スピリチュアリズム 

ちょっとスピリチュアルな
短編小説

第26話
「あれは誰だったんだろう」

あたしの名前は美香、5歳、保育園に行ってる。
あたしは、自分の名前が嫌い。
どうしてかって?
ママがあたしの名前を呼ぶ時は、いつも怒っている時だから。
だから、ママが 「 美香!」って呼ぶと、体がカチンカチンに固まっちゃう。

美香! 何回言ったらわかるの!
美香! 早くしなさい!
美香! どうしてそんなに遅いの!
美香! ワケを言ってごらん!
美香! もお、またこぼした!
美香! まだ靴下はいてないじゃない!
美香! ごめんなさいは!
 美香!
  美香!!
   美香!!!

ママは時々あたしを叩く。
するとあたしはカメみたいに首をすくめて、反射的に手で頭を抱える。
でも、ママは頭を抱えたあたしの手を取って、思いっきり頭をたたく。

痛いから泣いちゃうと、

「 ウルサイ! もう、泣けば許してもらえると思ってんだから、この子は!」

そう言ってまた叱られる。
そうだ、ちゃんと答えないからいけないんだ。
今度叱られたら、頑張ってちゃんと答えてみよう。
そうしたら、ママはにっこり笑って許してくれるかもしれない。

「 もう! 美香は何回言ったらわかるの!」

「 た、たぶん、じゅ、10回・・・」

「 なんだって!
あんた、いつからそんなにひねくれたことを言うようになったのよ!」

「・・・」

「 誰の入知恵なの! ったくもお!」

「 屁理屈ばかり言うようになっちゃって、やんなっちゃう。
ヘンなとこばっかりパパに似たんだから。」

・・・ よけいに叱られた。

そうか、ちゃんと答えちゃいけなかったんだ。

どうすればいいのかなあ・・・

あたしはよくコップを倒して、テーブルとかカーペットを汚してしまう。
すると、決まって大きな声で叱られる。
でも、ママがこぼすと、

「 美香! こんなところに置いておくからこぼしちゃったじゃない!」

って、ママがこぼしてもあたしが叱られる。

どうしてかなあ・・・

パパは、朝は何も話さない。
新聞を見ながらパンを食べて、それからコーヒーを飲みながらスマホを見てる。
だから、ママが話しかけると、面倒くさそうに返事をする。

パパが出かけるとき、ママは「いってらっしゃい」って言うんだけど、パパは疲れた顔をして、「ああ」とだけ言って玄関を出ていく。

返事がある日はまだいいけど、返事がない日はママはすごく不機嫌になるから、あたしはママに見つからないようにじっとしていることにしている。

昨日の夜、パパとママが喧嘩をした。
パパがママを叱っていた。

「 どうして掃除が行き届いてないんだ。
ベッドの下に落ちた本を拾ったら、ホコリがついてきたじゃないか。
それに、ワイシャツの襟首の汚れが取れていなかったし、シワが伸びてなかったぞ。」

「ご、ごめんなさい。」

「 前にも同じこと言ったことあったよな。
もう、何度も言わせるなよ。」

「 ご、ごめんなさい・・・」

歯を磨きながらそれを思い出していたら、突然ママが叫んだ。

「 美香!」

びくっ! として、体が固まった。

「 保育園に行く時間でしょ!
もう用意はしてあるの!
さっさと靴下はいて、さっさと朝ごはん食べなさい!
もう、本当にグズでノロマなんだから、いやんなっちゃう。」

ママに叱られると、最近は喉のあたりがだんだん苦しくなってきて、ご飯が食べられなくなることがある。
すると、

「美香! せっかく作ったのに、どうして食べないの!
ママにいやがらせしているの!」

前に風邪を引いてご飯が食べられなかった時は、

「 どうしたの?
お腹が痛いの?
お熱があるのかなあ。」

そう言って、あたしのおでこに手を当ててから、ママのおでことあたしのおでこをぺったんこしてくれた。
でも、最近のママは優しくない。
また、喉がつっかえてきた。

すると、誰かが耳元でささやいた。

『 ママはね、寂しんだよ。』

ママは寂しいの?
人って、寂しくなると怒るのかなあ。

ある日、パパがママにネックレスを買ってきた。
結婚記念日らしい。
ママは、

「 忘れずにいてくれたのね。」

そう言って、少し涙ぐんで、すごく嬉しそうだった。

その次の日のママはとっても機嫌がよくて、余分におやつをくれたり、お茶をこぼしても怒らなかった。

それに、こういう日は喉もつっかえないし、ご飯がおいしくて、たくさん食べられる。
それより、ママが何度もあたしの顔を見てにっこりしてくれる。
そのたびあたしは嬉しくて、小さく手を振った。

今のママは寂しくないんだ。
よかったあ。

それから、いつもパパとママがいる時は、2人を観察することにした。
すると、いろいろとわかってきた。

そうだ、パパとママの仲がいい時は、ママはあたしを叱らないけど、パパとママがケンカした時は、あたしがママに叱られる。

2人の仲が悪いと、ママは寂しくなっちゃうんだ。
だったら、いつもパパがママに優しくすれば、ママは寂しくなくなるし、あたしだって叱られない。

ある日の夜、パパに聞いてみた。

「 ねえパパ、美香のこと好き?」

「 ああ、大好きだよ。」

「 だったら、ママに優しくしてくれないかなあ。」

「 え? それはどういう意味?
いつも優しくしているつもりなんだけどなあ。」

「 あのね、パパがママにやさしいと、ママは美香にやさしくしてくれるの。
でもね、パパがママにやさしくない日は、美香がママに怒られるの。
美香は一生懸命怒られないようにしているんだけど・・・。
ママが美香!って呼ぶと、体が硬くなって動かなくなっちゃう。
それに喉がつっかえて痛くなるんだよ。
だから、美香の喉がつっかえないように、パパはいつもママに優しくしてほしいの。」

その時、パパはハッとしたような顔をして、そのあと困ったような顔をして言った。

「 わかった。
そうするよ。
大切な美香が病気になったら困るからな。」

そう言って、頭を撫でてくれた。

後でパパがママに話しているのが聞こえてきた。

「 今、会社が大変なんだ。
そのストレスをママにぶつけていたのかもしれない。
つまり、俺はママに甘えていたんだ。
ごめんな。
俺はママが大好きだよ。
だから、これからもよろしく。」

というようなことをママに言っていた。

その次の日から嬉しいことに、ママはあまり怒らなくなった。

といっても、たまには怒られるけど、ずいぶん少なくなった。
その日から、あたしは自分の名前が少しずつ好きになっていった。

それから私は中学生になり、高校生になり、今は大学生になった。

ママは相変わらず、周りの人に振り回されながら生きている。
その影響をもろに受けるのは私だけど、最近はそんなママが1人の人間としてかわいく思えるようになってきた。

『 ママはね、寂しいんだよ。』

ダイレクトに耳元で声が聞こえたのは、あの時1回だけ。
その後も、聞こえたような気がしたことはあるけれど、最初に聞こえた時ほどの鮮明な記憶はない。

しかし、あれは誰だったんだろう。

あの時からパパが変わって、ママが変わって、私の生活も変わった。
大人になった今でも不思議に思う。

―end―

2013/05/05初編
2015/06/07改編

 

 

 










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