スピリチュアリズム

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短編小説

第5話 守護霊の仕事 目覚め編

先回約束したように、今回は、いまだ目覚めていない霊を目覚めさせるお役目を受けた時の話をしよう。
地上の年代にしたら、確か明治時代の末だっただろうか。 守護を任せられた貞吉は、私から見て6代後の子孫になる。 貞吉は今回で3回目の地上人生になるが、前の地上人生、つまり2回目の地上人生では、魂が目覚めることがなかった。 それで、この回の再生の目的は “とにかく目覚める” ことである。
すでに目覚めている霊なら、地上へ再生する前に、どんな環境に生まれたらより成長できるかを共に話し合うことができる。 しかし、貞吉のように目覚めていない霊の場合は、摂理どおりに、一方的に再生させられる。
今回の貞吉の地上人生は、霊性が目覚めるための苦しい人生になる。 霊性を目覚めさせるためには、打ち砕かなければいけない壁が山ほどあるのだ。 壁を打ち砕くには、私自身もかなりの苦痛を味わうことになる。 それを承知で、私はとことん付き合う覚悟を決めた。
貞吉が生まれた時、両親は貿易商をしていることもあり、金銭的にはかなり裕福だった。 しかし、貞吉が6歳の時に母親が他界。 貞吉が悲しむ間もなく、かねてから父親の愛人だった人が後妻に入り、貞吉の継母となった。
この継母は初婚で末っ子だったこともあり、子供を育てた経験がまったくない。 しかし、父親は仕事で日本中を飛び回っているため、貞吉のことはこの継母にまかせるしかない。
当時の貞吉は悪ガキの大将で、仲間を集めては近所の畑から作物を盗んだり、犬や猫をいじめたりしていた。 そして、仲間が泣いていても気にしないどころか、それをネタにいじめるほど情のない子だった。 自分が損することは誰かに肩代わりさせ、得をすることは独り占めするところもあった。
そんな子供だったから継母は貞吉のことを持て余した。 言うことを聞かない時は、躾と称して虐待と思えるほどの体罰を与えることが何度かあった。 そのせいで貞吉は余計に反発し、継母が自分を嫌っているからわざと叩くんだ、と考えていた。
貞吉が15歳の時、父親が海外で病死してしまった。 裕福だと思っていた家だったが、ふたを開けてみると借金ばかりになっていたことが判明。 すると継母は、自分にはその借金を払う責任はないと言って、金目の物を持って懇意にしていた番頭と一緒に出て行ってしまった。 店をまとめていた番頭がいなくなったことで、他の奉公人たちも散り散りに出て行ってしまった。
1人残された貞吉は親戚に引き取られることになった。 ところが、借金取りが親戚の家まで押しかけてくるようになると、貞吉を別の親戚の家に追いやってしまった。 すると、借金取りはその親戚のところにも押しかけてきた。
これはとんでもないことに巻き込まれた、といって親戚一同が集まり、厄介な貞吉をどうしたらいいかを相談し合った。 その結果、どこかにリ飛ばそう、ということで話がまとまった。 女の子だったら女郎にでも売ればそれなりの金にはなるが、男の子では・・・
ここまでは、成長の前段階に過ぎなかったが、それでも否応なしに余分なものが砕かれ、少しずつだが目覚めに近づいてきている感じがした。 そこで、私は貞吉を職人として働かせ、その中でもまれるようにしてみた。
ちょうどその頃、叔父さんの知り合いの傘屋が丁稚を欲しがっていたこともあり、そこに貞吉を売ることに決めた。 その時、貞吉は17歳だった。
丁稚の仕事は辛いことが多い。 子供の頃は自由気ままに育っただけに、余計に辛く感じるのだろう。 それに、お金で売られた貞吉に給金はなく、自由な時間もない。 口ごたえなどもっての外で、ただ黙って働くことだけを強要された。
父さんが悪いんだ。
父さんが作った借金だ。
あの継母だって、さっさと逃げ出しやがって、
見つけたらタダじゃ済まさないぞ!
いつか絶対に仕返ししてやる!
叔父さんたちだって酷いもんだ。
あれだけ父さんに世話になっておきながら、こんな仕打ちをするなんて。
いつか絶対に見返してやるんだ。
貞吉は毎晩布団の中で泣きくれた。
目覚める一歩手前の者なら、なぜ自分ばかりこんな目にあるんだろう、と考える。 そう考えれば次の段階への手助けのしようもある。 しかし、貞吉はそんなことさえ考えず、ひたすら継母や叔父に憎悪の念を向け、自分の境遇を呪った。
それではいけないと、私は貞吉を何度も諌めたが、貞吉の憎悪が私の声を打ち消した。 精神的に立ち直るための状況も何度か作ってみたが、すべてが空振りに終わってしまったのはとても残念でならない。
そんな状況が続いたことで、私の心も虚しさで押しつぶされそうだった。 しかし、それではいけないと、自分で自分を奮い立たせて、また新たに貞吉に向かい合った。
育ち盛りの貞吉にとってお店で出される食事の量は少なすぎる。 空腹に耐え切れなくなった貞吉は邪霊にそそのかされ、近くの店で売られていた饅頭を盗んでしまった。 店主がそれに気がつき、貞吉を追いかけたのだが、捕まりそうになった時にその店主を突き飛ばしてしまった。 その時、店主は側溝に転がり落ち、動けなくなり、おまけに口から泡を吹き始めた。 それを見た貞吉は恐くなり、その場で逃げてしまった。
店へは帰るに帰れず、真夜中にうろうろ歩いていたところを警官に呼び止められ、貞吉は捕まった。 すぐに働いている傘屋にも知らされたが、主人は面倒に巻き込まれたくなくて、「 こいつはウチの店の者ではない 」 と引取りを拒否した。 そのために留置場に入れられてしまった。 貞吉はどうして良いかわからなくなり、
父さん・・・父さん・・・
おいらだけが悪いわけじゃない。
父さん・・・助けてくれよう・・・
そう言って、膝を抱えて泣いた。
私はその様子を見ていて胸が詰まった。
その時、貞吉の心の中に 「 なぜなんだ 」 という思いが湧いたのを、私は見逃さなかった。 今なら声が届くかもしれないと思い、私は貞吉の父親を呼び寄せ、話しかけさせてみた。 父親は夢の中に現れ、話した。
貞吉、わしが悪かった。
不運が重なってしまって・・・仕方なかったんだ・・・
でもな、借金を返そうと奔走している時、古い友人が本を書き写したものをくれたんだ。
それはヤソ(キリスト教)の言葉だったが、良いことがたくさん書かれていた。
最初はヤソなんか、と思っていたが、読んでみて、わしはしばらくの間、涙が止まらなくなった。
その中に書かれていたことがどんだけ大きな意味を持つものか、こっちに来て良くわかった。
貞吉、自分より他人を大切にしろ。
そして、自分の中にある良心に従え。
そうしたら、お前は幸せになれるから
目が覚めた時、父親と会ったことは覚えていたが、残念なことに、話の内容は全く覚えていなかった。 それでも、感覚だけは残り、それは魂には刻み込まれた。 その様子を見て、私は父親を呼んだことを、心から良かったと思った。
その次に、私は饅頭屋の店主に、貞吉のことを許すようにささやいた。 私のその声はすぐに届いたようで、店主は急に貞吉のことが心配になってきた。
饅頭屋の店主は側溝に落ちた時に左足を骨折をしていた。 当然怒りはあったが、貞吉の境遇を知って不憫に思い、知り合いの瓦屋で働けるように配慮してくれた。 饅頭屋が許してくれたことと、瓦屋が引き取り手となってくれたことで、貞吉は留置場を出ることができた。 
本当なら、罪を許してくれただけでなく、仕事まで世話をしてくれた饅頭屋の店主に感謝の思いが湧くはずなのに、貞吉の心は腐っているのか、そうではなかった。 口では詫びと礼を言ったが、心の中は自分を見捨てた傘屋の主人を恨み、自分の不運を嘆くばかりだった。
ここで、私は失敗したことに気がついた。 霊性が開いた者なら、辛い時の優しさは心に響くのだが、霊性が開かれていない者は人の優しさに対して反発心を抱くことが多い。 店主の優しさが、せっかく魂の目が開かれようとしていたのを逆に閉ざしてしまったことは、やはり私の失敗だった。
私は次の準備もあって、それからしばらくの間、日常の小さなことは伝えても、それ以外は言動を見守るだけにした。 日常の小さなことというのは、忘れ物を教えたり、身体への危険を回避する程度のことだ。 これぐらいなら、目覚めていない者にも声は良く届く。 しかし、肝心な魂に関することは全く届かない。
とりあえず、饅頭屋の店主の計らいで、貞吉は瓦工場で働き始めた。 そこでは友達も何人かでき、それなりに楽しい日々を過ごしていた。 しかし、相変わらず心は殺伐としており、取り立てて何かを深く考えることもなく、仕事に精を出すどころか、怠慢ぶりは目に余るほどだった。
土日は酒と博打で過ごすようになっていた。 同僚から郭(くるわ)遊びも教えられ、給金が少しでも貯まるといそいそと出かけた。 そこの女郎とねんごろになり、足抜けさせようとしてヤクザに捕まった揚句、貞吉も女郎も死ぬほど角材で打たれた。 その時、貞吉はまだ20歳だった。
時代は昭和になり、貞吉は30歳になった。 相変わらず、瓦工場で働いていた。 23歳の時に見合い結婚をしたが、相手の女性には好きな男がおり、婚礼の当日、逃げられてしまった。 駆け落ちだった。 以来、女性不振に陥り、結婚ぜずに郭に通っている。
酒も博打も相変わらずだが、この頃になると自転車に乗ることを覚え、暇ができると自転車で遠出をすることが多くなった。
ある日、いつものように自転車に乗って走っていた時、危うく子供を引っ掛けそうになった。 ところが、貞吉は気にもとめず、そのまま走って行ってしまった。
たまたま通りかかった同僚がそれを見ていた。 「 貞吉っさん、あれは危なかったなあ。 気をつけねば 」 と言ったが、貞吉は、「 オレは何もしてねえ 」 と言って、同僚の言葉を無視してしまった。
それから1ヵ月して、こんどは老人にぶつかった。 幸いにも、老人は尻もちをついただけでケガはなかった。 貞吉は自分が悪いとは思わずに、老人に怒鳴った。
危ねえなあ、このクソッタレがあ!
ちっとは気いつけろや!
歳とってふらふら出歩いているから、危ねえ目にあうんだ
年寄りは畑にいるか、家の中でじっとしているもんだ!!」
それから更に1ヵ月たった頃だった。 今度は妊婦にぶつかってしまったのだ。 ケガは擦り傷と打ち身程度だったが、救急搬送先で、流産が確認された。 後でそれを知らされ、どれだけの慰謝料を請求されるかと思うと、貞吉は生きた心地がしない。 とりあえず貞吉は謝った。 謝れば慰謝料を免除してもらえると思ったからだ。
理由はどうあれ、謝っている貞吉を見て、私はホッと胸をなでおろした。
ところが、お腹の子は望まれて生まれてくる子ではないことを知って、貞吉は九死に一生を得た思いがした。
なーんだ、流産して良かったんじゃないか。
感謝してもらいたいもんだ。
そうは思ったが、自転車で3人も引っかけたことで、何か意味があるのではないか、と感じていた。 それを見て、やっと目覚める時期に来たのかもしれない、と私は期待した。
それから後も、貞吉は自分に都合の悪いことがあると相変わらず人のせいにしたが、反省することもできるようになった。 あと少しで完全に目覚める段階にきたことが分かり、私は小躍りして喜んだ。
以来、私の声も少しずつ届くようになり、成長させやすくなってきた。 そこで私は、貞吉をある人に出会わせるようにしてみた。
主人の言いつけで、隣町に行く途中にある神社の鳥居の近くで、1人のみすぼらしい初老の男性が何やら大声で話しているのに出会った。 近くを通る人は、胡散臭そうな目でその人を一目はするが、どの人もその初老の男性と目を合わせたくなくて、足早に通り過ぎて行く。 貞吉はその初老の男性が何を話しているのか、知りたくなっって、しばらく耳を傾けた。
目を覚ましなさい
他人は見ていなくても、神があなたを見ている
神に嘘やごまかしは通じないのだから 」
なあんだ、ヤソか。
貞吉はそう思ったが、その時、ふとある記憶がよみがえった。
それは、留置場に入れられた時に感じたことだった。
なぜか、目の前にいる初老の男性が父親とダブって見えた。
貞吉には、その男性が話している内容は理解できなかったが、聞いているとなぜか心地よかった。 貞吉が耳を傾けている様子を見て、初老の男性が更に言葉を続けた。
人々にしてほしいと、あなた方の望むことを、人々にもその通りにせよ
人を裁くな、そうすれば自分も裁かれることがないであろう
許してやれ、そうすれば自分も許されるであろう
与えよ、そうすれば自分にも与えられるであろう
自分を高くするものは低くされ、自分を低くするものは高くされるであろう
友のために自分の命を捨てること、これより大いなる愛はない 」
貞吉は遠い昔、似たようなことを聞いた気がした。
初老の男性は貞吉に手書きの紙を一枚くれた。 その紙には、今男性が話した言葉が綴られていた。 貞吉には、たった一枚のその紙切れが光り輝いているように見えた。
私は、感動で震えた。
やっと、やっと、たどり着くことができた。
今まで、私の方が何度くじけそうになったことか。
何度、指導霊に助けを求めたことか。
私自身、今気付かされた。
貞吉は私自身だったのだ。
私にもまだまだ気付いていないこと、気付かなければいけないことが山ほどある。
いま貞吉の守護をしている私にも、後ろで見守ってくれている進化した霊がいる。
その霊に、私自身も大きく助けられていたことが今ようやく分かったのだ。
ああ、神様、有難うございます。
その後、貞吉は戦争に召集され、戦死した。 最期は、戦友を助けようとして地上人生を終えたのだ。 戦争という大変な時代ではあったが、戦友との深い絆を深めることができたことは、貞吉にとっては何物にも代え難い宝になった。
貞吉が残した僅かな荷物の中にお守り袋があり、上官がそれを開けてみたら、そこにはボロボロの一枚の紙が入っていた。 その紙に書いてある字は涙であろうか、滲んでしっかり読めなかったが、こう書かれていたのだけがわかった。
人を裁・・・・・
・・・  自分も許される ・・・
友のために自分の ・・・  大いなる愛 ・・・ 」
上官は、貞吉が大切にしていたその紙を、骨の代わりに墓に埋めた。
今世は、魂を目覚めさせる人生なので、私も貞吉も大変だったが、次に地上に再生する時は、魂を磨く人生設定がなされることだろう。
― end ―
2011 / 03 / 20 初編
2014 / 07 / 28 改編
                



















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