スピリチュアリズム

スピリチュアリズム

短編小説

第11話
臨死体験 と その後

― きっかけ ―

臨死体験って本当にあるんだ。
しかも、臨死体験した人の中には、特殊能力が現れる人がいるらしい。
僕も臨死体験をした一人で、どうやら特殊能力は現れたらしいんだけど、実はその自覚がないんだよね。
臨死体験をした経緯を話そう。
僕は富士山を登っていて、もう少しで頂上というところで滑落したらしい。
まったく記憶にはないが、山岳レスキュー隊に助けられたそうだ。
富士山の斜面を転げ落ちて、生えている低木に引っかかったという。
そのおかげで、骨折もなく、打ち身だけで済んだらしい。
奇跡だと言われた。
登山のきっかけは、失恋。
自信は喪失するし、仕事も手につかなくなるし、食事も喉を通らなくなって、もう何もかも嫌になってしまっていた。
それが良くないことがわかっていたから富士山に登って、ご来光でも拝めることができれば心機一転して再出発できるのではないかと思ったのだ。
富士山には以前1度登ったことがあったので様子は知っていた。
8月に入ったばかりで、下界は猛暑でも夜中の富士山はとても寒い。
頂上で一休みした頃にご来光が見えたらいいなというぐらいの感じで、夕方から登り始めることにした。
真冬の装備をして、リュックには最低限必要なものを詰め込んだ。
20時頃、五合目から登り始めて、途中の山小屋で休憩しながらゆっくり上った。
八合目まではたくさんの人が登っていたが、みんな山小屋で一泊するつもりなのか、だんだんと人が少なくなっていった。
それに、八合目までは割と傾斜が緩やかだったのでそれほど大変ではなかったが、八合目を過ぎると山の傾斜が急になり始めた。
何かの流星群なのだろうか、流れ星が次から次へと見えたので嬉しくなった。
途中から高山病なのか、眠気と頭痛でなかなか思うように登れなくなった。
大体が前を進む人の後をついて行くように歩いていくのだが、人がいない時は道案内を兼ねたロープを頼りに歩く。
少し上っては腰を下ろして休み、またしばらく登るを繰り返していた。
九合目に着いた。
少しは休んだけれど、ご来光を拝むという目的を達成するには、そのまま一気に頂上まで登るしかなかった。
一歩登るとズルっと半歩下がった。
九合目からはそれぐらい急斜面になっていた。
道案内のロープを手繰りながら、一歩一歩登っていたが、頭痛がひどくなり、貧血なのか何なのかよくわからないけれど、一瞬めまいがしたように感じた。
そして、気が付いたら病院のベッドにいた。
「兄ちゃん! 兄ちゃん!」と叫んでいる弟の声が聞こえた。
「郁夫! 郁夫!」と叫んでいる両親の声も聞こえた。
その声を聴きながら、僕はまた意識を失った。
ずっと夢を見ていた。
僕は雲の中で座っていた。
一面に広がる雲海がとてもきれいで、それをずっと眺めていた。
その辺の記憶も感覚も曖昧だけれど、今まで見たこともない荘厳さに圧倒されていた。
しばらくすると、だんだんと雲が両側に分かれて、その間に海が見えた。
映画の「十戒」の中に海が割れてその間をエジプト人たちが歩いて渡ったという下りがあるが、それにちょっと似ていて、雲が割れた間に海が見えたという感じだ。
ただ、自分が海だと思ったのはもしかしたら湖かもしれないし、大きな河だったのかもしれない。
とにかく雲がだんだん両側に開いて、その間から見える水の平原とでも言えばいいのか、キラキラしてとても美しかった。
それは今まで見たこともないくらいの美しさで、世界遺産のウユニ塩湖よりもはるかに美しいと感じた。
ゆっくり両側に分かれて流れる雲と水の平原を見ていたら、向こうの方まで行ってみたくなった。
普通に考えたら移動手段も何もないわけだから不可能だと思うのだが、行ける気になった途端、身体がふわりと浮いて移動し始めた。
たぶん空中を飛んでいたんだと思うけれど、周りの景色が動いているようにも感じた。
でもそれは一瞬のことで、気が付くといつのまにか雲はなく、どこまでも続く花畑にいた。
咲いている花は今まで見たこともないような色とりどりの美しい花ばかりで、香りも今までかいだことのない心地良い香りが穏やかに漂っていた。
何より土がないせいか、いや、あったのかもしれないが、とにかく花と葉っぱでどこまでも埋め尽くされていた。
その心地良さにうっとりとしていたら、どこからともなく身体をすり抜けて行くような繊細な音楽が聞こえてきた。
初めて聞く音色だが、どんな楽器なんだろう。
そんな疑問なんかどうでもよくなり、花畑の中に透き通った旋律に自分が同化してしまうのではないかと思えるほどだった。
その時、フワフワした何かが自分に近づいてきたような気がした。
それが何かはわからないが、安心できるものだというのはわかった。
そのフワフワしたものをよく見ると、人間のように見えた。
しかし透き通っているから自分のような人間ではないことはわかった。
その存在は僕に、「私はあなたの守護霊です」と話しかけてきた。
心に直接話しかけてきた感じだ。
守護霊は何か言ったようだけれど、残念なことに覚えていない。
僕の記憶にあるのはそこまで。
次に意識が戻った時は、家族が全員ベッドの周りにいて、母さんは目を真っ赤にしてハンカチで拭っていた。
父さんは蒼白な感じだったし、弟はベッドに顔をうずめて必死でこらえているように思えた。
僕が「みんなどうしたの? ここはどこ?」と訊くと、みんな一斉に顔を上げてポカーンとして、それからお互いの顔を見ていると思ったら、母さんがナースコールを何度も押して、「生き返りました! 早く来てください!」と叫んでいた。
僕が「生き返ったって、誰が?」と訊くと、父さんが「嘘みたいだ。お前一度死んだんだぞ。でも息を吹き返したんだ。奇跡だ!」そう言ってオイオイと泣き始めた。
僕は、父が泣くのを初めて見た。
その時初めて、ただ事ではないと察することができた。
医者と看護師が急ぎ足で入ってきて、僕を見て驚いていた。
聴診器で心臓とか肺の音を聞いて僕に話しかけた。
医者: 気分はどうですか?
郁夫: 普通です。 
家に帰れますか?
医者: 一通り検査をして異常がなければ近いうちに帰れます。
一晩ゆっくり寝て、明日検査をしましょう。
また息を引き取ってもらってはこまりますから。
ははは、冗談が言えるのっていいですね。
医者は周りを和ませようとしてそう言って笑ったと思うのだが、家族の顔は引きつっていた。
翌日、早速検査をしたが、異常は何も見つからなかった。
それでももう1日様子を見て、何もなければ退院できることになった。
母さんがずっと一緒にいてくれて、今までの経緯を説明してくれた。
富士山の九合目を少し上ったあたりで滑落したらしく、後ろから登ってきた人がそれを見つけて山岳レスキューに連絡をしてくれたらしい。
夜中だったけれど助けられて、ヘリで総合病院に運ばれたということだった。
1週間意識がなくて、やがて心臓も脳波も止まり、テレビドラマで見るように、心電図が横一本にツーー−−となった時、母は「嘘でしょ!」 と叫んでしまったとか。
それから医者が腕時計を見て、「17時28分、残念ですがご臨終です。」と言って病室を出て行き、看護士は「しばらくしたら身体の清拭に来ます」と言って出て行ったという。
家族全員が呆然として、母さんと弟は泣き崩れ、父さんは僕の顔とか頭をずっと撫でていたという。
それが3時間ほどたった時に僕が目を開けて、寝起きのような感じで「みんなどうしたの?」と言ったものだから、信じがたいことが起きたというか、何をどう考えたら良いかわからないままに、医者を呼んだということだった。
奇跡的に打ち身だけで済んだということもあって、検査の翌々日に来てくれた家族と共に帰宅した。
家に入ると初盆の準備がしてあった。
弟がすかさず、
「兄ちゃんもこの初盆でお参りされる側になるかと思った。
あ、冗談冗談(笑)」
というと、家族全員で大笑いになった。
その様子を見て、家族って何ていいんだろう、としみじみ思えた。
これらは今でも笑い話の種になっている。
この一連のことがあったからか、僕は失恋のことなどすっかり忘れていたし、彼女のことなんてどうでもよくなっていた。
ばあちゃんの初盆ということもあって、夕方になって向い火を焚くと近所の人がお参りに来てくれた。
ばあちゃんと仲の良かった人が次から次へと来てくれて、
「次は誰の番だろうね、ピンピンコロリで逝きたいね」
とお互い笑いながら話していた。
健康で年を取った人というのは、死に対する恐怖はないのだろうか。
それともここに集ってきてくれた人たちだけが陽気なのだろうか。
夜も更けて、僕は仏壇の前で転寝をしてしまった。
しばらくして目が覚めたら、母さんが目を真っ赤にして泣きはらしていた。
郁夫: どうしたの?
ばあちゃんと話をしたんだよ。
郁夫: エッ?
ばあちゃんと?
どういうこと?
母 : それが不思議なんだよね。
郁夫の肩に手を置いてばあちゃんの話をし始めたら、郁夫は座ったままコックリコックリし始めたんだよ。
そうしたら急にばあちゃんが出てきたの。
出てきたというか、感じたというか、とにかく話しかけてみたら返事をしたの。
雰囲気は前よりも穏やかになっていて、若返っていた。
母さんが小学生の頃のばあちゃんになっていた。
それでね、昔のこととか今のこととか、いろいろ聞きまくったら、こちらのことはほとんど知っていたよ。
母は近所付き合いが上手というか、聞き上手と言われていた。
その母が井戸端会議で昨夜ばあちゃんと話した、ということをみんなに話すと、半年前に旦那さんを失くした人がそれを聞いていて、
「それが嘘でも構わないから自分も郁夫君の肩に手を置いてみたいよ。」
そう言ってしくしく泣きだした。
何十年も連れ添ってきた人だけに、病気で覚悟はしていたとはいえ、いざいなくなってみると寂しくて寂しくて毎晩泣いている言った。
母が体験したことがどういうものだったのか、自分と関係があるのかどうか、まだこの時は何もわからなかった。
でも、母は
「絶対に何かある」
と疑わなかった。
母がその人の旦那さんの仏壇に一緒に手を合わせて欲しいというので、とりあえず同行してみた。
お線香をあげて、手を合わせてしばらく座っていたら、急に眠気が襲ってきた。
一瞬のことだったと思うのだけど、目を開けるとおばさんが泣いていた。
郁夫: どうしたの?
郁夫の背中を触ったらご主人が出てきたんだって。
それも結構はっきり見えて、向かい合って座って話ができたらしい。
時間にしたら5分ぐらいだろうかねえ。
ご主人は病気の苦しさはなくなっていて、とっても穏やかで、いつも近くで見ているよ、と言っていたんだって。
びっくりしたら泣けてきて、両手で顔を覆ったらご主人が消えたんだって。
不思議だなと思いつつも、自分にはトンと思い当たる節がない。
だって、何も覚えていないんだから。
ただ、昼寝をした後のようなすっきりした気分にはなっていた。
母がばあちゃんと話をしたことと、このおばちゃんがご主人と話をしたことで、郁夫には何かある、と噂になった。
それから母は面白がって、僕の背中に手を置いてあれこれ試していた。
そうしたら、背中とか肩、腕とか、どこかを触って会って話をしてみたい人を思い浮かべると、その人と話すことができることが分かった。
でも、話ができるのは6割ぐらいの確立で、亡くなってからの期間が短いほど早く現れると言った。
そして、霊が出てくると僕が転寝の状態になるのもわかった。
ただ、僕の身体から手を離すとそれで終わりで、もう一度僕の体を触っても何も起きなかったという。
ある日、母が興味本位ではなく、真剣に話したい人が出てきたというので、今度は壁にもたれて座った状態で始めてみた。
目が覚めると母は泣いていた。
郁夫: どうしたの?
誰に会ったの?
母 : 郁夫の弟だよ。
郁夫: 僕の弟?
どういうこと?
僕にもう1人弟がいたの?
母 : 実はね、妊娠7か月ごろに流産してね。
原因はわからなかったけれど、医者が一言、男の子だったよ、って。
その子にずっと申し訳ないと思っていたんだ。
そしてふとその子と話がしてみたくなって、会えるかどうかわからないけどお前の肩に手を置いてみたら、会えたんだよ。
その子、充って名前を勝手につけていたんだけどね、充が出てきて、まだ幼くて5歳ぐらいに見えたんだけど、喜んでくれた。
充が言うには、流産したのは自分のカルマで、そうすることでしか清算できなかったんだって。
まだしばらく向こうで成長して、時期が来たらまたこっちに生まれてくるって言ってた。
どこに生まれるかは母体になる人と自分とのカルマの適合なんだって。
この人の所に生まれたいと思っても、カルマが適合しなければできないらしい。
なんだか難しいルールがあるみたいだよ。
郁夫は生まれてくるはずだった弟を思って、複雑な気持ちになった。
母さんは弟の充に会ったけれど、僕は会えないし、話もできないんだからね。
僕の気持ちは複雑だった。
― 続く ―
2022 / 8 / 16
      










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