スピリチュアリズム

スピリチュアリズム

短編小説

第11話 ②
臨死体験 と その後

― 虐待から逃れて ―

郁夫の能力の話が口コミで広まって、いろいろな人がやってくるようになった。
来る人のほとんどが興味本位だけれど、中には半信半疑ながら真剣な思いで訪ねてくる人もいた。
母の寿々音が窓口になって取りまとめてくれていた。
しかし僕はいまだに不思議でならない。
だって、僕にはこれっぽっちも覚えていないんだから。
郁 夫 : ねえ、母さん。
来た人って霊とお話してるの?
寿々音: ほとんどの人は黙ったままよ。
後で聞くと、霊とは心で話せるんだって。
中には口に出してしゃべっている人もいるけど、そういう場合は母さんには独り言のように聞こえるわね。
それと、面白半分で来た人の大半は何も起こらなくて、「こんなの嘘っぱちじゃないか! これで金を取るっていうなら詐欺だ!」と怒って帰る人もいたわね。
郁 夫 : ああ、そんな人いたね。
あの時は眠くならなかったから良く覚えている。
寿々音: 今までのケースを探っていくと、真剣に会いたがっている人じゃないと会えないみたい。
真剣な人でも、絶対に会えるわけでもないみたいだしね。
そのあたりは母さんでもよくわかんないのよ。
郁 夫 : 不思議だよなあ
寿々音: ほんと、不思議よねえ。
ある日、50歳ぐらいの女の人がやってきた。
名前は佐藤幸恵さん。
この人のことは生涯忘れられないと思う。
僕は自己紹介だけして、それ以上は聞かなかった。
なぜかというと、以前始める前に身の上話を聞いたとき、得も言われぬ不穏な気持ちになって霊媒になれなかった。
つまり眠気が来なくて、目が冴え続けたからだ。
それ以来、交霊をする前に、来た人の素性とか、会いたい霊との関係とかを聞くのをやめた。
母の寿々音が幸恵さんを客間に通して、いつものように注意事項を話した。
寿々音: この子の体のどこに手を置いてもいいです。
手を置いたら会いたい人の名前でも顔でも何でも思い浮かべてください。
ただし、まれに話したい人と全然違う人が出てくることもあります。
そんな時は、いったん手を放してもう1度触って会いたい人のことを思い浮かべてください。
ただし会えたとしても、もし手を離したらその段階でその霊とはお別れになりますからね。
幸恵さんは、リクライニングの座椅子に座っている僕の膝の上に手を置いた。
しばらくしたら、いつものように眠気が襲ってきて、僕は座ったまま寝てしまった。
目が覚めると例に漏れず、彼女は泣いていた。
いつも通り、僕は何も覚えていない。
寝起きのように頭がボーっとしていたが、次第に幸恵さんと母の寿々音との会話が耳に入ってきた。
幸恵さんは子供のころ、父親に虐待されて育ったという。
母親は父親の暴力がもとで頭の中で内出血をおこし、彼女が中学2年の時に亡くなった。
子供は幸恵さん1人きり。
母親が亡くなってからは親戚に引き取ってもらうか、養護施設にでも行けばよかったのだけれど、子供の時はそんな知識も何もない。
嫌でも父親と一緒にいるしかなかった。
父親は、気に入らないことがあるとすぐに殴るので、機嫌を損ねないように毎日怯えながら部屋の隅に縮こまっていた。
時々血走った目で見られ、酔って抱きつかれた時は大声で助けを求めながら外に飛び出したこともあったとか。
今思うとアルコール中毒だったように思う、とのことだった。
父親は働いていなかったので、当然のように極貧生活だった。
お金はないのにいつもお酒を飲んでいた。
後で知ったことだが、生活保護を受けていたようだ。
給食だけがまともな食事だった。
安く食べさせてもらえるという理由で学校には行かせてもらえたけれど、家に帰るのが怖かったという。
門限までに帰らないとまた殴られたり罵声を浴びせられたり、物が飛んでくるので、ギリギリまで時間をつぶして、仕方なく嫌々帰っていた。
そうした父親との生活はもちろん、父親そのものが憎くて大嫌いだった。
それで、中学を卒業してから行く当てもないのに家を飛び出した。
とにかく父親のいない遠くに行きたかった。
東京駅で入場券を買い、名古屋方面という電車が止まっていたのを見つけて飛び乗った。
途中で車掌が切符の点検に来たが、トイレに逃げ込んで難を逃れた。
名古屋で降りたが、切符がないので改札口を出られない。
構内をウロウロしていたら駅員に呼び止められた。
身元は絶対に明かせない。
あの父親の所に戻されたら半殺しの目にあうのが分かっていたから。
駅長室に女性の警察官が来て、優しく接してくれて自分の気持ちを和らげてくれた。
家に戻さない、という約束ですべてを話した。
警察の口利きで区役所の福祉課を紹介され、ホームレスが自立するためのアパートに入れてもらうことができた。
そして生活保護を受けることができるようになった。
そこを拠点にして、アルバイトを探し、お金を貯め、なんとか自力でホームレス支援所を出ることができた。
後で聞いた話だが、家出少女は無知なだけに、優しく接してきた男に騙されて売り飛ばされることが良くあるのだとか。
もしあの時 駅員が補導してくれなかったら、自分は今頃どうなっていたかわからない。
駅員と警察と行政には本当に感謝している。
それから40年たち、風の便りに父親が亡くなったことを聞いた。
何の感情も湧かなかった。
亡くなったのは、自分が家を出た半年後だったようだ。
55歳になって初めて父親の死を知ったことになる。
自分がいなくなってから父親がどんな生活をしていたのかなんて、知りたくもない。
たまに1度ぐらいは会って罵詈雑言を浴びせかけてやれば気が済むと考えたこともあったけど、会えばまた殴られるだろうと思うと、怖くて心臓が破裂しそうなぐらいバクバクし、身がすくんだ。
今では孫もいて、幸せな日々を送っていると言った。
自分は幸せになれたけれど、気になるのは早くに亡くなった母親のこと。
もしも会えるものなら・・・という一縷の望みをもってやって来たと言う。
幸恵さんの母親はすぐには現れなかったらしい。
しかし、よくよく目を凝らすと隅の方にうずくまっている何かに気が付いた。
「そこにいるのはお母ちゃん?」
幸恵さんの母親は頷いたが、ずっと怯えていたという。
父はすでに亡くなっているし、母親本人も他界しているのに、父親の縛りからまだ解き放たれていないようだった。
幸恵さんの母親はなんとか口を開くようになり、自分に会いに来てくれたことを喜んでくれたという。
今までどうしていたかと訊くと、他界してからもずっと夫が怖くて、真っ暗闇の中で自分で穴倉を見つけ、入り口にバリケードを作って、夫に見つからないようにじっと身を潜めていた。
幸恵さんのことをたまに思い出すことはあったけれど、恐怖の方が先に立って、すぐに閉じこもってしまったという。
幸恵さんは自分だけ苦しんできたと思っていたけど、母は死んでもなお父親の暴力に怯えていることを知って胸が痛くなった。
父親はすでに死んだと伝えると、母親は安心したのか、やっと少しだけ微笑んだ。
その時、誰かが母親に、父親は暗い闇の中にある檻に入れられて、1人で暴言を吐いて暴れていると知らせに来たという。
自分がしてきたことを素直に反省できるようになるまで その檻が開けられることはない、とのことだった。
それを知って、幸恵さんの母親は
「これでバリケードをはずして穴倉から出ることができる」、と言った。
別れる間際に、
「これでもう怯えて隠れる必要なないんだね。
幸恵のおかげでこれからは明るいところに行くことができる。
会いに来てくれてありがとう。」
そう言って、感謝しながら消えたという。
もっと話したかったけれど、それは叶わなかった。
でも、今の状態が分かっただけでも良かったと言った。
「本当に不思議な体験をさせて頂きました。
母親がいまだに父親から隠れて、怯えているとは知りませんでした。
死ねばすぐに天国に行けると思っていたけれど、そうではなかったのですね。
母親が不憫でならなかったけれど、なんとか明るいところに行けそうなのでホッとしました。
有難うございました。」
そう言って帰っていった。
幸恵さんは来た時よりは明るくなった気がした。
でも、別の重荷を背負ったかもしれない。
いつもなら郁夫と母親の寿々音は、「お疲れ様」とお互いに言いあってお茶を飲むのだが、この日はとてもそんな気になれなくて、2人とも黙ったままでしばらく座り続けていた。
外が暗くなっているのにやっと気が付いて、母さんが電気をつけてくれた。
暗闇から一気に明るいところに出ると目がくらむのは、あちらの世界でも、こちらの世界でも同じなのかもしれない。
― 続く ―
2022 / 9 / 5
      










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