スピリチュアリズム |
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短編小説 |
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第9話
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何年ぐらい前からだろう、「 スピリチュアル 」 という言葉がトレンディーな感じで使われるようになってきたのは。 | |
「 霊 」 とか 「 霊界 」 「 心霊 」 という言葉を使うと、どうしてもオカルト的なイメージが付きまとう。 しかし、「 スピリチュアル 」 という言葉を使えば、ちょっとイケてる感じがするから不思議だ。 これは言葉のマジックなのかもしれない。 | |
昨今では宗教を含め、精神世界とか、目に見えない世界、科学では解明できない能力などはすべて 「 スピリチュアル 」 という言葉で表されるようになってきた。 それに加えて、シルバーバーチをはじめとする 「 スピリチュアリズム 」 という言葉も広く知られるようになってきた。 | |
「 スピリチュアル 」 と 「 スピリチュアリズム 」 言葉的には似ているが、どこがどう違うのだろうか。 |
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ここは、ある商社の事務所。 | |
美砂: | ねえねえ、清正の井戸って知ってる? |
唯香: | え? 何それ? |
昼休みに、美砂が同僚の唯香に話しかけた。 | |
美砂: | ちょっと聞いたんだけどさあ、清正の井戸っていうのは、明治神宮にあるパワースポットなんだって。 いつもお水が湧き出ていて、そこを写真に撮って、ケイタイの待ち受けにしておくとご利益があるんだって。 行ってみない? |
唯香: | うーん、私はそういうの興味ないから。 |
美砂: | そんなこと言わないでさあ、1度行ってみようよー。 |
美砂にせがまれて、唯香はしぶしぶ行くことにした。 | |
場所は明治神宮を入って一番奥。 ここにある池の水は清正の井戸から湧き出て流れてきたものらしい。 今でこそ有名になったが、美砂がこの情報を仕入れて来た時は口コミで広がり始めたばかりだったから、日曜日に行っても、まだそれほど多くの人はいなかった。 |
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美砂: | へえー、これが清正の井戸かあ。 清正井って書くんだ。 もっと派手にまつられていると思ってたけど、すごくシンプルだね。 |
美砂は感慨深げに水が湧き出ているところを眺め、デジカメで何枚も写真を撮った。 美砂の話では、水が湧き出ているところをケイタイの待ち受けにしておくと、ご利益があると言う。 美砂が写真を撮っているその光景を眺めながら、唯香は不思議な感覚を受けていた。 | |
日常のいつもとは違う神秘的な感じとでも言ったらいいのだろうか。 神宮だからこうした感じがするのか、それとも、パワースポットだからだろうか。 とにかく、静かではあるが、力強いエネルギーを感じた。 | |
唯香: | 美砂、連れて来てくれてありがとう! 来てよかったわぁ。 |
美砂: | ね、来てよかったでしょ。 |
唯香: | 帰ったら、写真を送ってね。 |
明治神宮を出てから、レストランに入った。 行く前は乗り気じゃなかった唯香だが、「 清正の井戸 」 の雰囲気を肌で感じた後だったので、美砂が話すパワースポットの説明は、唯香の興味をどんどんと惹き込んだ。 | |
その夜、さっそく美砂から写真が送られてきたので、嬉しくてすぐに待ち受けにした。 | |
どうか、良いことがありますように。 | |
そう念じて眠りについた。 | |
それから数日して、唯香が自分の部屋の掃除をしていると、失くしたはずの時計が出て来た。 その時計は高校の進学祝いとして、両親からもらった物だ。 学校で失くしたのか、通学途中で失くしたのか、どこで失くしたのかわからなかっただけに、机と本箱の間に見つけた時は、一瞬呼吸が止まるほど驚いた。 | |
すごい! これって、清正の井戸のご利益かも! |
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このことをすぐに伝えたくて、美砂に電話をしようとケイタイを持った途端に着メロが鳴った。 なんと美砂からだった。 | |
唯香: | うっそー、美砂 !? 私、今かけようと思っていたところよ。 スゴイ! シンクロしてる! |
美砂: | 本当? これって、まんまスピリチュアルだよね! 実はね、スゴイことがあったんだ。 |
美砂には以前から憧れていた営業の先輩がいた。 その憧れの先輩からメールが来たと言って、美砂は早口で話し始めた。 | |
彼とは挨拶程度にしか話したことがなかったから、自分のメアドなんて知らないはず。 それなのにメールが来たというのだ。 その内容というのは、一緒に食事でもどうか、ということだったから、ドギマギしながらも2つ返事でOKした。 そのことで美砂は思いっきり舞い上がってしまい、興奮して一気に喋りまくった。 | |
その美砂の話がひと段落したところで、唯香が失くしたはずの時計が出て来たことを話した。 お互いに不思議なことが重なったので、 「 清正井 」 のご利益だと言って喜び合った。 | |
それからしばらくして、ワイドショーで 「 清正井 」 が取り上げられたことを知った。 テレビの影響は絶大で、放映後は行く人がものすごく増えたらしい。 休日には行列ができるほどになったと聞くと、自分たちの方が先に知って行っていたことで、何だか得した気分になった。 | |
その後、美砂は先輩とデートできることに期待に胸を膨らませていた。 しかし、いざ会ってみると、意外なことを言われた。 同じ部署の人が美砂と付き合いたいから1度会ってみないか、という話だった。 | |
これには思いっきり拍子抜けした。 | |
そうだよなあ、普通に考えたら、先輩みたいなステキな人から誘われるなんて、有り得ないもんなあ。 あ〜、美砂のバカバカ! 何期待してたんだよお! |
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とりあえず丁重に断ったが、憧れの先輩と2人だけで食事をして話せただけで、まっいっか、というところで気持ちを落ち着かせた。 | |
唯香の方はというと、時計の件があってからパワースポットに興味を持った。 美砂の都合が良い時は2人で、都合が悪い時は1人であちこち出かけるほどになった。 | |
しかし、どこに足を運んでも、時計が見つかった時ほどのご利益がないので、しだいにパワースポット巡りは遠のいて行った。 | |
「 清正の井 」 に行ってから3か月ほどした頃だった。 美砂が可愛い袋からブレスレットを出して見せた。 | |
美砂: | 昨日ね、佐知子と占いに行ったんだけど、すっごく良く当たっててさあ。 そこでパワーストーンを買っちゃった。 普通のお店で売られているのより高かったけど、確実に運気が上がるんだって。 これが水晶で、これがシトリン。 水晶は困難を乗り越える石なんだって。 シトリンは私の誕生石で、身に着けているとお金がたまるし、ダイエットにもいいんだって。 もし本当だったらスゴくない? |
占いが当たったと聞くと、心がじっとしていられない。 美砂に案内してもらって、一緒に行くことにした。 |
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占いはタロットだった。 性格とか人間関係、過去のことが当たっていたから、未来のことも当たっているだろうと思った。 ところが、 |
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占い師: | あなたは邪悪な霊に憑かれやすいから気を付けた方が良いですよ。 |
唯香: | え? そうなんですか? その邪悪な霊に憑りつかれないためにはどうしたらいいのでしょうか。 |
占い師: | あなたの場合は除霊しなければいけないほどの悪い霊は憑いていないけど、憑りつかれやすい傾向があります。 とりあえず水晶のブレスレットを身に着けたらいいわ。 |
唯香: | あのう・・・ おいくらですか? |
占い師: | 10万円です。 安いでしょ。 中には高いと言う人もいるけど、ご利益は確実です。 偽の占い師だと、除霊と称して何十万、時には数百万も取る人がいるから気を付けないとね。 私はこの石を師匠に無理を言って譲っていただいているの。 多くの人に幸せになってもらいたいから、利益なんてほとんどないのよ。 |
唯香: | 他のところで除霊をしてもらうと数百万もかかることもあるんですか。 そう思うと、10万円はすっごく安いですね。 |
占い師の話を聞いているうちに、唯香はブレスレットが欲しくなってきた。 それで1本買うことにした。 | |
本物のご利益がある石なのだから、悪霊を追い払うだけでなく、健康、恋愛、金運、全てが上昇する石をいろいろ選んで作ってもらった。 | |
ブレスレットが出来上がったので手にはめてみると、何かしらエネルギーを感じた。 | |
唯香: | さっすが違うわあ。 普通のお店で買う安物だと、こんなパワーは感じないもん。 良い物が手に入って良かったあ。 |
そう言って、唯香と美砂は互いに喜び合った。 腕にはめていれば気持ちが落ち着き、全てに前向きになれるような気がした。 |
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次に美砂が仕入れて来た情報は、「 リーディング 」 と言われるもの。 なんでも、霊界にはアーカシックレコードという個人の成長記録が収められているところがあって、特別な能力のある霊能者だけがそれを見ることができる、ということだった。 |
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そのリーディングができる霊能者が京都に住んでいるから、行ってみよう、ということになった。 | |
問い合わせてみたら、料金は5万円。 この前ブレスレットを買ったばかりだったので5万円は少し痛いが、好奇心に負けて、行くことを決めた。 |
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日曜日は予約が1年先まで入っているということだったので、なるべく早く見てもらうには平日に予約を取るしかない。 2人同時に休みを取ることはできないので、別々の日に有給を取って行くことにした。 唯香は美砂より1週間遅い日に予約をとった。 |
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予定通り、まず美砂の方が京都に向かった。 着いてみると、そこはちょっとした高級マンションの一室。 |
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中に入るとお香が焚かれていて、インド特有の織物が壁一面に掛けられていた。 薄暗い照明の中に曼陀羅の絵が浮かび上がっていて、ここは地上と霊界の境目かと思うほど、異質な雰囲気を醸し出していた。 | |
まず、どこのお茶だろう、少々くせの強い香りのお茶が出され、それをゆっくりと飲み干したら、瞑想するように言われた。 飲んでいる間にお盆の上に料金を乗せるように言われたので、美砂はその通りにした。 |
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瞑想していると、 リーディングを行う女性が現れた。 質問は3つまで許されるということだったので、前もって考えてきたことを伝えると、質問と答えは次のような展開になった。 |
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@ 私の前世は誰ですか? | |
・・・あなたは100年ぐらい前、中国の貧しい農村に男として生まれ、その後、宮廷に仕えるところまで大出世しました。 中国の歴史に名を遺すほどの功績がありながら、皇帝の策略にかかり、悲しみのうちに亡くなりました。 |
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A 弟と気が合わないのですが、どんな因縁があるのでしょうか。 | |
・・・弟さんは、中国で生きていた時、あなたの上司でした。 とても横暴な人で、あなたはその人をとても嫌っていました。 しかし、あなたはその人を押しのけて出世してしまい、その人から疎まれることになりました。 そのカルマで今世では仲が良くないのです。 |
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B 私の守護霊はどんな人ですか。 | |
・・・あなたの守護霊はとても徳にあふれた方で、神とも言われるほどの存在です。 地上にいた時は聖人と呼ばれ、多くの人を導きました。 どの時代にどこで生きていたかを見るには、更に時間とエネルギーが要ります。 別の日に予約を取るか、もしくは追加料金を出していただければ今から見ることは可能です。 |
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時間にしたら20分ぐらいだったろうか。 どの答えもピンと来るものではなかったが、守護霊が神と言われるほどだと聞いて、何だか嬉しくなった。 しかし、守護霊の話が中途半端なままで終わっているから、もっと知りたい、という欲求が強くなった。 今回はギリギリのお金しか持ってこなかったので、別の日に予約をとることにした。 |
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翌日、美砂から話を聞いて、唯香は身体中がゾクゾクした。 早く自分も聞いてみたい。 そんな思いがつのって行った。 |
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翌週、唯香は会社を休み、京都へと向かった。 そのマンションの一室に入ると、美砂が感じたのと同じような、異質な雰囲気を感じた。 |
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唯香の質問と霊能者の答えは次のようなものだった。 | |
@ 私の前世はどんなだったのでしょうか。 | |
・・・あなたは、以前フランスに住んでいたことがあって、とても裕福な家庭に育ちました。 いわゆる伯爵令嬢です。 社交界にデビューした時は、その美しさで周りを圧倒しました。 その前はイギリスにいました。 この時は語学が堪能で、社交界に招かれる多くの外国人の通訳をしていました。 特に、バッキンガム宮殿に訪れる方たちの通訳として際立ち、女王の側近の1人でもありました。 それよりかなり前ですが、エジプトのファラオの第2王女として生きていた時もあります。 |
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A 私のラッキーカラーは何色でしょうか。 | |
・・・あなたを支配している色は、グリーンです。 過去世、現世、来世、どの世界においてもグリーンに支配されています。 洋服のどこかにグリーンを入れることで、背後からの力を更に得ることができます。 |
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B 親戚に障害のある人が居るのですが、気になって仕方がありません。 その人と私は何か縁があるのでしょうか。 |
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・・・その人の障害は前世の報いを受けたものです。 当時あなたがその人に罪を犯させたものです。 その人は貧しい家庭で育ったにもかかわらず、あなたはその人を気に入り、僕として傍に置きました。 ところが、その人はあなたの我儘に我慢ができなくなり、ある日、短刀であなたに切り付けました。 幸い傷は深くなかったものの、あなたの父親は烈火のごとく怒り、その場でその人の右腕を切り落とし、宮殿から追い出してしまいました。 その人は、数日して、その傷がもとで亡くなりました。 その方とあなたとの間にはそうしたカルマがあります。 そろそろ時間です。 これ以上お話しするには、料金が加算されます。 |
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親戚の障害のある人のことに関しては、思いもかけないような答えが返ってきたことに少々戸惑いを感じたが、これが真実だとしたら・・・。 しかし、自分が彼女に罪を犯させたのなら、自分は今世で償わなければいけないのだろうか・・・ |
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ラッキーカラーに関しては、自分はずっとブルーだと感じてきたのに、グリーンだと言われたので、少し違和感はあった。 でも、これからはグリーンを身に着けることにしよう。 それより、時間がたつにつれ、自分は伯爵令嬢だったとか、女王の側近だったとか、ファラオの第二王女だったと知らされたことに、嬉しさがどんどん込み上げてきた。 |
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帰りの新幹線の中で美砂に電話をかけて、詳細を話した。 | |
美砂: | へえ、唯香ってすごいところの出身だったんだね。 いいなあ。 |
そう言われ、更に嬉しさが増した。 | |
しかし、よくよく考えてみると、何かスッキリしない。 過去世は自分にとっては嬉しい内容だったのだが、そのリーディングの内容は本当に正しいのだろうか。 それで、それを確かめるために別の霊能者にもリーディングをしてもらうことにした。 |
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ネットで調べたら、都内で3人見つかったので、全部受けてみることにした。 料金はまちまちで、安いところは5千円、高いところで2万円だった。 ということは、京都の霊能者は極端に高いではないか。 |
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3人の霊能者には、京都の霊能者に質問したことと同じ質問をしてみた。 すると、全員違う答えを出してきた。 こうなると、どれが本当かわからない。 |
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前世にしても、南アメリカの高地に住むインディオだった、韓国に住んでいた、中東でジプシーとしてあちこちを転々としていた、日本から出たことはない、百姓をしていた、と本当に様々だ。 一致するのは一つもなかったから、どの霊能者を信じて良いかわからない。 |
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食い違いがずっと引っかかったまま、数週間が過ぎた。 | |
唯香は自分で答えを見出そうと考え、本屋に行ってスピリチュアルに関する本を見ていると、「 アセンション 」 という言葉が目に入った。 | |
アセンション・・・? そこには、「 アセンションとは、地球規模で人類が三次元から五次元に移行する 」 と書いてあった。 つまり、物質世界が意識世界へ変わるということを意味していると言うのだ。 それも、2012年の終わりに。 |
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本屋で立ったままボーっと考えていたら、モデルかと思うほどきれいな女性が話しかけてきた。 | |
(つづく・・・) |