スピリチュアリズム 

散歩道 (雑感) 2020


2020-1-23
「愛犬の葬儀」

昨日、近所のお婆ちゃん犬が他界したので、今日は飼い主さんと一緒に火葬場に持って行きました。
丸16年の豆シバ。
老衰と乳腺癌の両方が原因でした。

行く前、飼い主さんは全身を洗ってやり、ドライヤーで乾かしてあげていました。
それから段ボールに入れて、たくさんの花で周りを飾って、火葬場に持って行ってお別れです。
みんな泣いていました。

1昨年、溺愛してきたウチの犬も亡くなりました。
その時は洗ってあげなかったし、花で埋め尽くしてあげなかったし、何より涙さえ出ませんでした。
大切に大切に飼っていた犬で、17年でした。
涙が出ない私は冷たい心の持ち主なんでしょうか。

霊界のことを知っていると、これが最後の別れだとは思えないんですよね。
人間の霊と違って、動物の霊は他界すると個別性がなくなるそうです。
でも、後に飼い主が他界した時に幽界で再会できるということを知っているので、触ることも見ることもできなくなった寂しさはあるけど、別れに対する悲しみはないのです。
何より、介護しきったという達成感があったのかもしれません。

抜け殻になってもなお生きていた時以上に慈しんであげるのは、見ていて美しいものです。
でもそれは霊的真理を知らないからだと思うのです。

もう抜け殻になっていて痛みも何も感じなくなっているのに、濡れたままだと寒いだろう、ドライヤーが熱いと可哀そう、お腹がすいていると思うから大好きだったパンを置いてあげよう、そんなことを言い合いながらきれいにしてあげていました。
私の中からとっくに消え去った感覚です。

火葬場では、重さに応じた料金を支払って引き渡すだけの手順。
人間とは違って非常にあっけないものでした。

亡くなった豆シバちゃん、にっこり微笑んでいるようなお顔でした。


2020-1-16
「地上的な考え方と霊的な考え方」

前回、ウイグル人の女性の動画を紹介してから、ずっと考えていました。

地上的視野で考えると、カルマの問題として考えるのはどうしても冷たい考え方のような気がしていました。
でも、バーチを読んでみると、やはりカルマとして考えるしかないのだというところに収まりました。

目先の判断ではどうしても可哀そうとか 残酷という、感情が先走った判断に陥りやすいのですが、霊的視野で見てみると、残念ながらそれはお粗末な見解でした。

「古代霊は語る」の中の「再生」の章の中で、マイヤースの言葉が紹介されています。
79ページです。

仮に不幸にして不具の肉体をもって地上に生まれたとすれば、それは前世において何らかの重大な過ちを犯し、それを償うには、そうした身体に宿るのが一番効果的であるという判断があったと解釈すべきである。

たとえば白痴に生まれついた者は、それなりの知能で地上生活を実感し、それなりの地上的教訓を吸収することを余儀なくさせられる。
地上で暴君とか残忍な宗教裁判官だった者は、白痴とか精神薄弱児として再生することがよくある。

いつの時代にも、今日食べるものにも事欠くような境遇の人たちが多くいます。
人間扱いされない人たちも大勢います。

なぜそういう人生を余儀なくさせられているかというと、自分のカルマを清算するにはこの人生、この境遇に生まれるのが一番効果的であるという判断をして、自らの意志で選んで生まれてきたということなのですね。

今の地上生活だけを考えると可哀そうなのですが、もしそれれを白紙に戻してしまったら、かつて犯した罪が償えないことになってしまいます。

今の私としては、そういう人たちがカルマを清算して、何かを学び、次に進んでくれることを祈るしかありません。


2020-1-14
「あるウイグル人女性の身に起きたこと」

今日、何気なくYouTubeを見ていたら、ウイグル人に関するとってもショッキングな動画を見てしまいました。

https://www.youtube.com/watch?v=XYsIHsuBVZ0

戦後の日本に生まれて、裕福ではないけれど質素に生きてきた私にとっては本当にショックな情報です。

そんなことも知らなかったの? と言われそうですが、自分も大半の日本人同様 平和ボケしていました。

中国では、死刑囚や法輪功学習者だけでは足りなくなったのか、ウイグル人などを捕えて臓器狩りをしているのも判明しています。

世界中を見渡すと、他にも常軌を逸したことが数多く起きています。

今、地上的な視野に陥っているせいか、スピリチュアリズム的にどう考えたらいいのか分からなくて混乱しています。
某スピリチュアリズムのサークルに言えば、「それはカルマの問題」 と一蹴されそうですが、そんなに簡単に割り切ってもいいのでしょうか。

こういう時にこそシルバーバーチを読んで心を静め、霊的視野を取り戻さなければいけないようです。


2019-12-31
「謹賀新年」

明けましておめでとうございます。

昨年までは家族の問題があって更新もままならないことが多かったのですが、時間を取られる出来事が少なくなったので、今年は頑張って更新していこうと思っています。

目立たないサイトですが、コツコツと書いていきますので、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 


このページの一番上へ

 









inserted by FC2 system