スピリチュアリズム

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短編小説

第7話 あるヒーラーの一生 A 心霊治療

聡史は中学を卒業するとすぐに父親の元から離れ、担任が紹介してくれた印刷工場に就職した。 従業員は全部で10人ほどの零細企業だ。
幸いにも工場には寮があるというので、そこに入ることにした。 寮から工場までは歩いて10分ぐらい。 そこは普通のアパートなのだが、6室あるうち2室が寮として使われていた。
同室になった先輩は聡史と同じ中卒で、3年前に入ったと言う。 先輩は優しい人で、おまけに世話好きだ。 自炊の仕方、洗濯の仕方など、生活に必要なこと全般を教えてくれる。 もし自分に兄がいたら、兄弟ってこんな感じなんだろうなと思うぐらい、何でも話せて頼りになる人だ。
嬉しいことに、工場の社長も奥さんも、自分の子供のように可愛がってくれる。 時々夕食に招いてくれたり、休みの日には街に買い物にも連れて行ってくれる。 この時、聡史はまだ15歳。 仕事を早く覚えようと、一生懸命の毎日だった。
工場に就職して1年ほどしたある日のこと、昼食の時間になったので食堂に行った。 すると、台所で ガシャン! という大きな音。 どうしたんだろうと思って台所をのぞくと、食器が数枚割れていて、奥さんが頭を抱えた状態で倒れていた。 すぐに救急車を呼び、奥さんは病院に搬送された。 検査の結果はくも膜下出血。 すぐに手術が行われ、幸いにも一命は取りとめることができた。
しばらくして麻酔から覚めて意識は戻ったが、それからが大変だった。 左半身がマヒして、思うように身体が動かせない。 リハビリも始めたが、本人の精神的な苦痛は大きく、
「 こんな身体で生きて行くなら、いっそのこと・・・ 」、
こうしたことを泣きながら口走ることが多くなっていた。
聡史は、休みの日は必ずお見舞いに出かけた。 しかし、奥さんは以前とは違って、笑顔どころか、話すことすら辛いように見える。 これからの人生に絶望を感じているのかもしれない。 窓の外を見ている奥さんの身体全体から悲しみが伝わってくる。 聡史の心は痛んだ。
母親代わりとなって世話をしてくれていた奥さんを何とか助けたい。 無意識のうちに、聡史の手が奥さんの左半身に触れた。 すると、無表情で窓の外をみていた奥さんがすっとんきょうな声を上げた。 
「 え? なに?  何か変。  あ、冷たかった左手がだんだん温かくなってきた。 」
少しだけれど、左半身の感覚が戻って来ているような感じがすると言うのだ。
奥さんが自分の左手を見つめながらそっと力を入れてみると、今までコワ張って動かなかった手の平が半分開き、指が少し動いた。 そして、その手を上に上げると、10pぐらいだが、上げることができた。
「 聡史、お前が触ったら急に温かくなって指が動いたよ。 一体どうしたんだろう。 偶然かねえ。 」
ちょうどその時、医者が様子を見に病室にやってきた。 医者は奥さんの様子を見て驚いたが、
「 リハビリが功を奏したんでしょう。 良かったですね。 」
そう言って、「 これからは通院しながらのリハビリに切り替えましょう 」 ということで、すぐに退院の運びとなった。
その後、奥さんの左半身は、日を追うごとに良くなっていった。
奥さんが退院してしばらくしたある日、社長が聡史を呼び出して言った。
「 偶然かどうかわからないが、お前が触ったらカミさんが良くなり始めたんだってな。 聡史は超能力でも持ってるのかな。 もしそうなら、俺も治してくれよ。 」
社長は椎間板ヘルニアで、なるべく早いうちに手術をしなくてはいけないらしい。 聡史は社長の背中をさすってみた。 すると、しばらくしたら社長は腰に手を当てて、
「 あれっ?  い、痛みが無くなってる。 それとも、俺は本当は痛くなかったのか・・・  いや、痛かったが治っているんだ。 どうなってるんだ?  これは偶然か?  いや、偶然なんかじゃない。 やっぱりお前は超能力を持っているんだな。 聡史、お前ってすごいなあ!  ありがとう、有り難う、本当にありがとう・・・ 」
そう言って、聡史の両手を取り、顔をくしゃくしゃにして喜んだ。
それから社長と聡史は話し込んだ。 この力があるのに気が付いたのはいつごろか、今までも人の病気を治したことが有るのかなど、根掘り葉掘り聞いてきた。 話を聞けば聞くほど、社長は聡史の力に驚き、感嘆の声をあげた。
ひとしきり話し終わると、聡史は社長に、「 お願いですから、他の人には言わないでください。 約束ですよ。」  そう言うと、社長は、「 わかった、わかった、誰にも言わないよ。」 と言いながら嬉しそうに仕事に戻って行った。
社長は仕事をしながら考えた。 『 約束はしたが、聡史の力を埋もれさせるのはもったいない。 何か良い方法はないかな。』 と考えたりした。
その翌週、事務所の奥に間仕切りがされ、そこに3畳ほどの部屋が作られた。 社長は聡史を呼び出して、
「 良いことを思いついたんだ。 今工場は火の車だから、それを抜けきるために、お前の力を貸してくれないか。 仕事の合間にアレをちょこちょこっとやってくれるだけでいいんだ。 作った部屋はお前の治療スペースだからな。 頼むぞ。 」
そう言ってポンと肩をたたいた。
まさかこんなに早く約束が破られるとは・・・
聡史は落胆した。 しかし、恩のある社長の言うことには逆らえない。
それから社長は、昔からの友達とか、仕事仲間、得意先にも聡史の話をしたらしい。 興味本位も手伝ったのか、一週間もしないうちに毎日のように誰か彼かが訪れるようになった。
アトピーの人、膝が痛くて歩けない人、腰が痛い人、手がしびれて物がうまく掴めない人、禁煙ができない人、心臓病の人など、病院ではすぐに治らない病気の人がほとんどだ。
最初は仕事の合間にしていたが、しだいに午後の時間の全てを治療に費やすことになり、日によっては1日中治療する日も出てきた。
聡史が意識を集中して患部に手を置くと、大半の人が、温かく感じたとか目の前が明るくなったとか、何かしら感じるものがあった、と言う。  
傍から見たら、目を瞑って手を患部に手を置くだけだから楽そうに見える。  しかし実情はそうではなくて、多くの人に施術すればするほどエネルギーを消耗し、疲労困憊する。 それを知らない社長は、患者をお客だと言って、どんどん受け入れる。 聡史は世話になっている手前、疲れるというのがなかなか言い出せないでいた。
しかしある時、さすがに限界を感じた。 社長が連れて来る人だけならまだしも、口コミで施術を求める人が増えてきたのだ。 本当に病気ならいざ知らず、興味本位で来る人もどんどん増えてきた。 もうこれ以上続けていたら身体だけでなく精神までどうにかなってしまいそうだ。 それで思い切って社長に話してみた。 すると社長は、
 「 そうか、そんなに疲れるのか。 見ている分には工場の仕事よりずっと楽そうなのになあ。 まあ、仕方ないか。 お前に倒れられちゃあ元も子もないからな。」
そう言って、1日に限定10人とし、横柄な人や、能力を試すような態度の人はできるだけ断るようにした。 しかし、情に訴えかけられたりすると、受け入れることもあった。
 「 お宅のことを聞いて、わざわざ四国から来たんです。 ウチの子供はどこの病院に行っても治らない難病なんです。 だから、会うだけでもいいんです。 お願いします。 この通りです、どうか、どうかお願いします・・・ 」
そんなに遠くから来たと聞くと、施術をしないわけにはいかなかった。 ところが、それを知った人が、「 遠くから来た人はやってもらえて、私たちみたいに県内からの人はやってもらえないってことかね。 それはエコひいきってもんじゃないですか。」 そう言って食い下がって帰ろうとしないこともあった。
施術をしてもらう人は謙虚に振る舞うのに、断られた人はとんでもないことを言い出したりする。
「ええっ!  どうしてダメなんだ!  本当は病気が治らないから、それをスッパ抜かれたくなくて会わないって言うんだろ。 とんでもない詐欺野郎だ。 警察に訴えてやるからな! 」 
「お願いです。 明日また来ますから、やってもらえませんか。 私・・・歩くのがやっとなんです。 ええっ!? ダメなんですか? 藁にもすがる思いで来たのにやってくれないんだったら、ここまでの交通費と宿泊費を払ってくれますよね! 」 
 断られた多くの人が哀願したが、心を鬼にして断わらなければいけないのは辛かった。 断る役目は、ほとんどが奥さんだった。
 受け入れてもらえない人が多くなるにしたがって、理不尽なふるまいをする人が出てきた。 予約をしていないにもかかわらず、突然施術している最中に押し入ってきて、悪口雑言を浴びせる人、お守りの代わりだと言って施術室の物品を持ち帰る人など、いろいろな人がいた。
施術を受け入れた人の多くは、涙を流しながら自分の生い立ちとか、病気の辛さを延々と話したりする。 そういう人は、体の病が心の病にまで発展してしまっているからなのだろう。 若い聡史には、そういう人の話を聞いてあげる余裕がない。 そうした場合は適当にお茶を濁すような感じで帰ってもらうこともあった。
こうしたことが重なるにつれて、聡史は患者を選ぶようになった。 すぐに治りそうな人には積極的に治療をし、これは時間がかかるだろうなと思える人とか、気に食わない人には、「 急ぎの仕事がありますから 」 と言って遠慮してもらうこともあった。 そうかと思えば、若くて素敵な女性だったりすると、必要以上に時間をかけて治療したりした。
週末にもなると、社長共々、あちこちから食事に招待され、毎週のように、焼肉やら、ステーキ、寿司、懐石料理などの接待を受けた。 まだ10代なのに、年上の人から 「 先生、先生 」 と呼ばれ、チヤホヤされ、お世辞を言われ、当然のように聡史は有頂天になっていった。
ある日、治療でやってきた若い女性に目が釘付けになった。 彼女はどちらかといえば痩せ形なのだが、小悪魔的な可愛さがあって、グラマラスだった。 彼女の病気は子宮内膜症で、月のうち半分は寝たきりになるという。 聡史はいつもより丹念に治療して、いままでの辛い気持ちをずっと聞いてあげた。 そして施術が終わり、彼女が帰って行く時は胸がしめつけられるほどの寂しさを感じた。 これが一目ぼれというものなのだろうか。
その翌週、症状が出なくなったと言って、彼女は菓子箱を持ってお礼にやってきた。 聡史はというと、再会できただけで心ここに在らずになり、他の人への治療ができない程に上気した。 彼女の方も同じ思いだったらしく、自分の方から交際を申し込んできた。 聡史は舞い上がった。
気がつくと仕事が終わるといつも会うようになっていて、彼女と会って話をしているだけで、疲れた体と心がほぐれた。    
聡史は彼女にのめり込んでいき、土日は彼女のアパートで過ごすようになっていた。 しかし、どんなに可愛い娘でも、自分を癒してくれるのは最初のうちだけ。 彼女はとても優しくて気が利く人なのだが、嫉妬深いのが難点だった。 聡史が他の女性を見る目が変だと言ったり、事務所の女性との間を疑ったりして、そのたびに、チクチク嫌味を言った。
最近では治療相手にまで口出ししたりするようになってきた。 患者が若い女性だとわかると、治療室にべったり居座ったりもした。 帰れと言っても帰らない。 聡史は彼女に振り回されることが多くなった。
社長も奥さんも彼女のことは気にはなっていたが、なにぶんにもプライベートなことなので、口出しどころか、注意さえしなかった。
聡史自身はというと、だんだんと頭と体がミスマッチ状態となり、別れた方がいいとは思いつつ、男としての思いから関係がズルズル続いた。  
この頃になると、社長は聡史につきっきりになり、従業員のうち2人は治療に来た人の相手をさせられるようになった。 それに、多くの人が手土産を持って来るので、自分1人では食べきれなくて、工場の先輩たちにどんどん分けてあげると、みんな喜んで持って帰った。
ある日のこと、患者として訪れたご婦人に聞かれた。
「 どうやって治しているんですか? 」
これはよく聞かれることで、いつもlは適当に応えていたのだが、この日はなぜかちゃんと応えてみようという気になった。
「 ちょっと説明がしにくいんですけど、まず病気のイメージを持ちます。 それから、イメージの中でいろいろな治療をするんです。 たとえば、膝が痛い人なら、イメージの中でひざの骨の凸凹を削って、軟骨を増やしてあげて、関節が自在に動くようにしたりとか。 それから、宇宙からエネルギーを取り入れて、次に自分の手から相手の体にエネルギーが移動するように気合を入れるんです。」
「 それほど難しくはなさそうね。 練習すれば、誰でもできるのかしら。 」
「 僕みたいな結果は出ないかもしれないけど、誰でもできると思います。 最近では、僕の彼女も少しずつ病気を治したりできるようになってきたぐらいですから。」
「 そうなんですか、先生がされているお仕事は、すばらしいですね。 でも、自分でお金を管理していないと、先生のように純な人は気をつけた方がいいですよ。」
その人がなぜそういうことを言ったのかわからなかったが、やたら気になった。 それで奥さんに話してみると、
「 あら、知らなかったの? 社長はね、患者さんからお金をもらっているのよ。 最初は1人5千円だったのに、最近は1人1万円もらっているんだから。 近々、さらに値上げしようかな、なんて言っているわよ。 ちょっと高いと思うけど、みんな納得して払ってるんだから、いいんじゃないのかしら。 」
聡史は驚いた。 聡史は工場の給料以外はもらっていなかったのだ。
僕は土日も治療をしているから、単純に計算しても、月に300万以上社長の懐に入っている計算になる。 なのに、僕の給料は20万円に満たない。  これはどう考えても割に合わない。
あれこれ考えて、社長に真偽を確かめるために事務所に行くと、社長は言った。
「 お前はうちの社員だ。 客からの手土産は全部お前にやっているじゃないか。  それだけでもいい収入だろ。 芸能界だって、いくら売れてもタレントは給料制なんだから、それと同じことだ。」
聡史は何も言えなくて、引き下がるしかなかった。 うまく丸めこまれたような気がして、いやな余韻だけが残った。
そんなやり取りをしている時に、一人の風格の良い男性が入って来た。 その人は高田さんと言って、工場にとっては一番の得意先の社長だ。
数日前、社長が高田さんに今までのことを話したらしい。 すると高田さんは、 「 自分も診てほしい」と言ってやって来たのだ。 自分の病気は難病で、どこの病院にいっても “ 治らない ” と言われたという。 しかし、
「 もし自分の病気が治るなら、いや、進行が止まるだけでもいい。 そうなれば金はいくらでも払う。」
と言うのだ。 その人は、パーキンソン病だった。
聡史はいつものように意識を集中させて、高田さんの背中に手を置いた。 手応えはあった。 しばらくして聡史が手を離すと、高田さんが言った。
「 特に変化はないように思えるけど、まあ、少しは良くなったのかもしれないな。」  そう言って、謝礼を置いて帰って行った。
翌日、高田さんから社長に電話がかかってきた。
「 聡史君の治療の話は、嘘っぱちじゃないか。 治るどころか、帰ってから数時間寝込んでしまったぐらいだ。 腕の震えも、かえって悪くなった気がする。 そうだ、進行が早まったんだ! あんたは良い人だと思っていたのに、人の弱みに付け込む人だとは思わなかったよ。 今までお宅の工場に一番たくさん注文していたけど、これからはわかりませんからね。 この前頼んだ仕事? 当然破棄ですよ。」
と言い出したのだ。
社長は寝耳に水の話に呆然とした。 奥さんが急いで高田さんの会社に出向いて謝ったが、高田さんは契約を取りやめるの一点張りだった。 高田さんは、社長の言うとおりに奇跡が起きると信じ込んで期待していたたらしい。 それが裏切られたと言うのだ。
社長は聡史の治療にのめりこみすぎていた。 本業の仕事量が減っていたところに、高田さんから契約破棄を言い渡されたことで、倒産の一歩手前まで来ていたことにようやく気が付いたのだ。
裏で社長と奥さんが話しているのがつい聞こえてしまった。
「 チクショウ! これだけ良くしてやっているのに、飼い犬に手を噛まれるとはこのことだ! 」
「 聡史のせいじゃないよ。 あんたが勝手に期待して、いろいろな人を呼び込んだからいけないんじゃないか。 聡史のせいにするのはやめなよ。 」
「 大口の仕事が無くなったんだぞ。 来月からどうすりゃあいいんだあ。」
「 じゃあ、聡史が稼いだ治療代はどうしたのさ。」 
社長はそのお金をギャンブルにつぎ込んで、全て失くしていたのだった。  
その日を境に、なぜか治療に来る人が減り始めた。 高田さんが言ったことが口コミで伝わっているのかもしれない。 すると、社長は苛立ちが治まらず、聡史に辛く当たるようになった。 優しかった奥さんまでも、最近はつらく当たるように感じてならない。 聡史にとっては、毎日が針のムシロのようになっていった。  
数日してから社長が急に怒鳴った。  
「 お前を見ているだけで腹が立つ!  どうせここは近いうちに閉鎖するんだから、さっさと辞めてどこかに行ってくれ。 退職金は出せないからな。 」  
聡史はショックで言葉も出なかった。 どうしてこんなことになってしまったのか・・・  
僕は奥さんの病気も社長の病気も治したじゃないか。 あれだけチヤホヤしておきながら、高田さんがすぐに治らなかったからといって、手の平を返したように辛く当たるなんて・・・ 
あれもこれも言ってやろうと思ったが、言えなかった。 
しかたなく、その日で工場を辞めることにした。 多少の貯金はあるが、早く仕事を見つけなければすぐに底をついてしまう・・・・・  まだしばらくはアパートに居させてもらえるが、できるだけ早く出なければいけない。 
同じ頃、彼女から別れを告げられた。 他に好きな人ができたと言う。 聡史は 「 そうか・・・幸せにな 」 とだけ告げた。 少し寂しかったけど、なぜか、ホッとした。  
聡史は職安 ( ハローワーク ) に出かけた。 中学を卒業してから印刷工場でしか働いたことがないので、転職するには勇気がいる。 それに、折からの不況で、職安に行っても聡史にできそうな仕事がない。 中卒というのも引っ掛かっていた。 父親に相談することも頭をよぎったが、どこにいるかわからないし、連絡を取りたくもなかった。  
このまま仕事が見つからなかったら・・・ そう思うと足どりはどんどん重くなり、殺伐とした思いを抱えてアパートに帰ってきた。  
暗い気持ちで玄関のドアを開けると、 
「 あれ?  なんか変だ。 何だろう・・・   あ、先輩の荷物がない。 先輩もリストラを言い渡されて出て行ったんだろうか。 だけど、一言も言わずに出て行くなんて水臭い・・・  まてよ・・・   」  
ハッとして、まさかと思いつつ、押入れの自分の布団の中に手を入れてみた。  
「 アレ? ない。   ない!ない!ない!!」  
押入れから布団を全部引きずり出して、くまなく探した。  
「 ない、ない、通帳と印鑑がない!  それに、残しておいた現金もなくなってる。  ま、まさか、先輩が・・・ 」  
頭から血の気が引いた。
その日の夜、先輩は帰って来なかった。 仕事が終わるとどこにも寄らずにまっすぐ帰ってくる先輩が、夜中になっても帰ってこない。 
聡史はまんじりともしないで朝を迎えた。 そして、銀行が開くと同時にキャッシュカードで残高を見た。 すると、すでに全額引き出された後だった。 聡史は一気に力が抜け、その場にしゃがみこんでしまった。  
たいした金額ではないが、コツコツと貯めてきた金だ。 そのわずかな預金を根こそぎ盗られてしまったのだ。 それも兄のように慕っていた先輩に・・・  
 悔し涙がポロポロ落ちた。  聡史はこの日、自分が25歳の誕生日を迎えていたことさえ忘れていた。
次の日は、とりあえず、持っているものを全部売り払うことにした。 ところが、テレビも洗濯機も何もかもが古く、処分するのにお金を払わなければ引き取れないと言う。 仕方がないから売るのをやめた。
何がいけなかったんだろう・・・
どうして僕はこんな目に遭わなければいけないのか。
やっぱり、僕に変な力があるからいけないのか・・・  
聡史は、ついこの間まで有頂天になるぐらい周りからチヤホヤされていたのに、今は誰からも見向きもされないどころか、住むところもなくなりかけている。 言い知れぬ不安が心の中いっぱいに広がった。 
その翌日は1日中歩き回った。 歩いて何か変わるわけではないが、歩かずにはいられなかった。 歩き疲れて、お腹がすいて、公園のベンチに座った。 所持金はわずかしかないから使うわけにはいかない。 回りを見渡すと、みんな幸せそうに笑っている。 楽しそうな親子、全てがばら色のようなカップル、学生も勉強で大変そうだが、未来は明るい。 それに比べて、今の自分は・・・  
どれぐらいたっただろう。 そろそろアパートに帰らなければ、と考えていると、公園の一角に大勢の人が集まっているのが目に入った。  
 (続く・・・)
 2011 / 02 / 22 初編
2014 / 03 / 14 改編
         


     
















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