スピリチュアリズム 

スピリチュアリズム
短編小説

第6話
「 霊的成長グラフ 」


出先での仕事がいつもより早く終わり、美羽は会社に戻るところだった。
でも、こんなに天気の良い日にさっさと会社に戻るのはもったいない。
そう思って、美羽は運動を兼ねて、ちょっと遠回りして歩いて戻ることにした。
歩きながら、友人の咲枝と飲みに行った時のことを思い出していた。

咲枝は学生時代の友人で、何でも話せる間柄だ。
あの日も、ゆっくり話がしたいからと誘われて、2人だけで飲みに行った。
学生時代の友人と会うと、だいたいは当時の感覚に戻って話が弾む。
そして、話の内容は先生の話だったり、彼氏の話だったり、楽しかったこと、ムカついたことなど、話が途切れることなくどんどん広がる。
しかし、意外にも咲枝はそういう友達ではない。
学生当時からそうだったが、咲枝といると、必ずといっていいほど真面目な話になる。

あの日、彼女が持ち出した話は、親鸞の書いた 『歎異抄』 の中にある 『悪人正機説』 だった。
冒頭に “善人なをもて往生をとぐ、いわんや悪人をや” という言葉がある有名な書だ。
咲枝が言うには、「 これの意味はね、善人が極楽に行けるなら、悪人は当たり前のように極楽に行ける、ってことなんだって 」 と説明してくれた。

「 え? それって、変じゃない?
悪人が極楽に行けるなら、善人ならなおさら極楽に行けると思うんだけど。」

咲枝は、続けて言った。

「 普通はそう思うよね。
私も最初そう思ったけど、どうやらそうじゃないらしいの。
悪人というのは、自分は善い人間じゃない、自分の心は汚れている、っていうふうに自分のことを嘆いている人のことで、善人というのは、自分は他人より善い人間だと自惚れている人のことを言うんだって。
だから、自分の傲慢さに気づかず、自分で自分を過大評価して人を見下している人が極楽に行けるなら、自分はまだまだだからもっと良くならなければ、と思って努力している人が極楽に行くのは当たり前なんだって。
これって、なんだか逆発想で面白くない?」

美羽は驚いた。
今までも咲枝から真理の話は聞いていたが、今日ほど胸に響いたことはなかった。
美羽は、自分のことを出来の良い人間だとは思っていない。
しかし、悪い人間だとも思っていない。
いや、悪い部分に気がついていないだけで、もしかしたらすごく罪な部分を持っているのかもしれない。
そんな思いにかられた。

咲枝は続けて話した。

「 聖書の中にも似たようなことが書いてあるのよ。
“心の貧しい人は幸せです。 天国は彼らのものです” ってあるの。
普通、心の貧しい人は、心がいじけているとか、心が狭いとか、そんなふうに使うでしょ。
でも聖書で “心の貧しい者” のというのは、妬みとか嫉妬とか憎しみとか、そうした醜い心を持っていない純真な人のことを言うんだって。」

そして、こう付け加えた。

「 真理に宗教の壁なんてないのよ。
正しいことは、どの宗教でも同じことを言ってる。
でもね、こういう話を聞いて興味を持ち、納得する人もいれば、また宗教の話かぁ、と言ってバカにする人もいるわ。
納得する人って、人生経験とか、頭の良し悪しなんてあまり関係ないみたい。
これって、霊性の問題なのよねえ。」

美羽は咲枝の話をつまらないと思ったことはない。
それどころか、ずっと聞いていたいと思ってる。
聞いていると、心の隙間が埋められるというか、充実した気持ちになるのだ。

あの親鸞と聖書の話は良かったなあ。
今までいろいろ聞いてきたけど、いつもとは違った感覚だった。
自分が理解できて感動したのだから、他の人も感動するよね、きっと。

以前はただ咲枝の話を聞くだけだったが、あの日はなぜだか誰かに話したい衝動に駆られた。
まず父親に話してみた。

「 何をバカなこと言ってるんだ。
悪い奴は全部地獄に行くに決まってるじゃないか。
変な話に騙されるんじゃないぞ。」

せっかく真面目に話しているのに、と思うと、少々ムカついた。
母親にも話してみると、

「 なかなか面白い発想ね。」

と言って終わってしまい、何だか肩透かしを食らったような感じだった。

これって、どういうことなんだろう。
娘の私が感動しているのに、人生の経験者の両親が興味を示さないなんて。
咲枝のように、若いのに真理を求めている人もいれば、父母のように全く興味を示さない人もいる。
この差って何だろう。
単に頭の良し悪しとか、人生経験の違いだけではないような気がする。
これが咲枝の言っていた霊性の問題というものなんだろうか。

そんなことを考えながら歩いていたら、広々とした公園があったので、そこで一休みすることにした。
背伸びをして思いっきり深呼吸をしたらとても気持ちが良いので、しばらくベンチに座ってその雰囲気を楽しむことにした。

すると、向こうの方にチラチラ光るものを見つけた。
きれいだなあと思って見ていると、その光がふっと消えた。
と同時に、すぐそばに一人の女の人が立っているのに気がついた。

あなたの疑問を解きに行きましょう。

彼女が美羽の手を握った瞬間、一瞬だが意識が遠くなったように感じた。
しかし、その後すぐに目の前が明るくなり、そこは全くの別世界であることに気が付いた。

すぐ横に、さっきの女性が立っていた。
不思議と、どうして自分はここにいるのか、この女の人は誰なのか、そんなことさえ考える必要がないぐらい今の状態が自然に感じられた。
それどころか、その女性にとても親近感を感じ、ずっと前から知っていたような、そんな感じさえした。

その女性が美羽に言った。

あなたに見せたいものがあるのです。

そう言ったかと思うと、2人はすでにどこかの建物の中にいた。
ぐるっと見渡してみると、どうやら図書館らしい。
天井がかなり高いのに、その天井ギリギリのところまで本がぎっしり並べられている。
こんなすごい図書館は初めてだ。
それにしても、ここで何を見せてくれると言うんだろう。

女性が一冊の本を取り出し、それをスクリーンに映して見せてくれた。
そこには誰かの経歴が書いてあった。

誰の経歴なのかしら・・・
誕生は・・・1600年前にフランスで男として生まれた?

それは、あなたの経歴です。

わ、私の経歴?
以前は男だったってこと?

更に見ていくと、イタリア、ドイツ、中国、日本。

えっ? これだけ生まれたり死んだりしたってことなの?
このラインは何かしら。
霊的成長グラフ ・・・ って何?



その女性の説明によると、美羽が人間としてこの地上に誕生してから今までの霊的成長グラフだそうだ。

霊的成長レベルはゼロから出発して、フランスではほとんど成長してないのね。
次に再生するまで、時間もかかっている。
フランスで死んだ時の魂の成長レベルが、次のイタリアでの人生の出発レベルになっていて、イタリアで死んだ時のレベルがドイツで生まれた時の出発になってる
成長ラインって、フランスから始まって、今までずっと繋がってる。
ずっと上がり続けていて、下がってはいないわ。
へえ〜、私ってこんなふうに成長してきたんだ。
最初の頃はあまり成長してなかったけど、後になるにつれて成長度が上がってる。

グラフを見ているうちに、いろいろと思い出してきた。
フランスにいた時は、商人の息子として生まれ、回りが貧しいのに、戦争で大儲けをして贅沢三昧に暮らしていた。
イタリアでは容姿端麗な女性として生まれ、次から次へと男を替えて奔放な生き方をした。
ドイツの時は商人の家に生まれて、最初は贅沢に暮らしていたけど、晩年は一文無しになって、家族からも見放された揚句に他界した。
イギリスでは身体に障害を持って生まれたために、見世物として売られ、回りからいつも同情とか哀れみの目で見られ続ける辛い人生を送った。

そうか、フランスやイタリアでは悪い生き方をしていたから、ドイツに生まれた時はその穴埋めをするはずだったのに、それをしなかったために晩年に辛い人生を歩むしかなかったんだわ。
それに、このドイツでの生き方は最悪だった。
やりたい放題の生き方だったものねえ。
嫌なこととか苦しいことは全部回避したから晩年にツケが回ってきたけど、それだけでツケを払い切れなかったから、次のイギリスで悲惨な一生を過ごさなければいけなかったんだわ。
でも、おもしろいことに、悲惨な人生だったけどすごく成長してる。

そういえば、イギリスで生きてた時にキリスト教で魂が目覚めたんだ。
自覚はなかったけど、あの時に私は霊性が開花したのね。
今世ではまだちゃんとした真理に出会ってはいないけど、とりあえず真理に惹かれるということは、すでに開花していたからだったんだわ。
だけど、今までの人生って、私が体験したことなんだけど、私じゃない。
別の私ばかり。
ん〜〜〜〜.、でも私なのよね。

あ、思い出した!
今回の人生は、真理をもっと勉強して、人の役に立つ人生を選んで生まれてきたんだった。
今はまだ漠然としてるけど、もう少ししたら、もっと意識がクリアになって、 霊的真理もどんどん理解できるようになるんだ。
そうかあ、頑張らなくっちゃ。

あ? お母さんのことも書いてある。
ええっ!?  お母さんと私は姉妹だったことがあるし、私が母親だったこともあるんだ。
ふうーん、2人の関係はいつも女どうしなのね。
さて、お父さんはと ・・・ おや、意外!
お父さんは今回がまだ2回目の再生なんだ。
霊性が開花してないから、真理には全く興味を示さないのね。
お母さんは私より先に地上に誕生しているのに、まだ霊性が開花してない。
お父さんは私よりずっと後に誕生したから、霊性が開花してないのも無理はないのかも。
あー、何だか頭がこんがらがって来ちゃった。

どちらにしても、お父さんもお母さんも、まだ霊性が開花してないのね。
だからお父さんだけでなく、お母さんも何の反応もしなかったわけだ。
今世では私はこの2人の子供だけど、霊的に見たら、私の方が成長してるってわけか。
何て面白い!
そんなことより、2人の霊性を開花させるにはどうしたら良いんだろう ・・・

そう考えていたら、女性が答えてくれた。

あなたには、いえ、人間には魂を開花させる力はないのです。
地上の人間は、霊性を開花させるお手伝いをするだけ。
でも、それはとても大切な役割です。
ほら、真ん中にラインがあるでしょ。
ここが開花のライン。
ここまで来るために、守護霊や背後霊が助けたり突き放したりして、あなたが成長するためにものすごく尽力してくれたのです。

思い出したわ。
目には見えないけど、守られて成長しているのね。

そうなのです。
霊性が開花して初めて、本当の人間として成長していくようになるのです。
ただ、開花したと思ってもすぐに閉じてしまったりするので、このあたりを往ったり来たりする人はとても多いのです。

彼女の説明は、美羽を深く納得させた。

へえー、そうかあ、そうなんだ。
じゃあ、上の赤いラインまで行ったらどうなるの?

彼女は言った。

上のラインまで成長したら、もう地上に再生する必要はなくなるので、次の段階に進めます。
でも、その後も、そのまた後も次の段階というのがあって、永遠に成長し続けるのですよ。

美羽は驚いた。

そうなんだ。
そういうことだったんだ。
とりあえず、私の身近な目標はその上のラインってことね。
私はあと何回再生を繰り返すと、このラインを超えられるのかしら。

彼女は答えた

それはあなた次第です。
他人が成長するのを手伝う人生を選べば、早くそのラインに行くけれど、穏やかな波風のない地上人生を望めば、まだまだ長くかかります。

美羽は、これからの自分はどうなのか、どうするのが一番最善なのかを思い出した。
そうだ、今回、この地上に生まれてくる時、それを決意して生まれてきたんだった。

そうしたやり取りをしていたら、なにやら大きな音が聞こえ、美羽は我に帰った。

あら? どうしたのかしら。
眠ったつもりはなかったけれど、夢を見ていた感じがするわ・・・
たしか、光ったものが見えて、どこかに一緒に行って・・・
それから・・・ ああ、思い出せない。
あら? まだ10分ぐらいしか経ってないじゃない。
だけど、なんだか気分がとてもすっきりしたわ。
うーん、力が湧いてきた!

美羽は、なぜかわからないが、急がなくてはいけないような気がした。
もうしばらくベンチに座って春の日差しの中でゆっくりしていたかったが、せかされるような気持ちが湧き上がり、急ぎ足で会社に向かった。
家に帰ったら、咲枝に貰った本を読み返してみよう。
そして、読み終わったら咲枝に電話をしてみよう。
何かが変わるような気がする。
なぜそう思うのか分からないけど、そんな気持ちが美羽の心の中で大きく広がっていた。

 

― end ―

2010 / 04 / 12 初編
2014 / 06 / 30 改編

 

 








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