。
残虐な事件に巻き込まれるのは、それなりにカルマが影響しているのでしょうし、そうでないのに他界された人は、霊界に行ってから報われると言われています。
原因と結果の法則は数学的な正確さで働いていますから、原因がなければ結果は出て来ないわけです。
それに、今世でつくった原因が、今世で結果が出るとは限りませんし。
霊界に行ってから償うこともありますし、償うために生まれ変わることもあるようです。
結局は、どこかで償いの道を歩かなければならないということですね。
宇宙にはパラドックス(一見すると矛盾しているように思えること)があるのですが、これもカルマとか自由意志、霊性の問題があるのだと思います。
私たちは地上の短期間の体験での視野でしか考えることができないので、全てを理解するのは難しいと思います。
塩 谷: そうかあ、すごく難しい問題なんですね。
天 枝: ええ、残念ながら、今の私たちが理解するには難しすぎる問題かもしれません。
美知恵: 霊的な宝はいかなる地上の宝にも優ります。
それはいったん身につけたらお金を落とすような具合になくしてしまうことは絶対にありません。
この言葉は、『 天に宝を蓄えなさい。その宝は盗まれることがない 』 という聖書の言葉と一緒ですね。
天 枝: 聖書と一緒というより、真理だから同じなんだと思います。
仏教でも似たようなことを言っていますしね。
美知恵: ああ、そういうことなんですか。
真理というのは、それぞれの宗教独自のものとばかり思っていたけれど、そうじゃないということですね。
塩谷: もちろん楽なことではありません。
しかし魂の宝はそうやすやすと手に入るものではありません。
もしも楽に手に入るものであれば、なにも、苦労する必要などないでしょう。
痛みと苦しみの最中にある時はなかなかその得心がいかないものですが、必死に努力し苦しんでいる時こそ、魂にとっていちばんの
薬なのです。
これは良薬口に苦し、ってことですか。
自分を振り返ってみると、案外楽に手に入ったように思えるんですがねえ。
俺は特別に苦しい体験をしたわけじゃないのに、こうして勉強できるわけだから。
確かに、家族との確執は今でも続いているけど、それ以外は取り立てて困っていることもないからなあ。
もしかしたら、苦しいのを苦しいと思えないほど、俺って鈍感なんですかねえ。
天 枝: 私も塩谷さんと同じで、特別な苦しみは体験してないんですよ。
それで、別の読書会に出席した時に、そこの主催者に質問してみたんです。
そうしたら、大した苦しみもないのに霊性が開花するのは、前世ですでに開花していたから、と言われたんです。
私としては嬉しい言葉だったけれど、自分で自分のことをそう思うのは傲慢な気がして言えませんでした。
でも塩谷さんの今の発言を聞いて、確かに前世ですでに苦しい体験をしたことで霊性が開花して、その続きとして今世があるような気がします。
塩 谷: これも、原因と結果の法則ですかねえ。
天 枝: もちろん、開花しているからと言って、順調に成長していくわけではないようですけどね。
時として、後退しているように感じることもあります。
前世の目的は霊性が開花することだったから、今世はその上を行かなければいけないのだけれど、順風満帆にはいかないですね。
塩 谷: その上を行く?
天 枝: はい、今度は自分が誰かの成長のお手伝いをしたり、霊性が開花するきっかけになったりして、本当の道具になって働くという意味です。
塩 谷: 俺にそんなの務まりますかねえ。
天 枝: 塩谷さんがご自分で自覚された時が、道具になる時じゃないかなと思います。
塩 谷: ふうーん、そうなんですか。
松 本: 次のところは、親の立場で考えると良く分かる個所ですね。
私どもは、いくらあなた方のことを思ってはいても、あなた方が重荷を背負い悩み苦しむ姿をあえて手を拱いて傍観するほかない場合がよくあります。
そこから教訓を学び取り、霊的に成長してもらいたいと願い祈りながらです。
私はどちらかというと甘い親で、子供に厳しくできませんでした。
親として自信がなかったんです。
子供に嫌われたくなかったし、優しく包んであげることが愛情だと思っていましたから。
本当に底の浅い目先だけの愛情でした。
それでも、子供たちはそれなりに独立してくれましたから、全く間違っていたということではないようですが。
私たち人間の親ができない根幹の部分に、守護霊たちは関わってくれて、見えないところで子供たちをサポートしてくれていたんですね。
シルバーバーチとか守護霊というのは、人間にとって何が必要かが良く分かっているから、辛いと思いながらも見守ることができるんですね。
魂が目を覚まし、それまで気づかなかった自分の可能性を知るのは、時として暗雲垂れこめる暗い日や、嵐の吹きまくる厳しい日でなければならないのです。
地上の人生はしょせんは一つの長い闘いであり試練です。
魂に秘められた可能性を試される戦場に身を置いていると言ってもよいでしょう。
世間では褒めて才能を伸ばす、と言うけれど、霊的世界はそんなに甘いもんじゃないということなんですね。
まあ、自分もこれだけ長く人生を生きてわかっていることでもありますから、疑う余地はありませんが。
塩 谷: 次の箇所は、分かりそうでわからないんだなあ。
魂にはありとあらゆる種類の長所と欠点が秘められております。
すなわち動物的進化の段階の名残りである下等な欲望や感情もあれば、あなた方の個的存在の源泉である神的属性も秘められております。
そのどちらが勝つか、その闘いが人生です。
使 枝: これは私の考えですが、下等な欲望や感情というのは、動物と人間に共通する本能とか感情のことじゃないかと思います。
たとえば、食欲、性欲、物欲、所有欲、怒り、嫉妬、独占欲などがあるじゃないですか。
欲望は2通りあって、本能から出ているものと、魂から出ているもので、本能から出ているものは利己的だし、魂に属している欲望は利他的なので、正反対のものですよね。
肉体を維持するには本能は必要な欲望なのですが、これを最優先させてしまうと良くないんじゃないかと思うんです。
神的属性というのは霊性を向上させる欲望とか、利他愛で、人のために役に立ちたい、自分のことを後回しにしてでも人を助けたい、霊的真理を知りたい、自分を良くしたい、という感情とか欲求じゃないかと思います。
天 枝: 私もそう思います。
塩 谷: なるほど、そういうことですか。
葛藤して、神的属性が勝つことが大切だということですね。
これは難しいなあ。
食欲とか、性欲を抑えることって難しくないですか?
松 本: 女性はどうかわかりませんが、男性にとって性欲を抑えるというのは生物学的からいっても難しいことです。
あ、女性陣にはよろしくない話で申し訳ありません。
美知恵: 女性にとっては、嫉妬とか独占欲をコントロールするのは難しいことです。
塩 谷: それは男にとっても難しいですよ。
好きな人は独り占めしたいし、その人が他の男を見るだけでイラッときますから。
使 枝: でも、そういう気持ちをそのまま相手にぶつけるのが良いことだとは思ってないですよね。
塩 谷: もちろん、その気持ちをそのまま相手にぶつけていたら、すごくイヤなヤツになるし、場合によっては犯罪に発展しかねませんからねえ。
使 枝: 霊的真理がわかってくると、そうした本能的な感情と理性が葛藤することがどんどん多くなります。
でも、成長してくると逆に葛藤が少なくなります。
塩 谷: え? 葛藤が少なくなる?
天 枝: 葛藤するのは、理性と本能の力が拮抗しているからでしょう。
霊性が本能より優るようになれば、選ぶ方向はいつも同じになりますから、迷うことが少なくなって、その分葛藤も少なくなります。
もちろん、本能の方が強ければ、不満は多くなるけれど、逆の意味で葛藤が少ないとは思いますが。
塩 谷: ふうーん、なるほどねえ・・・
つまり、葛藤して霊性が勝つことで成長するってことですか。
使 枝: シルバーバーチの次の言葉がそれを示してしていると思います。
運命の十字路にさしかかるごとに右か左かの選択を迫られます。
つまり苦難に厳然と立ち向かうか、それとも回避するかの選択を迫られるわけですが、その判断はあなたの自由意志に任されています。
塩 谷: 自由意志ねえ・・・ 
選ぶも自由なら、選ばないのも自由、ってことだな。
そこから逃げるんじゃなくて、向かっていかなければいけないってことですか。
使 枝: そうとばかりは言えないと思います。
大切なのは動機ですから。
塩 谷: だけど、成行きに任せる手もありますよね。
天 枝: ええ、待つことしかできないという状況だってありますもんね。
どういう状況を選んだとしても、まずは動機の問題が大きいですし、次に、体験したことから何を学ぶかも大切だと思うんです。
いくら厳しい状況を選んだとしても、そこから何かを学んで生かさなければ、体験した価値がなくなるし、たとえ回避したとしても、そこから何かを学んだとしたら、それなりに意義ある選択だったということになると思います。
美知恵: 私はどうも聖書の内容が抜けないので、ダブるところに目が奪われるのですが、
持てる能力や才能が多ければ多いほど、それだけ責任も大きくなるということです。
地上へ再生するに際して各自は、地上で使用する才能についてあらかじめ認識しております。
才能がありながらそれを使用しない者は、才能の無い人より大きい責任を取らされます。
当然のことでしょう。
聖書の中に “タラント”、つまり才能をどう使うかという例え話があるのですが、結果を怖がって何もしないのが一番よくない、と習いました。
神は、自分を役立てるために才能を与えたのだから、有効に使わなければいけないと。
それはそうだなあと思ったことがあったものですから
松 本: 聞いたことがあります。
たしか、主人が3人の僕にお金を預けて旅に出た話ですよね。
主人が旅から帰ってみると、1人の僕はお金を何倍にも増やしていて、もう1人の僕は少しだけ増やしているのを知って、主人はとても喜んで、2人には儲けに見合うだけの褒美を与えた。
しかし、最後の1人はお金が減ったらこっぴどく叱られると思って、地中に隠しておいた。
すると、それを知った主人は怒り、それなら銀行に預けておくべきだった、と言って、その僕に預けたお金を取り上げて、一番多く増やした僕に渡した、というようなお話じゃなかったかな。
その時はなるほどと思ったのですが、今思い出してみると、あまり適切な譬えじゃないような気がします。
適切じゃないというのは、お金を儲けるというところですが。
美知恵: クリスチャンも同じ理解の仕方をしている人がいて、この箇所を読んで、お金を儲けてもいいんだ、と言っている人がいます。
でも、私はそういう意味じゃないと思うんです。
才能がたくさんある人は、その才能を使って多くの結果を出すのが当たり前だし、才能が少ない人でも、精いっぱいの結果を出せばいいんじゃないかと。
大切なのは結果の大きさではなくて、才能をどう生かしたかだと思うんです。
たとえば、10の才能を持った人が5の結果を出した場合と、1の才能を持った人が2の結果を出した場合とでは、5の結果を出した人のほうが偉い、みたいに思うけれど、本当はそうじゃなくて、2の結果を出した人のほうが良い、ということじゃないかなと思います。
才能をフル活用できなかった人は、それなりの責任を取らなければいけない、ってことですよね。
ただ、才能を使うのも、善いほうに使うか悪いほうに使うかはその人の自由だから、やはり、良い方に使わなければいけないなあと思います。
天 枝: 聖書は良い書物ですが、いろいろ改ざんされているようなので、参考程度に読まれるのが良いかと思います。
今日はずいぶんいろいろな意見が出ました。
途中ですが、今日はここまでにしたいと思います。
続きは、来週ということで。
松 本: 時間がたつのは早いですなあ。
今までも充実した読書会でしたが、美知恵さんが参加してくれたおかげで、今日は一段と充実して、エネルギーが満タンになりました。
塩 谷: 俺もそうです。
今日は中身がすごく濃かった。
魂がゲップしてます(笑)
使 枝: 美知恵さん、初めて参加してみてどうでした?
美知恵: 想像以上の充実感でした。
エホバの証人の勉強会でも、こんなに充実した時はありませんでしたから。
天 枝: それなら良かったです。
使枝さん、終わりのお祈りをお願いします。
使 枝: では、お祈りいたします。
(祈始)
敬愛してやまない大霊様、
今日もこうして親和力のもとに集められた私たちに真理の学習の時を与えていただき、多くの霊的エネルギーを注いでくださいまして、心から感謝申し上げます。

私たちは、大霊様からエネルギーが注がれれば注がれるほど、真理の理解が進みます。
そして、シルバーバーチ霊が私たちに残してくれた珠玉の言葉の数々に触れるたびに、真理を通してあなた様の深い愛が伝わってまいります。

まだまだ、自分はあなた様の一部であるということを深く実感するには至っていませんが、真理の学びが深まっていくことで、あなた様との距離が近くなる実感を得られることを、心から願っております。

今日は、初めての参加者とともに、大霊様の元で学習できましたことを心から感謝いたします。
天 枝: それでは、今日はここまでにしましょう。
続きは、来週行いたいと思います。
美知恵さん、来られますか?
美知恵: はい、ぜひ参加させてください。
天枝と使枝は、新しく美知恵が加わったことで、さらなる責任を感じていた。
今までも手を抜いたことはないが、よりいっそう真剣に取り組んでいかなければならないことを、改めて感じ入っていた。
―end―
2013/03/29初編
2015/07/14改編
   












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