スピリチュアリズム |
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短編小説 |
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第9話
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女性: | アセンションに興味があるんですか? |
唯香: | え? あ、はい。 |
女性: | 私はチャネリングのワークショップを主催している者です。 もし興味がおありなら、こんどの土日に○○で開くので、参加してみませんか。 |
唯香: | チャネリング? って何ですか? |
女性: | すでに他界した霊が、チャネラーと呼ばれる霊媒を通して、死後の世界のことを教えてくれるんです。 チャネラーというのは、霊媒師のことです。 今回はアセンションについても話されるみたいです。 |
唯香: | え? そうなんですか。 それで、料金はいくらですか? |
女性: | 2日間で5万円です。 ニューヨークから呼んだチャネラーで、通訳も付きますから、どうしても高くなります。 でも、向こうではとても有名なチャネラーですから、内容は確かですよ。 滅多にない機会なので、こうしてお会いしたのも意味があることだと思います。 よかったら来て下さい。 |
その人はそう言って、パンフを手渡してお店を出て行った。 | |
チャネリングかあ 2日で5万円は高いなあ。 でも、ニューヨークからわざわざ来るってことだから、体験として行ってみるのも悪くないかな。 それに、アセンションにも興味があるし。 |
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美砂に相談してみたら、彼女も興味を持ってくれたので、一緒に行くことにした。 | |
当日、早めに会場に行ったつもりだが、すでにたくさんの人が来ていた。 会場となっている部屋の後ろで書籍とかDVDが売られていて、多くの人が集まって見ている。 |
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部屋はそれほど広くはない。 普通は前方に段が作ってあって、そこに中心となる人が座ると思うのだが、ここではそうしたものはない。 一番前に椅子が3つ、こちらを向いた状態で置かれているだけ。 聴取者の方もテーブルはなく、ただ椅子だけが前を向いて並べられている。 その椅子には、すでに半分以上の人が座っている。 |
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待っている様子は千差万別で、ノートに筆記しようと待ち構えている人、腕を組んで目を瞑って何やら難しい顔をしている人、隣の人と会話が途切れない人、じっと一点を見つめたまま動かない人。 映画とか大学の講義とは全然違う様子だ。 |
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唯香と美砂は一緒に並んで座ってはいたものの、いつものように話す気にはならない。 ただ、周りの状況を把握しようとしてゆっくり見回すだけだった。 |
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開始の時間になり、まず司会者が出て来た。 どこかで見たことのある顔だ。 |
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あ、本屋で声をかけてきた人だ。 | |
その司会者の挨拶から始まり、会の主旨を簡単に話してくれた。 それから、チャネラーと2人の日本人が現れた。 |
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チャネラーは男性だ。 年齢的には50歳を少し過ぎたぐらいだろうか。 でも、外人さんの歳は良くわからないから、もしかしたらもっと若いのかもしれない。 2人の日本人は通訳と質問者で、2人とも女性だ。 |
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3人の紹介が終わると、照明がうす暗くなり、柔らかいスポットライトが3人を照らした。 チャネラーは目をつぶっている。 意識を集中しているのだろう。 |
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まず、質問者から話が始まった。 | |
「 | あなたはどなたですか?」 |
「 | 私は・・・ 名前は・・・ 名前はあったはずだが思い出せない・・・」 |
チャネラーの口を借りて話している霊は男性で、100年ぐらい前に他界したという。 現世にいた時は農夫で、当時の家族のこと、農業のことなど、生きていた時のことを話してくれた。 |
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次に現れたのは若い人で、自分はまだ生きているのに、家族に捨てられてしまった、と泣きながら訴えていた。 死んだのに、死んだことに気が付いていないということらしい。 |
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唯香にとって、この2人の霊が話したことに興味はあるけど、どうしても半信半疑から抜け出せない。 本当に死者がチャネラーを通して語っているという確信が持てないのだ。 悪く考えれば、死者が語っている振りをしているだけとも考えられる。 |
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死後の世界って、本当にあるんだろうか。 本当に死んだ霊が語っているんだろうか・・・ |
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3人目は、かつては宗教団体で教祖をしていたという。 この3人目の人がアセンションについて語り始めた。 |
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アセンション・・・ それは地球と人類の総合浄化のことであって、2004年ごろから自然現象の異変という形で始まり、2012年に完結するのだとか。 そして、その結果、三次元という物質世界中心であった地上が、五次元という精神中心の世界に移行すると言う。 |
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だから、私たちはそれに乗り遅れないようにしなければいけないと。 もし乗り遅れたなら、かつて体験したことがない程の大きな苦しみを味わうことになるらしい。 |
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乗り遅れないためには特別なことをするのではなく、自然環境を愛し、自然が破壊されないようにすることが大切らしい。 そして、自分を大切にするように、とも言った。 |
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アセンションって、こういう意味だったんだ。 だけど、漠然としていてまだよくわからない。 四次元の世界だってよくわかんないのに、五次元の精神世界って・・・ もしこれが本当なら、今生きている人たちはすごい体験をすることになるんだわ。 私はアセンションに乗っかることができるんだろうか。 もし乗り遅れたら・・・ 大きな苦しみを味わうんだ・・・ |
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唯香の中で、もっとアセンションのことを知らなければいけない、乗り遅れてはいけない、という切羽詰まった気持ちが押し寄せた。 | |
チャネリングが終わって質疑応答が始まると、誰もかれもが他愛のない質問をした。 | |
唯香も手を挙げ、アセンションのことをもっと聞こうとしたが、残念ながら指名してはもらえなかった。 | |
ワークショップが終わって、書籍を販売しているところに走って行くと、「 アセンションの到来 」 というタイトルの本が目に留まった。 多くの人が集まっているので、中を見て吟味する余裕がない。 仕方なく、中をサラッと見ただけで購入した。 それでも、何だか宝物を手に入れたようにワクワクした。 |
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帰り道、美砂は 「 死後の世界って本当にあるんだね、すごいよね。 」、を連発していた。 | |
家に帰ってから、一気に本を読んだ。 ところが、あれだけワクワクしたのに、読み終えた感触はなんとももどかしいとしか言いようがない。 掴みどころのない内容だったので、信じていいのかどうか、逆にわからなくなってしまった。 |
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モヤモヤした思いを持っていたら、翌日、美砂が面白いことを言って来た。 | |
美砂: | 業者で出入りしている加藤さんという人だけど、スピリチュアルのことを良く知ってるんだって。 学習会も開いているって話よ。 |
唯香: | へえー、スピリチュアルの学習会なんてあるんだ。 その加藤さんて、どこの会社の人? |
美砂: | うーん、それがよくわかんないんだよね。 だけど、相当の変わり者なんだって。 |
唯香: | 変わり者? |
美砂: | 肉も魚も卵も食べなくて、お酒もタバコもギャンブルもやらないらしい。 いつもニコニコして人当たりはいいみたいだけど、ストイックで相当な堅物だから付き合いも悪いし、誰とも話が合わないっていう噂よ。 |
そんなに変わっている人というなら、ちょっと怖い気もするけれど、アセンションについてどんな考えを持っているのか、聞いてみたい気もする。 | |
どんなふうに堅物なんだろう。 人当たりは良いということだから、話しやすい人だといいな。 こんな自分、相手にしてくれるかな・・・ どうしたら、その加藤さんと出会えるのだろう。 |
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それから2週間ほどたったある日、唯香が会社の外の掃除をしていると、男の人に呼び止められた。 | |
男性: | あのう、○○商事のものですけど、営業の三島さんに会いに来ました。 いつもは加藤が来るんですけど、風邪をひいて休んでいるので、私が代わりに来ました。 どこに行けば三島さんに会えますか? |
唯香: | 営業なら3階です。 そこのエレベーターで3階に行って、そちらで聞いてみてください。 |
と、そこまで言って、ふと 「 加藤 」 という名前に引っかかった。 もしかしたら、美砂が言っていた加藤さんのことなんだろうか。 |
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唯香: | あのう、その加藤さんて、ストイックで堅物の人ですか? |
男性: | 加藤のことを知ってるんですか? |
唯香は意外なところから、加藤さんの会社がわかったことに心が躍った。 | |
毎週水曜日の朝イチでウチの会社に来ていることがわかったので、次の水曜日は外の掃除をしながら待ち伏せしてみることにした。 | |
翌週の水曜日になった。 外の掃除をしていると、「 おはようございます! 」 と、元気な挨拶をして通り過ぎようとする男性。 あ、この人が加藤さんだ! |
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唯香: | あのう、失礼ですが、加藤さんですか? |
加藤: | はい、加藤ですけど、何か? |
唯香: | あ・・・ あのう・・・ |
加藤: | はい? |
なかなか切り出せない。 それでも、このままでは変な女だと思われてしまいそうなので、思い切って聞いてみた。 |
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唯香: | あのう、加藤さんって、スピリチュアルに詳しいんですか? |
加藤: | 詳しいというほどでもないですけど、結構知っている方だと思います。 |
それを聞いて、胸が高鳴った。 ヤッター! この人だ! |
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唯香: | もしご迷惑でなかったら、色々とお話を聞かせて頂きたいんですけど。 |
加藤: | いいですよ。 どこで、何時に? |
唯香: | できれば、今日か明日、会社が引けてから。 |
加藤: | では善は急げで、今日にしましょう。 会社から少し離れている方が良いと思うので、○○駅の近くの喫茶店でお話ししましょうか。 |
予想以上の展開に尻込みしそうになったが、切り出したのは自分の方。 とりあえず、会う時間を決めて、ケイタイの電話番号も交換した。 |
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仕事が終わってから、唯香はドキドキしながら約束の喫茶店に行った。 | |
(つづく・・・) |