スピリチュアリズム

スピリチュアリズム

短編小説

第1話 「 霊界へ戻った話 」 @

真美は結婚してすでに5年になるが、まだ子供を授かっていない。 周りから 「 赤ちゃんまだなの?」 と聞かれると、最初は 「 まだなのよー。 欲しいんだけど、こればっかりはねえ 」 とにこやかに返せていたが、時がたつにつれ、聞かれるたびに精神が追い詰められるようになっていた。
子供を産めない嫁は価値がない、という昔からの風評が残っているからか、年配の方から 「 まだなの? 」 と聞かれると、けっこう心に突き刺さる。
若い人が聞く場合は悪気はなく、むしろ期待を込めて聞いてくれるのはわかる。 しかし、聞くのは1人でも、10人が言えば、真美の耳には10回聞こえたことになる。
そんな状況から逃れたい、というのと、何か良いことをすれば子供に恵まれるかもしれないと思って始めたのがボランティアだった。
ボランティアと言ってもNPOだから、お茶代ぐらいにはなる。
現実から逃れたいのと、少額だけど収入になるから、というのが動機だったが、とにかく何かをせずにはいられなかった。
しかし、たとえ不純な動機ではあっても、人の心というのは状況に応じて変わる。 真美はボランティアを続けているうちに、人生全てを懸けるほど熱心になっていった。
そんな中、真美に一つの疑問が出てきた。 それは、作業所に子供を預けている母親が言った言葉だ。 子供が障害だと分かった時、宗教をやっているている人が訪ねて来て言ったという。
「 障害というのは、先祖が悪いことをした報いです。 本人はもとより、この障害を治せない限り、家族も天国には行けません。 全員が天国に行くには、教祖様が念を入れてくださる数珠を購入しなさい。 その数珠で真剣にお祈りすれば、障害が治らなくても天国に行けます。」
その後、別の人がやってきて言った。
「 前世で悪いことをしたから、今こうした罰を受けているのです。 その罰を回避するには、お布施を出して、お経をあげることを通して開祖様におすがりするしかありません。 それでも障害が治らないなら、それは信心が足りないからです。」
障害の子を持つ母親は、辛そうに話してくれた。
その言葉を聞いて、真美の心の中は悲しみでいっぱいになった。
藍ちゃんも、萌ちゃんも、健太君も、大輔君も、みんな天使のように素直なのに、それを罪だとか罰だとか ・・・
真美は常々考えていたことがあった。
それは、
健常者と障害者の違いって何だろう。
世の中では、見た目で判断する。
たとえ心臓が悪くても、見た目が五体満足なら、障害という目では見ない。 でも、思考は正常でも、歩き方が変だというだけで障害者だと見られる。
街を歩けば、好奇の目で見る人もいれば、わざと目を逸らす人もいる。
中には、わざわざ声をかけてきて 「 可哀相ねえ、がんばってね 」 と言う人もいる。
そんな時、いつも思う。
可哀そう?
とんでもない!
可哀そうだと思うのは、自分は幸せで、障害者は不幸だと思っているからでしょ。
そうは思っても、口に出して言えるわけがなく、ただ苦笑いするするしかないのが悔しい。
健常者にいろいろな人がいるように、障害者もいろいろな人がいる。 確かにカルマが深いと思えるような障害者もいるが、とても純粋で、天使が降臨したのではないかと思えるような人もいる。
考えだしたらキリがないが、とにかく、2人の宗教家が言った言葉に、真美は納得できないでいた。
そんなある日のこと、真美が障害児のアキラ君を引率しながら側道を歩いているところに、1台のトラックが突っ込んできた。
・・・ 2人とも即死。
ところが、どういうわけか、真美は意識を取り戻した。
意識は戻ったものの、頭がボーっとして、自分がどこにいるのかわからない。 どれぐらい時間がたったのかもわからない。
私、どうしたのかしら・・・
突然目の前が真っ暗になって・・・
ここはどこかしら・・・
回りを見まわしてみたら、多くの人が黒い服を着て並んでいるのが見えた。
私はいったい、どこにいるんだろう。
ああ ・・・ わからない ・・・
真美は不思議に思ったが、目を凝らしてよく見たら、並んでいる人たちは、どうやらお焼香をしているらしかった。
もしかしたら、お葬式?
でも、誰の?
私も並ばなくちゃいけないのかな。
そう思いながら、祭壇に飾ってある写真を見て驚いた。
自分とアキラ君の2人の写真が、並んで飾られているではないか。
焼香している人を見たら、心の声が聞こえてきた。
「 こんなに早く逝っちゃうなんて、可哀相に ・・・ 」
「 あんなに一生懸命働いてくれる人は他にはなかった。 残念だ ・・・ 」
「 二人とも、向こうへ行ったらゆっくり休んでください ・・・ 」
「 今までありがとう ・・・ 」
「 真美さんがいなくなると寂しいよ ・・・ 」
「 アキラ君、お疲れ様 ・・・ 」
「 真美さんの分まで頑張ります ・・・ 」
そんな声が聞こえてきた。
すると、NPOの仲間が受付にいるのが見えたので、そちらに駆け寄った。
ねぇ、 これってどういうこと?
ま、まさか ・・・ わ た し  、 死 ん だ の ?
佐藤さん、前田さん、教えて!
いくら叫んでも、2人には聞こえないようで、ただ黙って座っているだけ。
その時、自分のすぐ左側にアキラ君が立っているのに気がついた。 どうやら真美の存在には気がついていないらしい。 アキラ君は一人ぽっちになった寂しさと不安でいっぱいになっているのがわかる。 何度も話しかけてみたが、真美の声はアキラ君には聞こえないらしく、何も応えてはくれない。
そこへ放射状の光の集まりが現れた。
その光の中心には美しい女性がいて、その人がアキラ君の手を取ったと思うと、2人はキラキラした光に包まれ、それからスーッと消えて行った。
それはそれは、とても美しい光景だった。
その時のアキラ君の顔は障害者ではなく、自信に満ち溢れた青年の顔になっていた。
すると、入れ替わるように別の光が現れた。
光の中心にいる人に見覚えはなかったが、懐かしさでいっぱいになった。
言葉を交わさなくても、その人が自分の守護霊だというのがわかった。
「 今までお疲れ様でした。 さあ、次の場所に行きましょう。」
守護霊がそう言ったかと思うと、すでに景色が変わっていた。
その景色は自分が以前住んでいた家にそっくりだ。
「 私、帰ってきたんだわ 」  そう思った。
守護霊は、
「 肉体がない状態に慣れるまで、ゆっくり休んでいてください。
 慣れた頃にまた来ます。」
そう言ったかと思うと、その姿は消えた。
もしかしたら、ここは幽界と言われている場所なのかしら。
慣れるといっても、さてどうしたものか ・・・
そう思っていると、真美が子供の頃に他界した祖母が現れた。
祖母は長い間床についていて、回りに迷惑をかけながら生きていることを嘆きながら他界した。 ところが、今自分の目の前にいる祖母はとても若く、溌剌としている。
祖母に続いて、自分より先に他界した親戚や友人が代わる代わる現れては幽界を案内してくれた。
地上の時間にしてどれくらい経ったのだろう。
長かったのか短かったのか見当もつかない。
ふと気がつくと、守護霊がそばに立っていた。
「 ずいぶん慣れたようですから、次の段階にいきましょう。」
守護霊がそう言い終わらないうちに、地上時代の自分の様子が、映画のように目の前の空間に映し出された。
同時に、地上に生まれようと決心した時の様子も思い出された。
そうだ、私は人のために身を粉にして働くことで、自分のカルマを解消し、成長する人生を選んだのだった。
子供を産むかどうかなんて、大したことじゃなかったんだわ。
そう、子供を持つことがプログラムされていなかったのよ。
地上にいる時は自分の決心など忘れていたから、ボランティアを辞めようと思ったこともあるけど、とりあえずは決心したことは全うできたのね。
でも、私の地上人生はあれでよかったのかしら ・・・
守護霊が言った。 
「 あなたはとても良い働きをしましたよ。」
地上にいた時は、人との関わりを深く考えたことはなかったけれど、ここでは人と自分がどのように繋がっていて、どんな縁があったのかなど、全てがはっきりわかる。
人との関わりは、自分のカルマを解消するためだったし、互いに成長させ合うためでもあったし、愛の素晴らしさを知るためだった。
そして、多くの苦しみは、自分が成長するために霊界から設定された深くて大きな神の愛であることもわかった。
窮地に立たされた時は必ず愛の手が差し伸べられ、何度も助けてもらっていた。 また、自分でも気がつかないうちに人に迷惑をかけたり、傷つけていたことも、全てが明らかにされた。
こうしたことがはっきりわかって、真美は戸惑った。
「 私、自分でも知らない間にこんなに悪いことをしていたのね。
 でも、それ以上に、こんなにも愛されて、守られていた。。。。」
この感動は地上にいた時とは比べ物にならないほどのもので、自分から強い光が発しているのが分かるほど強烈な感動だった。
その時、かつて夫だった人の声が聞こえてきた。
「 僕たちは夫婦なのに、君は僕のことより障害児の方が大切だったんだ。
 ボランティアなんかやめて、僕のために家にいてほしかった。」
子宝には恵まれなかったけれど、ボランティアに生きがいを見出したことを、夫も喜んでくれているとばかり思っていた。
しかし、いつしか夫は苛立つようになり、真美は夫のそういう気持ちに気がつく前に事故死したのだった。 
あなた、ごめんなさい・・・
あなたのこと、私はちっとも考えていなかったのね。
ずっと理解してくれているものとばかり思っていた。
でも、そうじゃなかった・・・
すると、今の夫の心の内が見えてきた。
真美、僕はボランティアに嫉妬していたのかもしれない。
君がボランティアに一生懸命になればなるほど、僕は寂しかったんだ。
でも、君が死んで、多くの人が君に世話になったと言って感謝してくれるたびに、君が人間としても妻としても最高の人だったことにやっと気がついたよ。
僕のためだけに生きてくれなくてありがとう。
本当は、僕は君を家庭に縛り付けておきたかった。
僕だけの妻であって欲しかった。
でも、もしそうしていたら、僕はどれだけ後悔したことだろう。
縛り付けないでよかったよ。
真美は、地上で生きていた時は自分の仕事ぶりに自信がもてなかったし、力のない自分にジレンマを感じ、葛藤して苦しんだこともあった。
しかし、神は苦労を一つとして見落とさず、全てを報いてくださった。
その時、地上に残った障害児たちがふと気になった。
と同時に、誰かが自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
耳を澄ますと、それは麻奈ちゃんの声のようだった。
え?  確か麻奈ちゃんは口がきけないはず。
私のことを認識していているかどうかさえ分からないほど重度の障害だったけど ・・・
そう思うやいなや、真美は作業所にいた。
ところが、今までと見え方が違っていた。
麻奈ちゃんは障害なんかじゃない。
魂 も 霊 も正常よ。
脳や身体がうまく機能しないだけで、心は健常者よりずっときれいだわ。
それに、皆のことを誰よりも愛している。
学君も障害なんかじゃない。
今までのカルマを一気に解消して、次に生まれる時には多くの人の役に立つ体験を得るために、自分でわざわざ苦しい人生を選んだのね。
すばらしいわ!
孝司君の場合はカルマが大きすぎて、こうした障害の身体で一生を過ごすことでしか解消できないのね。
でも、思い切って自分で不便な身体を選んだから、すばらしいことだわ!
頑張って!
櫂君は、以前は何やら悪いことをして大富豪になった策略家だったのね。
人を見下したまま一生を終えてしまったから、鼻っ柱をへし折られるために問答無用で不便な身体を選ばされたんだわ。
自分で撒いた種を、刈り取らされているってことなのね。
あら? 同僚の佐藤さんには、かなり辛い出来事が用意されている。
霊的真理はすでに知っているし、魂はすでに目覚めているから、あとは磨かれるだけね。
おやおや、前田さんは多くの辛い出来事に遭遇しているのに、ちっとも目覚めないのね。
そうかあ、取り越し苦労が多いし、責任転嫁ばかりしてるからなんだ。
その時ふと、2人の宗教家が言った言葉を思い出した。
あの2人の言ったことは間違っているわ。
障害は前世で悪いことをした罰でもないし、先祖が悪いことをした報いでもない。
信心が障害を治すとか、お布施を出せば治るとか、これは宗教団体が暴利を貪るための方便でしかないわ。
不安を抱えている人たちの心を手玉に取るなんて、何て卑怯なのかしら。
そうよ、障害がある人の大半は勇気がある魂なのよ。
誰だって不便な身体になりたくないのに、この人たちは来世で大きな働きをするために、あえて苦しい環境に生まれることを選んだんだから、すごい人たちなんだわ。
今まで疑問に思っていたことが解けて喜んでいると、守護霊が言った。
これがあなたの地上人生でした。
あなたは予定通りの成長をされました。
しばらく休んだら、本来のあなたの仕事場に行きましょう。
真美はすかさず申し出た。
「 いえ、休む暇なんて要りません。
 どうか、地上で頑張っている人が早く成長するための
 お手伝いをさせてください。」
それを聞いて、守護霊は大きくうなづき、にっこり微笑んだ。
 ― end ―
初編 2009 / 08 / 16
再編 2014 / 04 / 16
   


  

 




































































inserted by FC2 system