スピリチュアリズム 

スピリチュアリズム
短編小説

第4話
守護霊の仕事 気付き編


誰にでも必ず守護霊がついている。
しかし、守護霊という存在があることを知ってはいても、人間にどんな働きかけをしているのかを知っている人はそれほど多くはないだろう。
今回は、知られざる守護霊の仕事について垣間見ていくことにする。

      

私が地上から去ったのは、かれこれ200年ぐらい前。
そして、今は自分の成長も兼ね、守護の仕事を仰せつかっている。
私が守護をしているのは久美といって、現在28歳。
彼女の地上生活は今回で4回目になる。

守護の役目というのは苦労の連続で、報われることが少ない仕事だ。
久美はやりやすい方だが、他の守護霊を見ていると、何をやっても空振りだという場合が少なくない。

今日は、こうした守護の仕事について話してみようと思う。

久美として地上人生を送る霊を紹介されたのは、地上の年月にすると約40年ぐらい前になる。
霊団を取り仕切っている中心霊から、「お前に欠けているものを補うには、この霊の守護をするのが一番だ」 と言われて、迷うことなくその場で引き受けた。

中には自分と全く正反対の霊の守護を要請される場合もあるが、私の場合、今回は比較的やりやすい霊に付かせてもらえた。

久美は地上に再生する前、決意がしっかりしていた。
ただ、どの霊でもそうなのだが、霊界にいる時は再生する意義をしっかり理解していても、生まれると全てを忘れてしまう上に、肉体を維持するためには不可欠な本能と対峙することになる。

そのために自分の中で利他心と利己心が葛藤をするばかりか、本来の霊的な感覚が鈍り、ほとんどの霊が守護霊を手こずらせる。
久美も例外ではなかった。

魂が目覚めていない霊は、目覚めること自体が地上人生の目的となるが、久美の場合は先回の再生の時にすでに目覚めていたので、今回の目的は、カルマを解消しながら成長する、ということになった。

話を少し戻すが、魂が目覚めていない霊の目を覚まさせることほど大変なことはない。

眠っている魂を目覚めさせるためには、どうしても艱難辛苦が必要である。
時には、これでもか! これでもか!! というぐらいに苦しい状況に追い込んでいくことがある。

これは、宝石を掘り出す時に、岩をガンガン砕かなくてはいけないのに似ている。
砕かれている時は相当痛い思いをするが、それをしなければ霊性が目覚めないからだ。

特に魂が目覚めていない者は、損得で物事を考え、自分さえ良ければ他人が苦しもうがどうしようが構わないと考える。
そして、自分のせいで他人が苦しんでいても罪悪感さえ抱かない。

また、目覚めていない魂は、邪霊からの影響を受けやすい。 守護霊は人間の理性と良心に働きかけるのだが、邪霊は利己心に働きかけることで本能的な欲望を湧き上がらせる。 つまり、邪霊にとって目覚めていない人間は、自分の意のままに動かしやすい存在とも言える。

自分が守護する人間に邪霊が働きかけようとする場合、それを阻止するのも守護霊の仕事の一つだ。
しかし、悲しいことに私たちの声は人間には届きにくく、邪霊の声はすぐに届いてしまう。
なぜなら、私たちの声が届く時は利他の状態の時であり、邪霊の声が届く時は利己の状態の時だからだ。
そして、邪霊の誘いに乗ることで人はどんどん罪を重ね、カルマを増大させていくことになる。

そうした霊的環境の中にいる魂が目覚めるには、生半可な体験では功を成さない。
カルマを解消することも付加されるため、どうしても苦しい峠を乗り越えなければならないのだ。

私たちとて苦しみに喘いでいる者を見続けなくてはならないのは辛い。
苦痛をすぐにでも取り除いて楽にしてあげたいのだが、それは許されていない。
それをすることは、摂理を無視して彷徨っている邪霊と同じことをすることになるから。

私たちは、地上の人間が自らの意思で正しい方向を選ぶように手配する以外の方法を持ち合わせていない。
それゆえ、本人のことを考えればこそ、心を鬼にせざるを得ない場合も多々ある。

こうしたことは地上の人間には想像すらつかないだろう。
私も1度だけ目覚めていない霊に付く役を仰せつかったことがあるが、もう2度と付きたくないと思えるほど辛い仕事だった。

今回の目的は魂を目覚めさせることではなく、すでに目覚めている魂を磨き、今まで培ったカルマを解消しながら成長させることだ。
どこまでできるかわからないが、とりあえずお役に付いた以上やるしかない。
これはこれでまた大変な仕事になりそうだ。

さて、話を久美に戻そう。

この久美となる霊とは、地上に再生する前にじっくり話し合った。
ざっとの青写真もでき、少々苦しい地上生活になることを本人も納得したところで、最適な環境を見つけた。
そして、私と取り巻きの背後霊たちがハラハラしながら見守る中、久美は地上へ生まれるために霊界を去った。

久美は同情心が篤く、誰にでも親切なとても良い子に育った。
これは、前世で成長した成果でもあるが、両親の愛情が更に優しい子に育てていたからでもある。

久美が中学3年生の時、本格的な魂の磨きが始まった。
クラスで現金がなくなるという盗難事件に巻き込まれてしまったのだ。
その時、久美が犯人だと疑われた。 これは予定通りである。
私はその事件の経緯を見守った。

当然久美は 「 自分ではない 」 と言い張ったが、言えば言うほど周りの目は疑いの目に変わっていった。
久美はただひたすら耐えたが、どうして自分が疑われなくてはならないのか、どうして誰も自分を信じてくれないのかと、悔しさと嘆きの頂点に達していた。

最初は自分を信じてくれていた友人までもが疑い出すと、さすがに学校に行くのが怖くなって、休んでしまった。
いわゆる登校拒否である。

事件から1週間たった。
放課後、担任が家まで来て、真犯人が見つかったことを告げてくれた。
犯人は隣のクラスの碧子。 何でも、自分から名乗り出たということだった。
この碧子は今後の久美の成長にとってキーパーソンとなる人だ。
彼女も、この事件をきっかけに大きく成長していくことになる。

暗い気持ちは残っていたが、自分への疑いが晴れたので、翌日登校した。
すると、久美を犯人扱いしていたクラスメートたちの態度ががらりと変わった。
素直に謝る者、何も言わずにバツが悪そうにして遠目で見ている者、何もなかったかのようにニコニコと話しかけて来る者、いろいろだ。
そんなクラスメートを見ていて、久美は考えた。

みんな勝手だなあ。
私が犯人にされていた時は、軽蔑の目で見ていたのに、今は同情の目で見ている。
人間って、その場その場でどうしてこんなにコロコロ変わるんだろう。
もし逆の立場だったら、私はどうしていたかな。
もしかしたら私も同じことをしていたかもしれない。
そう思うと、誰も責めることなんてできない。
“人の振り見て我が振り直せ” というから、これを教訓にしよーっと。

この事件を通して、今まで荒削りだった久美の魂がずいぶん磨かれた。
磨かれる時は痛い思いをするが、多くを学べたことはとても喜ばしい。
そして、カルマもかなり解消されたようだ。
私はこの一連の出来事に心から喜びを覚えた。

久美はというと、疑いが晴れたことは嬉しかったが、真犯人の碧子のことが気になった。
事件発覚後、登校して来なくなったからだ。

久美は碧子の家を訪ねてみた。
彼女は、自分がしでかしたことが久美に大きな迷惑をかけたことを涙ながらに謝った。

やったことは悪いことだが、しかし、それなりの経緯(いきさつ)があるはず。
その経緯を聞こうと思ってはいたが、複雑な家庭状況を感じたため、肝心なことはとても聞けなかった。
その代わり、友達になりたいと申し出ると、碧子はとても喜んでくれた。
それに勇気を得たようで、再び登校し始めた。

久美が後で知ったことだが、当時碧子の両親は離婚問題が泥沼化していた。
そのため、給食費を払わなくてはいけない日に、払うことができないでいた。
そんな時にドアのすぐ傍にある机の中に現金が見えたため、つい手を出してしまった、ということだった。
金額にしたらそれほど多くはないが、盗んだことに違いはない。

その後両親は離婚し、碧子は母親と暮らすことになった。
金銭的には余裕のない生活だが、精神的にはとても安定している。
そして久美と碧子は、中学を卒業してからも友情を続けていくことを誓い合った。

私はこれらの様子を見て、久美が順調に成長していることを確認した。

次に久美に降りかかってきたことは、噂話に乗ることだった。
それは、盗難事件から半年ぐらい経った頃のこと。
いつも一緒にいる仲の良い友達が、「 久美だけに言うんだから、他の子には言絶対に言わないでね。 約束よ。」 と前置きしてから一つの話をした。

その内容というのは、クラスメートの1人が妊娠したかもしれないということだった。
久美はまだ中学3年生。
これまでそんなことはどこかの遠いところの話だと思っていただけに、身近でそういう事実があるということに大きな衝撃を受けた。

相手は誰だろう、いつから付き合っていたんだろう、お腹の子はどうするんだろう、産むのかな、それとも中絶するのかな・・・

いろいろ考えていたら、勉強どころではなくなった。
それに、『 かもしれない 』 と言う不確定な内容が、久美の中では、『 妊娠した 』 になってしまった。
そして、自分の心の中に留めておくことができなくなり、誰かに話したい衝動と、言ってはいけないという理性が闘いを始めた。
その時、私は久美に何度も何度も語りかけた。

興味本位で人に話してはいけない。
決して話を広めてはいけない。
無責任な言葉は火の粉となり、周りに飛び火し、いずれ自分にも降りかかってくるのだから。

久美には私の声が聞こえたようだったが、それはすぐにかき消されてしまった。
誰かに話したいという誘惑に負けて・・・

実は、その誘惑というのは欲望に付け込む邪霊の仕業なのだが、久美はその邪霊の誘惑に乗って別の友人に話してしまった。
すると、たちどころに噂は一人歩きをし始め、人一人を介すごとに尾ひれが付き、話は誇大化され、『 中絶した 』 とまでなってしまった。

事実は、そのクラスメートは妊娠をしたのではなく、婦人科系の病気だったのだが、その間違った噂が思いの外大きく広がったために神経を病み、転校してしまった。

久美は一人で悶々と考えていた

黙っていればよかった。
言うんじゃなかった。
私があんなふうに言わなければ、あの子はイヤな思いをしなかっただろうし、転校しなくてもすんだかもしれない。
何でしゃべっちゃったんだろう
いけないとわかっていたはずなのに、言いたい気持ちが抑えられなくなっちゃった。
でも、私だけが悪いんじゃない
私だけが噂を広めたわけじゃない
私も友達から聞いただけだったし、別の子に話した時もしっかり口止めしておいたのに。
それに、私が話したのは3人だけ。
そうよ、その子たちが話を大きく広げたのよ。
だから私だけが悪いんじゃないわ。
それより、最初にあの子が私に言わなければ、こんなことにはならなかったんだし。

久美は自己正当化するだけでなく、責任転嫁までした。
しかし、かつて自分も噂の的になったことを思うと、このことは、とても後味の悪い出来事になった。

私はもう一度久美に話しかけてみた。

人は誰でも自分の言動には責任を持たなくてはいけない。
お前は今回のことで、興味本位の噂がどれぐらい人を傷つけるか、身に浸みてわかったはずだ。
だから、2度と同じ間違いをしてはいけない。

私が語りかけた後、久美はこのように考えた。

人は自分の言動には責任を持たなくてはいけないんだ。
興味本位で話すことって、人を傷つけることになりかねないから。
もう2度と同じ間違いをしないようにしよう。

どうやら、今回はしっかりと私の声が届いたようだ。
守護霊の言葉が届いた時は、本当に聞こえたのではなく、自分で悟ったように感じることが多い。
私は久美が素直に受け入れてくれたことを心から喜んだ。

次の出来事は高校2年の時だった。
クラスに不良の子が数人いたのだが、久美はその中の1人と友達になっていた。

ある日、その子たちがいろいろな品物を教室に持ち込んで売りさばき始めた。
どうやら万引きした品らしい。
不良の子たちからすると、万引きはスリルのあるゲームらしいが、久美はそれが悪いことだというのは十分に承知していた。

その不良の子たちから、その品物を安く売ってあげるよ、と言われた。
その口調からは、買え! という雰囲気が漂っている。

その時、友人が小さな声でささやいた。

「 久美、ごめんね。
 私もイヤなんだけど、この人たちが許してくれないから・・・」

盗品など買いたくはない。
しかし、なぜか断ることができない。
言うことを聞かないと恐いという思いもある。
せっかくできた友達を失いたくないという思いもあった。

私は叫んだ。

断れ!
絶対に仲間に加わるな!

久美の心には届いているようだった。 しかし、うつむいたままで煮え切らない。

久美の一番のカルマは、心が弱いことだ。
その弱さが以前生きていた時も自分をダメにしてきた。
だから、今回しっかりと勇気を出して乗り越えておかないと、何度でも似たような状況がやってくる。
前世ではこれを克服できなかったため、今世でも繰り返されることになったのだ。

私にはそれがわかっているだけに、安易に助け舟を出せない。
自力で脱出できるようにサポートすることしかできないのだ。

迷っている久美に悪仲間のリーダーが言った。

「 久美、恐いんか。 相変わらず意気地なしなんだな。」

そう言って鼻でせせら笑った。

私も久美に話しかけた。

断ることは、意気地なしとは違う。
ここがカルマの解消のしどころなんだ
お前にはそれがわかっているはずだ
忘れているだけなんだ
気持ちを強く持て!
断る勇気を出せ!

そう何度も叫んでいた。

ところが、久美は相手の強引さに負けて買ってしまった。

「 おい、久美が買ったよー。 これで仲間だな。」

これがきっかけとなって、自動的にグループに加わることになってしまった。
弱い自分に対して自己嫌悪に陥った。 が、悪仲間にとってはそんな久美の気持ちなど問題にもならない。

ある日、100円ショップに連れて行かれた。
そこで仲間が万引きして、その品物を受け取って逃げる役を一方的に決められてしまった。

この店では、万引きグループに前から気が付いていたようで、この日は他の支店からも応援があり、数人の従業員が監視カメラの死角になるところに配備されていた。

久美は入り口辺りにいて、仲間から紙袋を手渡されると急いで店の外に出た。
その時、従業員に呼び止められた。
店の中にいた仲間はというと、久美が従業員と話しているすきに、全員すり抜けて逃げてしまった。

店側は数人が関わっていることを把握していたし、何人かは顔も知られていた。
お店の人に、関係している仲間の名前をあげるように言われたが、ガンとして言わない。

ラチがあかないので、お店の人は警察に通報すると言ってきた。
それでも名前を言わなかったので、久美は警察に連れて行かれた。

私は語りかけた。

グループのことを警察に言うんだ
それは友達を失うことではない
言わなければ友達の悪い目は覚まされない
友達のためでもあるんだ
言え、言うんだ、久美!

久美は迷いに迷っていた。

自分さえ黙っていればそれでいいんだ
だって、私たち友達だから・・・
友達を売るなんてできない・・・

結局、久美はまたしても自分の弱さゆえに、間違った判断をすることになってしまった。
私は今回の一連がとても残念でならない。
それ以上に、カルマに関してはまったく手出しのできない自分の立場を情けなく感じた。

久美が何も言わないので、警察も仕方なく両親を呼んだ。
両親の顔を見たとたん、我慢していた何かが外れ、号泣した。
しかし、それでも久美は仲間の名前を言わなかった。

警察は、「 仲間の面は割れているから、すぐに捕まるだろう 」、と言い、初犯でもあるということで、久美は釈放された。
そして、失意のうちに両親に連れられて警察を後にした。

当然のことだが、学校に連絡が入り、久美はしばらく謹慎処分となった。

数日して、リーダーから電話がかかって来た。

「 あんた、私たちのことを売ったでしょ!
許さないからね!
学校に出てきたらそれ相応の償いをしてもらうから、覚悟しておきな!」

それを聞いて、彼女たちのことが一層恐くなった。
学校に出ていけば、何をされるかわからない。
自分は仲間を裏切ってはいないと何度も言ったが、信じてもらえなかった。

後日、その万引きグループが、久美の謹慎中に現行犯で捕まったと知らされた。
両親が久美を諭したことで、彼女たちとは縁を切ることができたが、自己嫌悪の気持ちから、しばらく引きこもりになってしまった。

周りへの影響と、久美自身の精神のことを考え、両親は高校を中退させることにした。
もうすぐ高校3年に進級する春休みのことだった。

その後、コンビニでバイトをしながら通信教育で高校卒業の資格を取ることができた。
店長の推薦もあり、そのコンビニの正社員として働けることになった。

そんな久美だが、成人してすぐ結婚することになった。
コンビニの近くの会社に勤めている人で、生真面目だけが取り柄のような人だ。
お客として店に来ているうちに、お互いに気になり、交際から結婚へと発展した。
結婚はしても、コンビニの仕事は続けることにした。

ある日のこと、配送会社の男性が荷物を運んできた際、手に怪我をしてしまった。
出血がひどかったので、その人を病院まで連れて行ったらとても感謝され、お礼にといって、食事に誘ってくれた。
最初は断ったが、その人が熱心に誘ってくれたのと、同僚も一緒に誘ってくれたこともあって、行くことにした。

その男性の名前は星音(しおん)といった。
星音はとても会話が上手な人で、同僚と2人、退屈することなく楽しく時間を過ごさせてくれた。

久美の夫は優しい人だが、口数が少なく、夫婦の会話は少ない。
必要最低限しか話さないから、夫が何を考えているか、どういう気持ちでいるのかさえ分からないことがよくある。
それだからか、星音が楽しく会話をリードしてくれることに安心感と心地良さを感じた。

それから1ヶ月後、たまたま出かけたデパートで星音を見かけた。
隅のソファに座ってスマホをいじっていたので、挨拶だけでもと思って話しかけてみた。

奥さんに付き添って服を買いに来たのだが、自分はそういうのが苦手なので、奥さんの買い物が終わるまで待っているのだと言う。
優しい人だなと思った。

久美は自分の買い物もあるので、しばらく雑談を交わしてからその場を離れたが、なぜか気になって振り返ると、大きな紙袋を両手に下げた奥さんが星音の傍にいて楽しそうに話しているのが見えた。

羨ましいほどきれいな人。
こんなにきれいな人に、私なんかが勝てるわけがないわね。

なぜか、ふとそんなことを思った。

翌日、いつものように星音が荷物を運んできた際、久美に話しかけてきた。

「 昨日はとんでもないところを見られちゃったね。」

そう言って頭をかきながら照れくさそうに笑っている顔を見て、久美は星音のことをとても可愛い人だと思った。

それがきっかけで、久美と星音はよく話すようになっていった。

仕事中は私語は極力しないようにと言われているため、時々喫茶店で会って話したり、メールで雑談したりするようになった。
他愛ないやりとりでも、星音との会話はとても楽しい。

ある時、話はお互いの家庭のことにまで及んだ。
星音には奥さんと2人の子供がいて、奥さんの父親が同居していることを話してくれた。
奥さんは料理も掃除も行き届いた人なのだが、ただ一つ、何かにつけてグチを言うことが欠点だという。

疲れて家に帰って来た日に限って、近所のこと、子供のこと、父親のことなど、あれこれグチを言う。
我慢して聞くことにしているが、グチを聞けば疲れは更に増し、仕事よりよっぽどストレスが溜まるという。
そう言いながら、自分も久美に愚痴をこぼしている、と言って笑った。

星音はいつも明るいので、大きな悩みはないと思っていた。
それだけに、この話はちょっと意外だった。
自分に悩みを打ち明けてくれたことで親近感が増し、できればこの人の心の重荷を少しでも和らげてあげたい、と思うようになっていった。

今までは仲の良い友人であったが、そんなことがあってから2人の気持ちは急速に男女の気持ちへと変わっていった。
しかし、お互いに家庭をもつ身。
どこかで弊害が出るかもしれない。
そんな考えがふと頭をよぎった。

その頃、急に夫がイライラするようになってきた。
会社で何かあったのかと聞いてみたら、そうではないらしい。
しつこく問いただすと、久美のメールを見たのだと言う。
メールの内容から、もしかしたら不倫をしている? と思ったが、微妙なので確証には至らない。
何も言えないままイライラがつのっていったと言うのだ。

久美はハッとした。
まだ一線は越えてないまでも、気持ちがどんどん星音に傾いているのは確かだから。
これは精神的な不倫なのかもしれない。
そう思うと、良心呵責が湧いた。

久美は、世の中には不倫で家庭が崩壊することがとても多いことを知っている。
結婚式の日、自分だけはそうした間違いは犯さないようにしようと誓った。
今それを思い出したのだった。

星音の方はというと、妻のグチを聞くたびに嫌気が増し、離婚を考えるまでになった。
そう考えるようになった根底には、久美の存在があるのは否定できない。

ある日、星音は久美に、苦しい胸の内を吐露した。

「 あんな女だと分かっていたら結婚しなかった。
久美さんのような女性だったら、よかったのに・・・
今ボクは離婚を考えている。
もし離婚が成立したら・・・」

星音はこのこの言葉の続きを濁したが、久美の心は大きく動揺した。

実は、この成り行きは生まれる前にわかっていたことだった。
久美からは、もし自分がこの状況を自力で乗り越えられそうにない時は阻止して欲しい、と頼まれていた。

案の定、久美は自分では乗り越えることができそうにない。
葛藤しながらもズルズル引き込まれているのは邪霊が大きく関与しているからだ。
この状況は不良の友達に加担した時と同じパターンでもある。
約束どおり、私が乗り越えやすいように手助けをするしかない。

ただし、久美にとって都合の良い手助けはできない。
全てを丸く治めることは、カルマを切るどころか、久美の成長にとってかえってマイナスになるからだ。
また、本人の自由意志を尊重しなければいけないので、物理的な手助けしかできない。
私は久美の体調を崩させて時間を稼ぐことしかできなかった。

星音の守護霊も必死にサポートをしていたが、空回りしていた。
久美が煮え切らない分、余計に思いはつのり、妻との不和は頂点に達した。
その時、星音の妻の守護霊も必死になっていた。

結果としては、それぞれのカルマが最大限に噴出し、星音は妻に包丁で刺され、重症を負ってしまった。
それが決定打となり、星音は妻と別れ、2人の子供を引き取って3人で暮らす道を選んだ。
妻の方は執行猶予がついたこともあり、実父の介護をしながら悔恨の生活を送ることになってしまった。

久美はその顛末に震えあがった。
と同時に、今まで星音に傾いていた感情が嘘のように消え去った。
これは、邪霊が離れたから消え去ったのだが、久美はそれを知らない。

夫とはしばらくギクシャクしたが、しだいにそれも収まり、以前のような波風のない生活に戻っていった。

今回の星音やその妻のこともそうだが、私は多くの守護霊の嘆きを何度も目の当たりにしてきた。
大切なのは、降りかかる出来事を理性を働かせて乗り越え、そこから何を学ぶかだ。
ところが霊性が開花していない者は何も学ぶことがないし、カルマを解消するどころか、逆にカルマを増幅させてしまう。

この3人の場合は最悪の事態になることだけは免れたが、もっと悲惨な状況になると、精神を壊して余生を送らざるを得なくなったり、自死を選んでしまうことさえある。
人間の一番の尊厳である自由意志が使えない状況にまで追い込まれてしまうことほど、辛く悲惨なものはない。

それでも守護の役目に付いた以上、その人間を守り、成長させなければいけない。
守護霊の仕事は、根気と忍耐と苦悩の連続なのである。

その後の久美のことを話そう。

彼女に冷静さが戻り、一連の流れを思い返すことで、人生の教訓らしきものを受け止めることができた。

表面的な優しさとか恋愛は本当の愛ではないこと。
また、地上で不幸と見えるのは本当は不幸ではなく、いろいろと学ぶことのできる機会だということ。
人は感情に流されずに、理性を働かせなければいけないこと、など。

いや、私がそう語り、久美がそれを素直に受け入れることができたから、久美はそう悟ることができたのだ。

こうやって、体験をする中で一つ一つ悟らせていくのが私の仕事なのだ。
伝えたことを悟ってくれた時は、感無量の思いでいっぱいになる。
しかし、多くを悟ったとしても実行できるかどうかはまた別なのだが。

一連の出来事が終わり、久美が一線を越えなかったのは私もホッとするところだ。
ただ、星音たちが崩壊する原因の小さな一つだったことは確かなので、いつかその埋め合わせをする日が来ることだろう。
しかし、その時は最善の乗り越え方をしてくれるに違いない。

いろいろあったにせよ、久美は大きく軌道を外れず、多くを学んだことも事実だ。
私はその褒美として久美にプレゼントをすることにした。

まず、中学時代の盗難事件以来、交流が続いている友人の碧子に、久美の家を訪ねさせた。
久美は碧子に今までのことを話し、そこから何を得たかを一気に話した。

碧子もまた、自分の身の上に起きたことを話し、シルバーバーチの説いてくれている内容が自分の人生に大きく関わっていることを伝えた。

その話を聞きながら、久美は忘れていたことを思い出した。
碧子は、久美が結婚すると分かった時、そのお祝いとして 『 シルバーバーチの霊訓 』 を手渡していたのだ。

その時は興味が持てず、本棚の奥にしまいこんでいたのだが、今回は碧子の話をきっかけにシルバーバーチを取り出してみた。
碧子とあれこれ話したら、今まで体験したことがないほどの心の充実感を感じた自分に驚いた。

それ以来、碧子とは頻繁に会い、真理の話をするたびに心の深い所から充実する喜びを感じている。

これでやっと、久美は真理にたどり着くことができ、真理を指針として成長する道が開けたことになる。
これが私から久美への最大のプレゼントだ。

今、久美は充実した人生を送っている。
体験してきた苦しみとシルバーバーチが説く内容とを照らし合わせることで、書かれてあることがだんだん分かるようになってきた。

しかし、まだ弱さをしっかり克服したわけではないので、今世でもう一度、弱さを克服するための出来事が起こされる。
もちろん、その時も精いっぱいサポートするつもりだ。
葛藤はありつつも、今度は真理で自分の心を整理して乗り越えてくれるに違いない。
そして、その後は人の役に立つ人生へと切り替えていく予定になっている。

守護している者が苦しんでいる時、私たち守護霊は乗り越える本人よりずっと辛い。
しかし、乗り越えてくれた時は、本人よりも遥かに大きな喜びを感じる。

どんなに辛くても、私たちは決して守護している人を見放したりはしない。
地上での生を終えて霊界に戻って来る日まで、常に寄り添い、常に語りかけ、常に成長する方向に配慮をしている。
ただし、その配慮とは、本人が喜ぶことばかりではないけれど、磨かれた分は声が届きやすくなっているから悟ることは多くなる。

さて、久美の話はこれぐらいにしておこう。
次は、私が最初に受け持った霊の話をしたいと思う。
目覚めていない霊を目覚めさせる方法とはどんなものか、それを次回話すことにしよう。


― つづく ―


2009 / 09 / 26 初編
2014 / 07 / 12 改編

 

 








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