スピリチュアリズム 

ちょっとスピリチュアルな
短編小説

第16話
「 正義感から出た動機 」

世の中の人間の大半は、正義感はあっても、ほとんどが口先だけで、それを実行できる人はそんなに多くはない。
正義感を出したばかりに、事件に巻き込まれることも少なくないからだ。
電車内でタバコを吸っていた人に注意したり、路上でケンカを仲裁しようとして、大けがを負ったりする話が時々報道される。

そういうニュースを見聞きするたびに、余計なおせっかいは大けがの元と思い、他人に迷惑をかけている人を見かけても、見て見ぬフリをする人が増えている。
危険を回避するという意味では、それはそれでいいのかもしれないが。

      

イサオはどちらかというと、人一倍正義感が強い方だ、と自分では思っている。
しかし大半の人と同じで、目の前で明らかに他人に迷惑をかけている人がいるのを見ても、あれはいけないと思うだけで、見て見ぬフリをすることがほとんどだ。

それがどういうことか分かっているだけに、何も言えない自分の弱さ、不甲斐なさを感じ、自分で自分に嫌気がさす。
その反面、これでいいんだ、と無理やり自分で自分に言い聞かせているところがある。

イサオには、小学生の頃からとても仲の良い友達がいる。
伸彦といって、いつも明るくて、クラスのムードメーカー的存在だったが、曲がったことは許せないという、これまた正義感溢れる子供だ。
それだから、気が合っているのかもしれない。

家が近いこともあって、学校の行き帰りはほとんど毎日一緒だ。
 時々お互いの家に泊まったり、宿題を一緒にやったり、ゲームで対戦したりしてワイワイやっている。
イサオは伸彦が大好きだ。

ところが、2人が中学2年生になった頃、伸彦が事故死してしまった。
学校の近くに10階建てのマンションがあって、そのマンションの屋上から転落したというのだ。

警察の話によると、一緒に遊んでいた友人や、マンションの住人たちの証言は一致していた。
伸彦は隣のクラスの友達数人と一緒に遊んでいて、ふざけてフェンスをよじ登り、フェンスの向こう側を歩いていて転落したということだった。

いつも一緒にいる伸彦が、自分の知らない友達と遊んでいて事故死!?

イサオには信じられなかった。
伸彦と仲の良い友達なら自分も良く知っている。
しかし、その時に一緒にいたという友達というのは、伸彦の口から一度も聞いたことがない名前だった。

それでも、転落死したというのは事実。
やり場のない悲しみと同時に、割り切れない思いが胸の中いっぱいに広がった。

葬式の日、校長を始め、先生たち、クラスの人たちが焼香をあげるために参列した。
イサオもその中に混じり、焼香を済ませた。
その時に聞こえてきた伸彦のお母さんの悲痛な泣き声が耳についたこともあり、その夜はなかなか眠れなかった。

翌日学校に行くと、校内は伸彦の話で持ちきりだった。
放課後、家に帰ろうと思って門に向かって歩いていたら、数人が集まって話をしているのに気が付いた。
こいつらも伸彦の噂話をしているんだな、と思って通り過ぎようとしたその時、足が動かなくなった。

「 もしかしたらさあ、伸彦はイジメで死んだんじゃないの?」

「 バカ! 証拠がないんだから、滅多なこと言うんじゃないって母さんが言ってたぜ。」

「 だけどさあ、アイツらは見かけはマジメなんだけど、裏ではかなりのワルだっていう評判だぜ。
やっぱり伸彦は苛められていたんじゃないかなあ。」

イサオは驚いた。

単なる転落死じゃない?
あの伸彦が苛められてた?
伸彦は苛められっぱなしでいるほどヤワじゃない。
もしイジメがあったとしたら、真っ先に自分に相談してくれてるはずだ。

イサオは話をしている子たちに話しかけてみた。
すると、最初は躊躇していたが、やがて目くばせをして教えてくれた。
その目は、少し離れたところにいる3人の同級生を見ていた。

あの3人は、伸彦が転落した時に、一緒にいたというヤツらだ。

イサオは、翌日伸彦の家に行き、両親にそのことを話した。
すると、驚いた両親はその場で警察に電話をし、学校へも行った。

校長が噂の生徒たちを呼び出して聞いてみると、3人からはこんな答えが返ってきた。

「 警察の人にも何度も話したけど、ぼ、僕たち、確かにあの時は伸彦と屋上で遊んでいました。
だけど、イジメだなんてとんでもない。
伸彦がふざけてフェンスを登ったんです。
僕たちは、危ないからやめた方がいいって止めたんですよ。
なのに、自分で向こう側に下りちゃって・・・
少し歩いていたら風が吹いてきて、よろけて足がもつれて・・・」

話している生徒の言葉に嗚咽が混じり始めたので、それ以上聞くのが躊躇(ためら)われた

イサオも伸彦の両親も、3人の状態を見て、それ以上は問いただすことができなかった。
一緒にいた友人が目の前で事故死したことだけでも大きなショックなのに、それをイジメと決め付けて問いただすのは・・・

もしこの子達の言ってることが本当なら、と思うと、事故死として受け入れるしかない。

学校側は、不良ならもっと問い詰めるけれど、まじめな生徒たちだから、苛めではないだろう、と考えた。

警察もいろいろ調べた結果、これは不慮の事故だという結論に至った。
そして、一緒にいた3人の心に傷が残らないようにという配慮もあって、警察も学校もそれ以上は追求しないことにした。

それから1年たち、イサオは中学3年生になった。
伸彦のことは誰も口にしなくなり、みんなから忘れ去られているように見えた。

ある日のこと、昼休みに運動場でサッカーをしている時のことだった。
転がったボールを取りに体育館の方に行くと、そこで見てはいけないことを見てしまった。
体育館の裏で、アイツら3人が同級生の芦野を取り囲んでいたのだ。
何をしているのかを近づいて見てみると、真ん中で芦野がタバコを吸っていた。

芦野って、あんなヤツだったっけ・・・
だけど、タバコを吸ってムセてたなあ。
もしかしたら・・・

それを目撃してからイサオは気になり、芦野とヤツらを遠くから観察し始めた。

観察を始めて数日たった時のことだった。
芦野とヤツらが一緒に理科室に入って行くところを見た。
イサオは急いで向かい側の校舎に行き、離れたところから理科室を見ることにした。
すると、ヤツらが立っていて、ケースの中から芦野に何かを取り出させているのが分かった。

その後、芦野がうずくまったのを見て、ヤツらは理科室を出て行った。

何だかわからないけど、いやな感じがしたので、イサオは急いで理科室に行った。
 すると芦野はまだ理科室にいて、右手で左手を押さえ 「痛い! 痛い!」と言って、半泣きになってうずくまっていた。

その時、イサオは異臭に気が付いた。
周りを見渡したらな、希硫酸と書かれたビンが床に転がっていた。

とりあえず、水道で芦野の手を洗い、医務室に連れて行き、手当てを受けさせた。
養護の先生は、

「イタズラなんかするからよ。
あれが濃硫酸だったら、大火傷になるところよ。」

そう言いながら難しい顔をした。

当然のことながら、養護の先生は校長と担任に報告した。

イサオは見たままのことを話したが、なぜか芦野は 「 自分がふざけてしただけなんだ・・・ 」そう言うだけだった。
とりあえず話だけでも聞きたいということで、ヤツら3人は校長室に呼び出されが、なぜかすぐに帰された。

イサオはまたしても割り切れない思いでいっぱいになった。
そして、思い切ってヤツらを呼び出して聞いてみることに。

「 おまえら、芦野に何をさせたんだ。」

「 あいつが勝手にやっただけさ。
僕らは止めたんだぜ。
なのにアイツは、硫酸が手にかかったらどうなるのか実験してみたいって言いだして、 僕らが止めるのを無視して自分で自分の手にかけたんだ。
だけど、何てことなかったよなあ。」

「 その時は何ともなくても、水分が蒸発すれば濃硫酸と同じになるんだぞ。」

「 へえー、そうなんだ。
そこまで見届ければよかったなあ。」

そう言って、ヤツらはヘラヘラ笑った。

その態度に腹立たしさを感じながらも、芦野とあの3人が言ったことが一致している限り、イサオは何も言えなかった。

その夜、イサオはもう一度真偽を確かめたくて、芦野の家に行ってみた。
芦野はイサオを見て驚いたが、しばらくして自分の部屋へ入れてくれた。
イサオは大好きだった伸彦が死んだことを話した。
その時もヤツらが関わっていたことを。
伸彦はふざけて危ない遊びなんかするヤツじゃなかったってことを話すと、芦野は一度大きく呼吸をしてから、重い口を開き始めた。

「 アイツら、誰かの弱みを握ると、自分たちは手を出さずに相手に危ないことをやらせるんだ。
実は・・・ボク・・・日曜日に運動場で一人でサッカーの練習をしていて、学校のガラスを割ったことがあったんだ。
すぐその場で先生か誰かに言えばよかったんだけど、恐くなって逃げちゃったんだ。
アイツら、それを見ていたもんだから・・・
その次の日、体育館の裏に呼び出されて、タバコをふかして見せてくれって言われたんだ。
ボクはタバコなんか吸ったことなかったから “イヤだ” って言ったんだけど、吸わないと窓ガラスのことを先生に言うからな、と言われて。
それと、体育館の裏で吸ったら、表から見てバレるかどうか知りたいだけだから、1回テストするだけだって。
1回だけならと思って吸ったけど、すごく恐かった。
見つからなくて良かったけど。
硫酸のこともそうで、濃硫酸は手にかかると火傷するけど、希硫酸はどうなのかな、って言いだして。
それで、理科室に連れて行かれて・・・ボクってバカだよな。
逆らえなかったんだ。
他にも何人も被害者がいるんだ。
みんな、アイツらのことを恐がってる。
そ、それに・・・」

芦野が伸彦のことを話し始めた。

「 伸彦のことだけど、実は・・・身代わりだったんだ。
オ、オレ、あのマンションに住んでいて、見ちまったんだ・・・」

「 身代わりって? 誰の?」

「 伸彦が死んでしばらくしてから転校していった笹井を知ってるだろう。」

「 あの気の弱そうな笹井のこと?」

「 ああ、その笹井だ。
笹井は好きな女の子のハンカチを机の中から盗ったんだ。
それをアイツらに見られてしまって。
それから、恐喝のようなイジメが始まって、笹井は怖くて学校に行けなくなってしまったんだ。
伸彦が心配して笹井の家に行ったらしくて、その時、苛められていたことを知ったんだと思う。
それでヤツらに、もう笹井をイジメないように頼みに行ったんだけど、ヤツらは、何か面白いことをしてくれたらもう笹井を苛めないって言ったんだ。
その面白いことって言うのが、屋上のフェンスの外を歩くことだったんだよ。
最初はフェンスを握って歩いていたんだけど、ヤツラの一人が手を離して歩け、って言ったんだ。
伸彦はイヤだって言ったんだけど、それをしないと笹井へのイジメをやめないって言ったもんだから、伸彦はフェンスから手を離して・・・
そうしたら、急に強い風が吹いてきて・・・」

イサオはそれを聞いて、胸の中が煮えくり返った。

くそう!
アイツらあ、見てろよ!
あんなヤツら、放っておいたらこれからも被害者が出るに違いない。
先生や大人に言っても無駄だ。
ヤツらの方が一枚上手だから、大人は尻尾さえつかめないに決まってる。

イサオは、ヤツらを公園に呼び出した。
手にバットを持って。

「 やっぱり伸彦を事故死させたのはお前らだったんだな。
笹井の盗みを見て、それをネタにイジメを繰り返していたんだってな。
伸彦はそれをやめさせようとしたのに。
お前らの悪ふざけが原因で、一人の人間が死んだんだぞ。
お前ら、人間としての良心呵責というものはないのか。」

ヤツらのうち一人が答えた。

「 オマエ、何をバカなこと言ってるんだ。
僕たちがまるで恐喝か何かしたみたいなこと言うんだね。
イジメなんか絶対にしてない。
金をせびったなら恐喝だけど、僕たちはお金のことなんかこれっぽっちも言ってないんだよ。
伸彦が一人で騒いで、勝手にフェンスの外へ出て、歩き回ったんだ。
僕たちは悪くないんだ。
あの時は僕らに容疑がかかってしまって、迷惑したのはこっちだよ。
僕たちの方が慰謝料を貰いたいぐらいだ。」

イサオはそれを聞いて、こいつらには何を話をしても埒(らち)が明かないと思った。
しかし、放っておくことはできない。
俺がやるしかないじゃないか。 伸彦は僕の大切な友達だったんだ!

「 よおし、今からお前らを成敗してやる!!」

そう言ってイサオはまず、バットですぐ近くにあった松の木を思いっきり叩いた。
松の木がガシッ!という音を立て、バットが当たったところの皮が剥がれた。
それを見て、3人はビビッた。
この3人はワルではあるが、体を張った喧嘩はしたことがなかったからだ。

次にイサオは、バットを3人のうち1人に向け、

「 痛い目に遭いたくなかったら、警察に行って本当のことを話すんだ!
証人だっているんだ!
お前らの化けの皮をはがしてやる!!!」

3人は後ずさりしながら、

「 ちょ、ちょっと待てよ。
僕たち、本当に何にもしてないんだ。
誰がお前に伸彦のことを言ったか知らないが、あの時屋上には、僕たちの他には誰もいなかったんだから、証人なんかいるはずない。」

「 まだそんなこと言ってるのか!
お前たちがいたら、また被害者が出るに違いない。
伸彦がお前たちにイジメめをやめさせようとした思いを、今はオレが晴らすんだ ! 」

そう言うと、イサオはバットで思いっきり1人の左腕を殴った。
バシッ! という鈍い音と共に、殴られた1人が、右手で左手を押さえてうずくまった。
他の2人はそれを見ると恐くなり、殴られた友達を置いて一目散に逃げてしまった。

その時、パトカーがサイレンを鳴らしてやってきた。
続いて、救急車も到着した。
ことの一部始終を見ていた人が通報したのだろう。

イサオは警察に連れて行かれた。 連絡を受けて、校長も担任も、両親も慌ててやってきた。

両親は 「 とんでもないことをしてくれたな。」 と言って、青ざめた顔でイスに座った。

2時間ほどして、病院から警察に連絡が入り、殴られた相手は命に別状はないし、骨には少しヒビは入ったものの、大したことはないということだった。
それを聞いて、両親も校長も担任も、ホッとしたようだった。

警察官から、なぜバットなんかで殴ったのかと聞かれて、イサオは今までのことを全て話した。
誰もが 「 まさか・・・ 」 という顔をしたが、証人もいるということもあって、後日詳細を確かめるということで帰された。

翌日、3人は警察に呼び出され、いろいろと聞かれたことで、本当のことを言わざるを得なくなった。
それから、警察がいろいろと調べ、イサオの言うことが本当だったことの裏も取れた。
3人は、今後は絶対にイジメはしないことを警察で約束させられた。 そして、学校でも同じように約束させられた。

伸彦の両親はあらためてイサオの家を訪れた。

「 真実がわかって、胸のつかえが取れました。
伸彦は良い友達を持っていたんですね。」

両親は目にいっぱい涙をため、ハンカチで涙を拭いながら交互に思い出話をしてくれた。
そして、最後に、

「 伸彦はもういないけど、たまには前のようにウチに来て、私たちの知らない伸彦のことを話してください。
イサオ君は伸彦の分まで学校生活を楽しんでね。
そして、いつまでも伸彦のことを忘れないでね。」

そう言って、2人は寄り添い、背中を丸めて帰って行った。
イサオとイサオの両親は、伸彦の両親の心中を思いやりながら、その姿が見えなくなるまで見送った。

それからしばらくして、担任がイサオに話しておきたいことがある、ということで、家までやってきた。

「 お前は正しいことをしたつもりかもしれないが、本当にそうだろうか。
動機は悪くない。
だから、お前を責める人は一人もいないさ。
何より、お前の正義感から出たことだからな。
だけど、動機が正しければ、方法は何でも構わないってわけじゃないんだ。
アイツは骨にヒビが入っただけですんだが、もし死んだらどうする。
どんな事情があるにせよ、お前は殺人者になっていたんだぞ。
いくら動機が正しくても、方法が間違っていたら元も子もないじゃないか。
もう少し方法を吟味すべきだったな。
実はな、あいつらは、まだ自分たちは悪くないと思ってる。
ちょっと悪戯しただけだと思っているんだ。
自分たちがしたことがどんなに悪いことだったのか、まだ自覚していないというのは残念なことだ。
でもな、今は自覚していなくても、生きているうちに必ず気がつく時が来る。
その時初めて、良心呵責の思いでいっぱいになって、自分たちがしたことの罪の重さに打ちのめされるんだ。
それでは遅いと思うかもしれないが、人間ってそんなもんなんだ。
だけど中には、自分が悪いことをしたと気がついても、責任転嫁して、やっぱり自分は悪くないと言い張るヤツもいる。
残念だけど、それも事実だ。
反省して後悔できる人は成長の余地があるが、自分は悪いことをしていないとか、いつまでも責任転嫁しているヤツは、救いようがないな。
しかし、お前の正義感と行動は大したもんだなあ。
方法は間違ってたけど、その正義感はなくすなよ。
え? じゃあどうすればよかったのかって?
根気よく大人を説得すれば良かったんだよ。」

担任はそう言って、笑顔でイサオの背中を軽く叩いた。
イサオはそれを、『 次に進め! 』 とハッパをかけられているように思った。
あのバット事件以来、悶々としていて学校へも行きたくなくなっていたが、この担任の訪問は、イサオに大人になる自覚と、未来への大きな力を与えてくれた。

― end ―

2010 / 06 / 23 初編
2014 / 08 / 17 改編

 

 

 










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