スピリチュアリズム |
短編小説 |
第7話 あるヒーラーの一生 D
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聡史のところへは、ホームレス仲間だけでなく、いろいろな人がやってくる。 明るく振る舞っている人もたまにはいるが、ほとんどの人が暗く、悲壮感が漂っている。 | |
誰から聞いたのか、時には有名人や身なりの良い人も来ることもある。 そういう人がブルーテントに来るにはよほどの事情があるのだろう。 財産や地位や、守るものをたくさん持っている人が目の前に死を突き付けられると、ホームレスや低所得者より更に悲壮感が漂う。 | |
ある日の朝、場違いじゃないかと思える女性がやって来た。 悲壮感などまるでなく、ブランド物のバッグを持ち、色とりどりの宝石を身に着け、優雅なハーブの香りを漂わせていた。 派手なアイメイクをしているのと、インド風のデザインの服がよけいに異質さを感じさせているのかもしれない。 | |
テントに来た人に対しては、まず最初にCさんが応対する。 そして、Cさんは “ 門前の小僧、習わぬ経を読む ” のごとく、順番を待っている人たちから質問されると、知っていることを楽しそうに答えるのが常だ。 | |
Cさんはいつも通り、聡史より先にこの女性とも話すつもりでいたが、直接質問をしたいと言うので、ブルーテントの中に案内した。 | |
「 | なんて清々しいオーラなのかしら。 驚いたわ。」 |
聡史のテントの中はシンプルそのもので、写真も飾ってなければ置物もない。 生活用品のほとんどはCさんと共同で使っているので、聡史のテントの中にあるのは、毛布が入れてある袋と、着替えが入れてある段ボール箱、そして小さなテーブル1つとイスが2つだけだ。 |
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テーブルの上には空き瓶に黄色い花が一輪だけさしてある。 その花はどこにでも咲いているような花なのだが、とても美しく感じた。 | |
聡史から見たら、この女性はここには似つかわしくない人に見える。 その女性から見たら、聡史は自分とは全く違う世界の人に感じた。 |
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お互いに違和感を感じながらも、2人は向かい合って椅子に座った。 | |
その女性は最初に、「 今日はヒーリングを受けに来たのではないんです 」、と言った。 その人が言うには、数人の人から聡史の噂を聞いて、興味を持ったのだという。 | |
その噂と言うのはいろいろあって、彼女にとっては無視できない内容がいくつかあるらしい。 それで、その噂の真偽が知りたくて来たということだった。 金銭を取らないのは本当なのか。 もしそれが本当なら、なぜ取らないのか。 治療の成功率はどれぐらいなのか。 自分とは何が違うのか。 | |
それが一番知りたいことだった。 | |
彼女はテントの中が落ち着かないらしく、どこかゆっくり話せるところに行こうと誘った。 ブルーテントで話をすると、当然声が外に漏れる。 それが気になるのかもしれない。 もしくは、食事に接待することが礼儀とでも思っているのだろうか。 | |
聡史は、安物だけれど外出用の服は一通りは持っているから、それに着替えて一緒に出かけた。 もちろん、Cさんも同行した。 | |
彼女が連れて行ったのは、テントから10分ほど歩いたところにある見慣れた寿司屋。 かつては、よく寿司を食べに行っていたものだが、ブルーテントに住むようになってからは初めてだ。 | |
聡史は、カッパ巻きと稲荷寿司を注文した。 | |
それを見た彼女は、 | |
「 | ここはそんなに高くないし、せっかく来たのだから、何でも注文して食べてください。」 と言った。 |
しかし聡史は、 | |
「 | 僕の代わりにCさんがたくさん食べますから、よろしく。」 と言ってにこやかに笑った。 |
「 | 動物系のものは一切食べないと聞いていたけど、お魚も食べないの?」 |
「 | はい、食べるものを制御しないとヒーリングに影響しますから。 これも僕の責任の一つなんです。」 |
「 | あれもこれも食べたいとは思わないのかしら?」 |
「 | たまには食べたいと思うこともありますが、食べると途端に影響が出ますから、食べられないんです。」 |
その女性はそれを聞いたからか、それとも知りたいことで頭が一杯なのか、運ばれてきたお寿司には箸もつけずに話し始めた。 | |
「 | 私の耳にはいろいろなうわさが入って来てるの。 超能力を使って治すとか、催眠術を使うとか、最初の10分は無料で、あとで多額を要求されるとか。 まあ、そういった類の噂を聞いたものだから。 中には、あれは、プラシーボ効果で気持ちの問題だとか、元は医者だったとか、みんな言いたいことを言っているけど、どの人の話も憶測の領域を出なくってね。 だから自分で真偽を確かめたくて来たってわけ。」 |
話を聞いていくと、彼女はヒーリングを生業とし、その収入を生活の糧としているとのことだった。 元々はそういう力はなかったのだが、高い授業料を払い、厳しい訓練によって得たのだと言う。 そして、数年前から教室を開き、今では自分が講師となってヒーリングの輪を広げていると言う。 | |
「 | 金銭を頂かないというのは本当ですか?」 |
「 | 原則としてはどの人も無料です。 でも、食料とか生活物資を持ってきてくれたりすると、それは有難く頂きます。 中にはお金を置いて行こうとされる人がいますが、その場合は、他へ寄付して頂くことにしています。」 |
「 | でも、それって不公平じゃない? 私は、治療をしてお金を貰うのは当然の権利だと思うのよね。 というより、相手からお金を頂かないのは、せっかくの感謝の思いを無にすることになるんじゃないかしら。 あなただって、お金のある方から頂いて、それを元にしてアパートを借りるとか家を建てれば、ホームレスの人たちが安心して生活できる場所を提供できるんじゃないかしら。 そうすれば、みんな幸せに暮らせるのに。 私は、あなたはせっかくの能力を無駄に使っていると思います。 もっと賢く貰って、賢く使うべきよ。」 |
「 | 僕は中学しか出ていませんから、賢いと言うのがどういうことかわかりません。 幸せという考えもあなたとはずいぶん違うようです。 かつて、僕を使ってお金をもうけようとした社長がいましたから、あなたの言いたいことはわかりますが。 人っていうのは、いったんお金が手に入り始めると、欲が膨張して金の亡者になります。 お金を出す人を優先して、お金を出せない人には不満を抱くようになります。 それはよくない事だし、その方がよっぽど不公平でしょ。 金銭で物事を判断しようとすると、欲が絡んで善悪の判断を歪めてしまうんです。 あなたのように、大金を払って厳しい訓練を受けて得た力なら、その力をお金に換えてもいいでしょう。 でも、僕の場合は師匠もいませんし、お金を払うような訓練も受けていません。 それに、病気を治しているのは僕じゃなくて、霊界の医者です。 それなのに僕が病気を治したと言ったら、嘘をついたことになります。 嘘をついてお金を頂くなら、それは詐欺です。 以前、自分だけの力で病気を治していた時はすごく疲れました。 今は治療をすればするほど、僕は元気になります。 だから、なおさらお金は頂けないんです。 僕の仕事は、良いバッテリー、良いコンデンサーで居続けること。 それが僕の仕事だし、責任ですから。」 |
「 | あなたみたいにお金を取らない人がいると、私たちが比較されて困るのよ。」 |
「 | それは僕の責任ではありません。 僕は自分の使命を貫いているだけです。」 |
「 | でも、少なくとも、ブルーテントに住むんじゃなくて、人並みの生活ぐらいはしたらいいじゃないですか。 その方が多くの人がヒーリングを受けやすいでしょうし。」 |
「 | 誰を基準にしての人並みの生活と言うんでしょうか。 不思議なことに、贅沢はできないけれど、必要な物はちゃんと入ってきます。 これは守護霊の配慮でしょう。 だから、僕は何も困ってないんです。 今のままでいいんです。 それに、テントだからいいんです。 テントだから、ホームレスのような人が来られるんです。 普通の家に住んでいたら、来られませんから。」 |
ここでCさんが言葉を挟んだ。 | |
「 | あのなあ、お嬢さん。 あんたは、俺たちが人間以下の生活をしているとでも 言いたいんですかい。 世界を見渡したら、1日に1食さえまともに食べられない人が大勢いるじゃないですか。 その人たちは人間じゃないって言うんですかい。 確かに俺たちは、日本では並みの暮らしをしているとはいえない。 掃き溜めに住んでいるのかもしれない。 だけど、自分を良く見せるために着飾ったり、人を欺いたりはしないよ。 そういう人たちよりよっぽど人間らしい心を持っていると思うんだがね。」 |
「 | ごめんなさい、そんな意味で言ったつもりはなかったんだけど・・・ 話を戻すわね。 あなたはどんな病気でも治せるの?」 |
「 | わかりません。 だって、僕が治すんじゃないから。」 |
「 | 今まではどうなの?」 |
「 | 治ることもあれば、半分しか治らないこともありました。 すぐに治る場合もあれば、相当な日数がたってから治ることもありました。 時には、何も変化がないこともあります。」 |
「 | 精神病も治りました?」 |
「 | 身体の病気も精神の病気もバランスの問題ですから、同じです。 すぐに改善する人もいれば、時間がかかる人もいます。」 |
「 | じゃあ、いつも成功するとは限らないわけね。」 |
「 | 成功かどうかと言うなら、病気は治ったのに成功しなかっこともあるし、逆に、病気は治らなかったけれど、成功したこともありました。」 |
「 | え? それはどういうこと?」 |
「 | 霊界の医者が言うには、魂に影響があることが成功で、魂に影響がないのは失敗だと言うんです。 だから、いくら病気が治っても、その患者がそれまでの生活を反省して、霊としての本来の生き方を学ぼうとしなければ、治療は失敗なんです。」 |
彼女にはその意味がまったくわからなかった。 病気が治れば成功で、治らなければ失敗だと考えていたのだ。 | |
「 | 病気が治らない時の共通点はありますか。」 |
「 | 病気の原因は個々によって違いますから、一概には言えません。 魂がまだ治る段階に到達していないとか、病気の苦しみを通してカルマを解消する道を選んでいる場合などは、条件が整うまでは治らないようです。 心配が強すぎたり、取り越し苦労が大きい場合も治り難いです。」 |
「 | でも、重度の病気になれば誰でも心配になるし、取り越し苦労だってするでしょう。」 |
「 | 病気のことを心配したり、取り越し苦労をする気持ちはわかります。 でも、その心配の念が分厚い壁となって、治癒エネルギーが入るのを阻止してしまうんです。 つまり、もったいないと言いたいんです。 せっかく治る条件が整っても、自分で治らないようにしてしまうのですから。」 |
「 | では、心配とか不安とか、取り越し苦労を取るにはどうしたら良いと言われるんですか。」 |
「 | 正しいことを知って納得すれば、それだけで負の念は取れます。」 |
「 | もし患者が死んだらどうします?」 |
「 | 以前は死ぬことの本当の意味がわからなかったから、それで辛い思いをしたことがあります。 でも今はわかります。 治療をする目的は寿命を伸ばすことではないんです。 地上でやるべきことが終わったら誰でも他界します。 やるべきことが残っている場合は、病気が治って地上に残ります。 死ぬことは重い肉体からの解放ですから、悪いことではないと思います。」 |
「 | 良いヒーラーになる条件は何ですか。」 |
「 | 自我を忘れて、ひたすら他人のために役立ちたいと願うことだと思います。 他人のことを思えば思うほど、それだけヒーラーとしての資質が増していくと教えられました。」 |
「 | 宣伝をすれば、もっとたくさんの人が訪れて、もっとたくさんの人の病気を治せると思うんだけれど。」 |
「 | さっきも言いましたけど、病気を治すことだけが目的ではないんです。 それに宣伝などしなくても、必要なら、その人の守護霊が僕のところに連れてきてくれます。 むしろ、宣伝をすることで、邪霊に導かれて来る人が増えますから、その方が問題です。 それに、患者は僕がヒーリングするのにちょうど良い人数が導かれてきます。 もし宣伝したら、僕の手には負えないほどの人が来るでしょう。 いくらなんでも、それは困ります。」 |
「 | あなたと私のヒーリングの方法はずいぶん違うように思います。 何が違うのかしら。」 |
「 | 一言で言えば、目的が違います。 あなたの場合は病気を治すのが目的で、僕の場合は、魂に活を入れて目覚めさせるのが目的です。 また、あなたの場合は、自分の五感の延長である生体エネルギーや磁気的な力を使って治療しているのに対して、僕の場合は、霊界の医者が僕を使って相手に治癒エネルギーを注ぎ込んでいるんです。 つまり、あなたは霊医とはいっさい関係なく、エネルギーを自家発電していることになります。 僕は霊医と患者の中継ぎをしているだけです。 それも大きな違いだと思います。 僕も以前は自家発電していましたから、エネルギーが切れてくるとすごく疲れました。 充電するにも時間が掛かりましたしね。 でも、今は霊界からの治癒エネルギーが僕を通って患者に注がれます。 その治癒エネルギーの一部が僕の中に残るので、疲れるどころか、僕は元気になるんです。 それも大きな違いだと思います。」 |
「 | 確かに目的は違うわねえ・・・」 |
「 | それと、動機も違うと思います。 僕は単純に人の役に立てればいいと思っているのですが、ヒーラーの多くは、最初は人を助けるのが動機でも、だんだんと能力を使ってお金を儲ける方に変わるようですから。」 |
「 | 私は、低料金でヒーリングをしているわ。 お金儲けだなんて・・・」 |
「 | あなたの動機は僕は知りません。 多くのヒーラーのことを言ったまでです。」 |
2人はその他にも、いろいろと話をした。 結局、食事を堪能したのはCさんだけで、聡史もその女性も、ほとんどお寿司には手を付けないまま店を出た。 そして、店先で別れた。 |
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別れてから、その女性はゆっくり歩きながら、聡史から聞いたことを思い出していた。 | |
『 目的が違う、動機が違う 』 と言われた言葉が、大きく心に圧し掛かっていた。 確かに自分が今までしてきたヒーリングの目的は、病気を治すことだった。 それに、良心的な値段で、心のケアも含めてヒーリングをしてきたつもりだ。 |
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自分は高い授業料を支払って教えてもらったが、自分の生徒には安い授業料で教えている。 それでも、家が建てられたし、高級車も乗り回している。 これは自分の経営能力と努力の結果だと思い、誇りに思っていた。 だから、教室も開き、講師として教えているのだが、考えてみれば、 “ 先生、先生 ” と呼ばれて、有頂天になっていたのかもしれない。 |
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多くの人を病気の苦しみから救ってあげたいと思って始めたことだったが、いつの間にか心が濁り、欲に負けてしまっていたのだ。 | |
何かが・・・、いや、何もかもが違っていたのだ。 | |
聡史と話をしてみて、ヒーラーとして、人間として、完全に負けたと思った。 いや、勝ち負けなどではないのは良くわかっているのだが・・・ |
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彼女の頭の中は、聡史から聞いた内容と、自問自答する内容でいっぱいになっていた。 今まで自分がしてきたことや考え方には改善すべき点が多いようだ。 しばらくの間、治療を休んで自分を見つめ直してみようか。 ヒーリングの勉強も、もう一度やり直してみよう。 それより、生き方そのものを見直すために、まず真理の勉強をした方がいいのかもしれない・・・ |
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いろいろと考えていたら、言葉にできない熱いものが胸にこみ上げてきた。 彼女は立ち止まり、身に着けていたネックレスとブレスレット、指輪、ピアスを外して、バッグの中にそっと入れた。 |
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自分は変わらなければいけない、今までと同じではいけない。 | |
そう思った時、自分が本来進むべき次の道が見えたような気がした。 | |
(続く・・・) |