スピリチュアリズム 

ちょっとスピリチュアルな
短編小説

第24話
「 密かな楽しみ 」

つい先ほど、放火未遂で一人の少年が逮捕された。
友人の家に火をつけようとしたところを通りかかった人に見つかり、警察に通報されたのだ。
未成年である上に初犯、更に未遂に終わったということもあり、この交番の警官の温情で、両親が迎えに来たら帰されることになった。

その少年の名前はマサルと言い、現在中学3年生。
捕まった恐さなのか、それとも初めての犯罪を後悔しているのか、青い顔をして派出所の奥の部屋の隅に座っている。
見たところ、不良の雰囲気は微塵もない。
それどころか、とても真面目で、犯罪など犯すような子供には到底見えない。

「 こんな子が・・・ なぜ、どうして・・・ 」

警察官は腰をかがめ、ゆっくりと優しく話しかけた。

「 君はまだ中学生だろ。
今お父さんとお母さんが迎えに来るけど、その前にいろいろ聞いておきたいことがあるんだ。
答えてくれるね。
どうして火をつけようとしたんだ?」

マサルは少しだけ顔をあげ、小さな声で言った。

「 仕返しが・・・したかったんだ・・・ 」

しかし、それだけ言うとまた下を向いてしまい、それ以上は話したがらなかった。

しばらくすると、両親が迎えに来た。
母親は血の気が失せ、父親に肩を抱きかかえられてやっと歩いてきたという感じだ。
警察官は両親に聞いてみた。

「 見たところ真面目そうに見えるのですが、家ではどんなお子さんなんですか?」

「 マサルは小さい頃からとても良い子で、勉強もできるし、家の手伝いもよくする子です。
反抗することもなく、本当に素直で良い子なんです。
私たちの誕生日には、毎年必ず小遣いの中からプレゼントを買ってくれる優しい子なんです。
担任の先生も、本当に良い子だと言ってくれてます。
そんなマサルがなぜ・・・
これは何かの間違いです。
私たちはショックで気がおかしくなりそうです。」

母親はそう言うと、ハンカチで涙を拭いながら、両手で顔を覆ってしまった。

未成年が犯罪を犯す場合、その大半は予兆がある。
教師や親への反抗、友達とのトラブルなどの予兆があり、警察沙汰にまで行った時には、誰もが 「 やっぱり 」 という言い方をする。
ところが、マサルの場合は、回りから見て何一つとして予兆がなかった。

とりあえず、両親が迎えに来たからにはマサルを返さなければいけない。
警察官はマサルを奥の部屋から連れて来た。

わが子の顔を見た時、母親は泣き出し、父親は拳をぎゅっと握りしめた。
当のマサルは唇をかんで下を向いたままで、両親の顔を見ようともしない。
警察官はマサルの気持ちを察し、両親を待たせたままもう一度奥の部屋に連れて行った。

2人は向かい合って座り、そこで、改めて経緯を聞くことにした。
両親が迎えに来たことで少しは不安な思いが取れたのか、このままではいけないと思ったのか、ポツリポツリと話し出した。

「 僕は・・・ 小さい頃から頭が良いと言われて、そんなに勉強をしなくても良い成績が取れてました。
運動も得意だったし、お母さんの手伝いをするのも好きでした。
だから、両親にとっては自慢の息子だったと思います。
僕もそう見られるのが嬉しかったし。
今まで、両親から褒められたことはあっても、叱られたことはないです。」

そんなところから話が始まった。
そして、今まで誰も知らなかった一面を自分で話し始めた。

良い子にしているといつも母親が褒めてくれるので、もっと褒めてほしくてお手伝いをしたリ、勉強をしたりしたという。
ところが、小学校に入った頃、両親が大喧嘩をして、母親がその鬱憤をマサルにぶつけてしまったことがある。
何が原因だったのか幼いマサルには知る由もなかったが、母親が泣いているので、マサルは心配して声をかけた時のことだった。

「 お母さん、どうしたの? だいじょうぶ?」

ところが母親は、

「 うるさいわね、あっちに行ってて!」

と言って、また泣き出した。

それまでの母親は、マサルが間違ったことをすると、なぜ間違っているのかを優しく教えてくれたし、決して怒鳴ったり怒ったりはしなかった。
ところがこの日は、自分は何も悪いことをしていないのに怒鳴られたのだ。
それに 「 あっちに行ってて!」 と突き放された。

初めての母親の態度に、その日の夜は、心が重くて苦しくて眠れなかった。
何度も寝返りを打ったが、寝られなくて、余計に母親の言葉が心を圧迫した。
喉が渇いたのでフラフラと台所に行くと、テーブルの上に母親の財布が置いてあるのに気が付いた。
きっと、しまい忘れたのだろう。

いつもなら、そのままにしておくのだが、その時はなぜか、その財布を少し高いところにあるレンジの上に置いたという。

翌朝のことだった。
台所に行くと、母親が財布を探していたが、なかなか見つからなくて困っていた。

その様子をしばらく見ていたら、なぜか昨夜の重苦しさが吹き飛んだ。
そこで、

「 レンジの上にあるのって、財布じゃないの?」

と言うと、母親は、財布が見つかったと言って大喜びをした。

「 私はレンジの上に財布を置く習慣なんてないんだけどなあ・・・
ま、いっか。」

母親は怪訝な顔をして首をかしげていたが、マサルの心から重苦しさが取れ、逆に小躍りしたい気分になった。

また、ある日の4時間目の授業中のことだった。
隣に座っているタケシがマサルに言った。

「 おい、ここが真ん中だから、こっちに来るなよ。
この線から出たら承知しないぞ。」

その子は誰に対しても粗暴なふるまいをする子で、嫌われ者だった。
それを知っていたので気を付けていたが、突然その子が肘でマサルを強く突いてきた。
マサルは何がなんだかわからない。
その授業が終わり、先生が教室を出て行くと隣の子が荒々しく叫んだ。

「 おい、ここから出るなって言っただろ!」

「 え?」

「 ほら、お前の鉛筆が俺のところに侵入してきてんだよ。
これだよ、これ!」

見ると、ほんの1センチほど自分の鉛筆がはみ出している。
マサルは 「 ゴメン 」 とだけ言って、鉛筆を筆箱に入れた。

ゴメンとは言ったものの、気が収まらないのはマサルの方だ。
隣の子が消しゴムを忘れた時は貸してあげてるし、教科書を忘れた時は見せてあげている。
それなのに、鉛筆が少しはみ出したぐらいで、どうして突かれなければいけないのか。

給食を食べている間中悶々としていたが、誰よりも早く食べ終えて下駄箱に直行し、タケシの靴を他のクラスの下駄箱に入れた。

マサルはそのまま教室に戻り、何食わぬ顔をして窓際にもたれかかってタケシを見ていると、給食を食べ終わったタケシが、運動場で遊ぶために教室を出て行った。

マサルはワクワクしながら、少し離れてついて行った。
すると、下駄箱のところでタケシが騒いでいた。

「 僕の靴がない! 僕の靴がない! 」

そう言って、半べそをかきながら探していたが、その時はとうとう見つからなかった。
その様子を見て、マサルは気持ちがスーッとした。
してやった!
もちろん、靴は後で戻しておいた。

こんなこともあった。
算数のテストで、担任が○の付け間違いをした時のことだ。
マサルが書いた答えは合っているのに、×が付いていたのだ。
担任に言いに行くと、

「 お前は16と書いたつもりだろうが、これはどう見ても10にしか見えない。
だから×だ。
間違えられるような書き方をしたお前が悪い。
これからは気を付けて書け。」

マサルはその場では 「 はい 」 と言ったが、納得がいかない

「 僕は合ってたんだ。
ちゃんと書いたんだ。
誰が見たって16と見えるのに。
先生が見間違えたのに、僕が悪くなるなんて変だ。」

気持ちの整理がつかないのでサッカーをしていたが、そこで思いついた。
サッカーボールで遊んでいるふりをして駐車場に行き、担任の車をめがけて思いっきりボールを蹴け飛ばしてみた。
ボールは助手席側のミラーに当たり、少しゆがんだ。
すると、積もっていたムシャクシャが少し消えた。

都合の良いことに、周りを見渡すと誰もいない。
下に落ちていた石を拾って、助手席側のドアに押し付け、小さな傷をつけてやった。
ざまあみろ!
胸がスカッとした。

この時の車の変化に、担任が気が付いたかどうかはわからない。

そんなマサルも中学生になり、相変わらず人のいるところでは良い子だが、理不尽なことをされると人知れず仕返しをするようになっていた。
悪いのは相手だからということで、罪悪感など微塵も感じることがなかった。

小さな仕返しをしている間はまだ良かった。
ところが、だんだんとエスカレートし、気に食わないという理由だけで悪戯をするようになった。

自分より良い成績を取った、自分より運動ができる、変な目つきで自分を見た、自分の方を見て笑った、嫌味な言い方をした、など、理由をあげたらきりがない。
とにかく、自分が嫌だと思うやつを困らせるのが楽しいと思えるようになっていたのだ。

その方法も多種多様で、コンパスの針で教科書やノートや筆箱を刺したり、消しゴムに鉛筆を刺したままにしておいたり、鉛筆の芯を折ったりと、小さいけれど陰湿な悪戯ばかりを繰り返した。
もちろん、誰にもわからないように。
そして、その悪戯にどんな反応をするかを見るのが楽しくて仕方がなかった。
中には反応がない子もいて、その子にはもう一度悪戯して反応を見たりした。

そんなマサルにも好きな女の子ができた。
しかし、自分から告白する勇気はない。
遠くから見ているしかなかったが、心の高鳴りは日を追うごとに大きくなって行った。

ある日、クラスでムードメーカーの五郎が彼女と楽しそうに話しているのが目に入った。
すると、マサルの心の中で嫉妬心が湧き上がった。

「 どうして、あいつが彼女とあんなに仲良く話しているんだ!」

その日から、勉強が手につかなくなった。
授業中でも彼女のことばかり気になる。
休み時間も彼女の姿を無意識のうちに探してしまう。
そんな時、彼女がまた五郎と嬉しそうに話しているのを見てしまった。

「 くそう、どうして、どうしてアイツなんだ!」
湧き上がる嫉妬心がコントロールできなくなり、その思いをぶつけるように五郎の家に行き、そっと自転車の空気を抜いてやった。
いい気味だと思っていたが、翌日、彼女にその話をしているのが聞こえて来た。

「 昨日出かけようと思ったら、自転車のタイヤがペチャンコでさあ(笑)」

そう言って困った様子もなく笑っていた。
困るどころか、ヤツは話題にして楽しんでいる。
それも、自分が好きな彼女とだ。
それを見たらどうしようもなく腹が立った。

ムシャクシャが収まらなくて、その夜、マサルはライターを持って五郎の家に行き、どこに火をつけようかと探っているところを通報されたのだった。

警察官は黙って最後まで聞いてから、尋ねた。

「 こういうことをしても良いと思っていたのかい?」

マサルは小さく首を横に振った。

「 やって一時はスカッとしたかもしれないけど、後味はどうだった?
心は晴れ晴れとしたかい?」

マサルはさらに下を向いて、首を小さく横に振った。

「 そうだよな、自分でもわかってたんだよな。
じゃあ、ご両親は、君が今まで色々な人に仕返しをしてきたことを知っているのか?」

やはり、首を横に振った。

「 そうか、でも、よく話してくれた。
君に説教をするつもりはないけど、1つだけ聞いてくれるか。
お巡りさんが君ぐらいの時は、日曜日になるとゲームセンターに行って遊んでいたんだ。
勉強はしたくないし、部活もつらくて嫌だったからね。
今になって思えば、何かやりたいんだけど何をしたらいいかわからなかったんだなあ。
ゲームばかりやっていたんじゃいけないことぐらいわかっていたけど、他にやりたいことが見つからないからゲームをするしかなかったんだ。
そんな時、補導員につかまっちまって、その人が言ったんだよ。
《 小人閑居して不善を成す 》 って。
意味わかんねえだろ。
お巡りさんもわかんなかったから教えてもらった。
そうしたら、その人はこう言ったんだ。
『 中身のない小さな人間は、暇ができると悪いことを考える 』 ってな。
それまで自分はマシな人間だと思っていたけど、実際は、小さくて中身のない人間だって思い知らされたよ。
だって、暇ができるとゲームをしていたんだから。
それからかなあ、何かあるたびにその言葉が思い出されて仕方がないんだ。
少しは中身のある人間になりたい、少しでも社会の役に立つ人間になりたい、少しでも正義の真似事がしたいと思って警察官になった。
でも、制服を脱ぐとやっぱり中身は小さいままなんだよ。
休みの日にすることは、レンタルのDVDを観たり、友達と飲みに行ったりだから。
せめて、変なDVDだけは観ないようにしているけど、時々ムズムズするんだ。
やっぱり、俺って小さい人間なんだよな。」

警察官が話し終わると、マサルが嗚咽の混じった声で話し始めた。

「 誰かを困らせては喜ぶのはいけないことだってわかっていたんだ。
でも、どうやって自分の気持ちの整理をつけたらいいかわかんなくて、気が付くと変なことばかり考えてた。
ごめんなさい、僕、もうしません。」

「 うん、うん、そうか、そうか。
君は頭がいいんだろ。
だったら、人を喜ばせることをした方が良い。
今までは誰にもわからないように仕返しをしてきたけど、これからはその罪滅ぼしに、誰にもわからないように人が喜ぶことをしたらいい。
どんな小さなことでもいいから、人を助けたり、力になってあげるんだ。
カッコいいことなんて言えなくてもいい。
話を聞いてあげるだけでいい。
笑顔で返すだけでもいい。
人間の価値は、その人がどんな行動をする人かで決まるんだ。
『 ちりも積もれば山となる 』 って言うだろ。
悪いことをし続ければ、どんどんと小さな人間になっていくけど、人知れず善いことをし続けることで、君は少しずつ大きな人間になっていくんだ。」

お巡りさんは優しく話してくれたが、その言葉は中学生のマサルの心にいい具合に突き刺さった。
マサルは、それまでの自分が徹底的に叩きのめされた感じがした。

「 罪滅ぼし・・・できるかなあ・・・」

「 大丈夫、君ならできるよ。
ご両親には、今回のことは言わないでおくから。」

お巡りさんはそう言ってから、マサルを両親のところに連れて行った。

「 お父さんとお母さん、お待たせしました。
マサル君は良い子ですから心配はいりません。
今回のことは通報者が見間違えたのでしょう。」

その言葉を聞いて両親は心の重荷が取れたのか、安堵の顔色に変わった。

それ以来、マサルは人が変わり、小さな親切をするようになった。
消しゴムが落ちていたら拾ってあげたり、落書きがしてあれば消したり。
本当に小さなことばかりだけど、やっているうちに楽しくなってきた。
時に、嬉しそうな反応が見られた時は、心が深いところから満たされる思いがした。
これは、仕返しをしてスッキリさせていた時の気分とは全然違う。

ある日、マサルの好きな女の子が声をかけて来た。

「 マサル君、変わったわねえ。
前のマサル君は悪いことばかりしていたけど、最近のマサル君は善いことをしているでしょ。
私、ずっと見てたんだよ。」

「 えっ?」

マサルは度肝を抜かれた。
彼女は知っていたんだ。
心臓が壊れるんじゃないかと思うほどバクバクし始めた。

「 ねえ、これ、良かったら貰ってくれない?」

差し出された両手の中には、きれいに包装されたチョコレートがあった。
そうか、今日はバレンタインデーだ!

「 私もマサル君みたいに、誰にも言わずに善いことをして行くわ。
これって、2人だけのステキな楽しみだよね。」

もうすぐ高校受験。
彼女も自分と同じ高校を受験することが分かった。
それを知ったからには、がぜん勉強にも身が入る。
マサルは思い切って言ってみた。

「 もし同じ高校に入れたら、ぼ、僕と・・・付き合ってくれないだろうか・・・」

消え入りそうな声だったけど、やっと言えた。
彼女は恥ずかしそうににっこり笑って、

「 いいわよ、一緒に合格しようね。」

かつての自分は、どうしようもない人間だったけど、お巡りさんの話を聞いてから、少しずつまともな人間になりつつあるような気がする。

彼女との縁は、天からの叱咤激励のプレゼントなのかもしれない。
この縁が切れないように、強い絆で結ばれるように、もっと自分を大きくしていかなくてはいけない、と気持ちを新たにした。


― end ―

2011 / 11 / 21 初編
2015 / 05 / 05 改編

 

 

 










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