スピリチュアリズム 

ちょっとスピリチュアルな
短編小説

第27話
「風子の変貌・・・A 事のあらまし」

この夏休みが過ぎてから、風子は人が変わってしまった。
結局のところ、学生の本分とでもいうべき夏休みの宿題は一つとしてできなかった。
いや、気にはなっていても、『 やらなければ 』 という気さえ起きなかったのだろう。

当然のことだが、風子の身の上に何が起きたのかは、教師たちは想像すらできなかった。
だから、宿題をしなかったのは怠け癖だと決めつけ、理由も聞かずに全員の前で強く叱責した。

この時のことは私もよく覚えている。
いくつかある宿題のうち、一つだけできなかったとか、半分ぐらいはやってある、と言うのならわかるけれど、どれもこれも全くやってなかったのにはいささか驚いたからだ。

それに、宿題を出した教師という教師全員が代わる代わる怒っていたから、ちょっと可哀想かなとも思ったけれど、丸々やってこないというのはズルい、と当時は思った。

で、当の本人はと言うと、叱責されているのにプイと横を向いて、謝るどころか、教師と目を合わそうとさえしない。
その雰囲気はとても重く、周りに不協和音を醸し出した。

宿題に関する一連の様子について、担任が理由を聞いたらしいが、何一つ言わなかったようだ。
各教科の教師は、一週間以内に夏休みの宿題をしてくるように強制したが、風子はそれもしなかった。

それどころか、服装が乱れ始め、見るからに不良になっていった。
授業中はガムを噛むし、教師の話を聞かずに寝ていることも多くなった。
当たり前のことだが、成績はガタ落ち。

『 類は友を呼ぶ 』 とでも言うのだろう。
うわさを聞きつけた同じ中学の3年の不良グル―プに目を付けられた。
そして、誘われるまま、万引きやシンナーを毎度のようにやっていたという。
教師たちは、最初の頃は風子を正座をさせて説教したり、呼び出してビンタもしていたらしいが、しだいにお手上げ状態となった。
今でこそ、学校では教師の暴力はご法度だが、当時は生徒を指導するための暴力は公然と繰り返されていた。

その頃、祖父は風子の気持ちがわかるだけに、あえて何も言わなかったらしい。
祖父からすると、風子が不憫でならなかったのだろう。

みるみる不良化していったことで、それまで友達だった人は関わりを恐れ、風子はクラスで孤立していった。

その中で、変わらず友達でいたのが美緒だった。
忘れ物があれば貸してくれるし、暗い顔をしていれば明るく話しかけてくれたから、有難いけれど、ちょっとウザったい存在だったという。
しかし、祖父以外でたった1人理解を示そうとしてくれた友でもあった。

そんな中、一部の教師たちの指導がエスカレートしていった。
しかし、暴力で指導すればするほど風子は反発し、校内暴力にまで発展した。

教師に殴られれば殴り返す、蹴飛ばされれば蹴飛ばし返す。
更には、校長室で説教された時は、写真や飾り物を壊したり、職員室ではバットで窓ガラスを割ったこともあったという。
一方的に叱れば反発して何をしでかすかわからない。
叱らなければ、とりあえず暴力は振るわないから、教師たちは 『 触らぬ神に障りなし 』 を決め込んだようだ。
それで、誰も何も言わなくなり、やがて教師からも無視される存在になって行った。

その中で、たった1人だが、定年間近の社会の教師がいつも風子に話しかけてきたという。

「 お前なあ、いつまでも甘えてんじゃねえぞ。
もちっと、勉強しておけ。
でないと、後で損をしたって思うぞ。
勉強しなくても生きて行けるけど、選択肢が狭くなるからなあ。
知識は邪魔になるもんじゃない。
それどころか、必ずお前を助けてくれるものなんだぞ。」

そう言って、笑って頭に手を置いて言ってくれたという。

「 うっせえな、じじい!」

とその手を払いのけはしたものの、内心は嬉しかったという。

その後も、何かにつけて笑顔で話しかけて頭を撫でてくれるのが嬉しくて、なぜかこの先生の授業だけはしっかり聞いていたし、楽しかった、と風子は笑いながら言った。

風子にとって、唯一心を許せた社会の教師は、この年で退職した。

         

いろいろあった2学期が終わり、1年生の3学期の話になった。
あの時のことは誰の脳裏にも焼き付いている。
特に、風子にとっては忘れようにも忘れられることではないし、思い出すと体が震えるという。

私はというと、もちろんしっかり覚えているけれど、自分自身が直接かかわったことではないから、冷たいようだけれど、はるか昔の出来事のように感じている。

あの日は、小春日和の穏やかな日だった。
滅多に教室にはいない風子なのに、この日の昼休みの時間は、2階にある教室の窓から運動場を眺めていた。
その時、何かが上から降ってきて目の前を通り、下に落ちるのを見たという。

何が落ちたのかと思って下を見ると、女子生徒が倒れていた。

「 誰!? あ、あれは・・・ ま、まさか!」

風子は教室を飛び出し、階段を転げるように駆け下りた。
そして、落ちた女子生徒の近くに行って見ると、やはり美緒だった。
校舎のあちこちからキャー! という叫び声が飛び交ったが、風子の耳には何一つ聞こえなかったという。

風子は美緒の体を揺さぶりながら何度も名前を叫んだが、体はピクリとも動かない。
教師に制止されても、美緒の名前を呼び続けた。

しばらくしてパトカーと救急車が到着し、美緒は運ばれて行った。
風子は一緒に行くと泣き叫んだが、目の前で扉が閉められてしまった。
あとで、ほとんど即死状態だったと聞かされ、愕然としたという。

警察も学校も、美緒の転落死は不慮の事故だとしたが、学校内では自殺だという噂が広がった。
警察と校長がお母さんに、自殺の前兆があったかどうかを聞くと、

「 家では明るくて良い子だったから、心当たりはないんです。
でも、虐めはあったようです。」

と言って泣くばかりだったという。

数日後の葬式には、美緒を知っている教師や生徒たちが、おおぜい出席してくれた。
この時、風子も出席し、生徒の中でただ1人だけ、家族や親戚の人たちと一緒に火葬場まで行った。

骨だけになった美緒を連れて斎場に戻った時、美緒のお母さんが風子に一冊のノートをそっと渡した。

「 警察に渡さなければけないんだけど、まだ渡せてないノートなの。
最初のページに、風子には絶対に知られたくない、って書いてあるから、見せない方がいいかも知れないけど、美緒の思いを知ってほしいから、見せることに決めたわ。
怒らずに読んでね。」

風子は頷いて、その場でノートを開いた。
中には殴り書きのように2ページに渡って書かれていて、そこには風子にとって驚くことばかりが記されていた。

「 くそう!
あいつらは、こんなにも腐ってやがったんだ。
知らなかった・・・
私がバカだった。」

美緒は、風子が付き合っていた3年の不良仲間から苛められていたばかりでなく、恐喝までされていた。


アイツらに、明らかに盗品だとわかるものを高く売りつけられた。
買わなければ、風子に買わせると言われたから、しぶしぶ買うことにした。


今日、階段を下りている時、後ろから誰かに背中を押されて転げ落ちた。
上を見ると、アイツらが笑って見ていた。


裏庭に呼び出されて、煙草を買って来いと言われた。
それも、2時間目の後に。
行けるわけないから断ったら、殴られた。


自分たちは目をつけられているから、代わりにシンナーを買って来い、と強要された。
シンナーは風子もやるから、風子を守りたかったら買って来い、 と言われて、しぶしぶ買いに行った。


ゲーム代を出せと言われた。
お金を出さないと風子を痛めつけてやる、風子に言いつけたらお前はどうなるかわからない、と言われた。

そんなことがいろいろ書いてあった。
他には、トイレに閉じ込められたこと、万引きの見張りをやれと言われたことなども書いてあった。
しかし、


風子は自分の大切な友達だから、あんたたちこそ風子を解放してあげて。


あんた達がいなければ、風子は悪いことなんか覚えなかった。
風子を私に返して。

と詰め寄ったことも書いてあった。

ノートを読むと頭に血が上り、体中が煮えたぎり、読み終わると同時にノートを美緒の母親に返して、学校に走って帰った。

不良仲間は当時卒業を控えた3年生。
どこの中学でも、先輩には絶対服従、という習慣がある。
しかし、風子はその3年生たちを屋上に呼び出し、ノートに書かれていたのが本当かどうかを問い正した。

「 くっくっく、美緒って言ったっけ、アイツ、死んじゃったね。
可哀想に、お前の肩ばかり持つから気に食わなかったんだよなー。
アイツさあ、お前の名前を出したらパシリでも何でもしたんだぜ。
金ヅルだったから大切にしてやってたのに、もう言うこと聞かない、風子を解放しろ、なんて言い出しやがってさ。
うちらが何を強要したんだよ、って言ってみんなで詰め寄ったら、後ずさりして、ちょっと肩に手をかけたら落っこっちまったのさ。
そうさ、ここからだよ。
ウチらが突き落としたんじゃないからね。
アイツが自分で勝手に落ちたんだよ。
命を粗末にするなんて、バカなヤツだ。」

そう言ってケラケラ笑った。
その様子を見たら、やっとのことで抑えていた怒りが一気に爆発してしまった。
思わずその3年生に飛びかかったものの、背中に急に熱いものを感じて、立っていられなくなってしゃがみこんでしまった。
そして、そのまま意識を失った。

気が付いた時は、病院のベッドにうつぶせで寝かせられていた。
祖父の話によると、仲間の1人が後ろからナイフで刺したという。
いくら自暴自棄になっていたとはいえ、あんな奴らとツルんでいたなんて・・・ 
ただただ自分が情けなかった。

祖父や両親や教師に反発してめちゃくちゃな生活をしていたのに、美緒だけは変わらずにいてくれた。

美緒を死なせてしまったのは、自分だ。
こんな自分、生きる価値なんてないんじゃないか、自分が死ねばよかったんだ・・・

そんなことばかりが頭の中をぐるぐる回り、胸が痛くて涙が次から次へと溢れ、枕がぐっしょり濡れた。

祖父が言うには、刺された傷は神経までは行ってなかったので、2週間で退院できるということ、致命傷ではなかったので、自分を刺した子は保護観察処分で済んだ、ということなどを話してくれた。

入院していた時、美緒の両親がお見舞いに来てくれた。

「 風子ちゃん、ごめんね。
どうしてノートを見せてはいけないか、美緒は風子ちゃんの性格をよく知っていて、風子ちゃんがノートを読めば、きっと復讐するとわかってたのね。
私があのノートを見せなければこんなことにはならなかった。
本当にごめん、ごめんね。
美緒に何て謝ったらいいか・・・」

そう言って泣きながら謝ってくれたという。

「 ううん、おばさん、私のせいなんだ。
私があんな奴らとツルんでいたばっかりに・・・」

風子はそれだけ言うのが精いっぱいだった。

大切な人が、自分のせいで目の前からいなくなってしまった。
昨日まで笑って話していたのに、その笑顔はどこを探しても、もう見つけることはできない。

「 失なって初めて大切さに気が付くなんて、私ってバカだよ!
本当に最低だよ!!」

私は疑問に思ったことを聞いてみた。

「 美緒はどうしてそこまでして風子を守ろうとしたの?
普通だったら、離れて行くよね。」

「 美緒とは幼稚園の時から仲が良くて、姉妹みたいにいつも一緒だった。
あれは小学校4年生の時だったかなあ。
公園の池のところで遊んでいたら、ボールが飛んできて美緒に当たっちゃってさ、美緒は池に落ちちゃったんだ。
あいつ、泳げなくってさあ。
池って言ったって膝ぐらいしかなかったんだけどね、美緒はそこで溺れそうになっちゃって。
それを助けただけなんだけど、美緒はすごく恩義に感じてくれて、それからもっと仲良くなった。
あの頃、任侠映画が流行っていたから、その影響もあったんじゃないかなあ。
今度は私が風子を助けるからね、っていつも言ってくれていた。
美緒はそれを守ってくれていたのかも。
私が不良仲間に入ってからも、何かとかばってくれて・・・
だけど・・・ まさか、あいつらに脅されていたなんて・・・知らなかった。」

「 どうして美緒より3年生を大切にしたの?
美緒とはずっと仲が良かったのに。」

「 相手は3年生だったから、言うことを聞かなくちゃいけなかったし、美緒だって他の子と同じように、私から離れて行くに違いないって思ってた。
というより、私の方が離れていればあんなことにはならなかったんだけど。」

「 美緒には、風子の両親のこととか夏休みのこととか話さなかったの?」

「 話せなかった。
話せるわけないだろ。
話せば一緒に泣いてくれただろうけど、私にとっても美緒は大切な友達だったから、重くさせたくなかった。」

          

一連の騒動があってから、風子は大人しくなったように見えた。
しかし、一度貼られたレッテルはそんなにすぐには剥がれるものじゃない。
風子自身も大きく傷つき、後悔してもしきれないほどの傷を負ってしまった。

学校にいること自体が苦しくて、2年生になる春休み、風子は転校して行った。
そして、私の記憶の中から風子は消えた。

(つづく・・・) 

2012/05/01初編
2015/08/13改編

 

 

 










inserted by FC2 system