スピリチュアリズム 

ちょっとスピリチュアルな
短編小説

第15話
「 疲れた心をリセットする仕事 」

人がこの地上で生きる価値とは、どんなものでしょう。
他の誰よりも優れた能力を持っていて、世の中で活躍することでしょうか。
それとも、経済力や技術力があり、多くの人の役に立つことでしょうか。

もちろん、こうしたことができるに越したことはありません。
能力のある人は、自分の能力を最大限に発揮して、多くの人の幸せに関与できたら、こんなに素晴らしいことはないと思います。
でも、残念ながら、こうした能力を持っている人はほんの一握りしかいません。
欲しいからと言って手に入れられるものではありませんしね。

ところが、もし他人より能力が劣っていたとしたらどうでしょう。
技術がないばかりに良い仕事に就けなかったり、五体不満足で障害を持っていたとしたら、そういう人たちはどこに生きる価値を見出したらいいのでしょう。

      

美里の家の隣に、健ちゃんという子が住んでいる。
2人とも小学校4年生で、共に1人っ子。
同い年だから、本当だったら同じ学校に通っているはず。
でも、そうじゃない。
健ちゃんは養護学校に通っているのだ。

健ちゃんは、生まれた時から身体に障害を持っている。
それも重度の障害で、やっと去年ぐらいから自分で立てるようになったばかり。
立てるだけで歩くことはできないから、誰かの介助がなければ、座ったまま体をずらしながら移動するしかない。

食事も1人ではできないし、トイレも1人ではできない。
声は出るが言葉が話せないから、うまくコミュニケーションが取れない。
でも、健ちゃんのオバちゃんは健ちゃんの気持ちがよく分かるらしい。

健ちゃんはテレビが大好きだ。
特に音楽番組とコマーシャルが好きで、リズムのある曲が流れてくると手を叩いて喜ぶ。
オバちゃんはそれをよく知っているから、できるだけ歌を歌ったり、話しかけてあげている。
美里から見ると、健ちゃんはいつもニコニコして、とってもかわいい子だ。

障害だとわかったのは、生まれて半年を過ぎた頃だったという。
半年たっても首が据わらないので検査をしたら、脳に障害があることがわかった。
3歳を過ぎれば手術ができると言われたので、両親は待った。
ところが、3歳になって再検査をしてみたら、手術をしても治らない病気だということがわかった。

両親はあちこちの大病院をいくつも回ったが、どの病院でも今の医学では無理だと言われて諦めざるを得なかった。
そして、それから7年が過ぎて今に至っている。

障害・・・とてもイヤな言葉だ。
障りがある・・・害がある・・・
他に適切な言葉はないのだろうか。

美里は自分の母親から、健ちゃんのご両親のことを聞いていた。
障害が治らないとわかった時は親子3人で死のうと考えたけれど、やっとのことで思いとどまったと言う。

無駄だと分かりながらも、民間療法で良いというものがあれば藁をもすがる思いで、あれこれやってみたが、どれも功を奏しなかった。
いろいろな宗教の人がやってきて、先祖が悪いことをしたからそういう子が生まれたと言われて、一晩中泣いて明かしたこともあったらしい。

霊能者を頼ってみたらどうかと言われて行ってみたら、子孫の義務として先祖供養しなければいけない、しかし供養するには数百万かかると脅し文句のように言われて逃げ帰ったこともあったとか。

こうしたことは数えればキリがないということだった。
健ちゃんのオジちゃんとオバちゃんは、本当に辛い毎日を過ごしたんだなあと思う。
だから、美里は健ちゃんの障害が治ることをいつも祈っていた。

神様、どうか私の願いを叶えてください。
健ちゃんの病気を治して下さい・・・

ある日、健ちゃんと遊んでいたら、オバちゃんが、

「 ちょっと買い物に行って来るから、しばらく健ちゃんと留守番していてくれる?
生姜を買い忘れたから、それを買ったらすぐに帰るから、お願いね。」

そう言って、出かけていった。

スーパーはすぐ近くにある。
オバちゃんが帰って来るまで、美里は健ちゃんとお手玉をして遊ぶことにした。

健ちゃんはお手玉ができないけど、美里が健ちゃんの手にお手玉を握らせてから、それをスッと取ると、健ちゃんは大喜びする。
自分の手からお手玉がなくなる感触が面白いのかもしれない。
お手玉を高い所から落とすと音がするので、それも健ちゃんが大好きな1つだ。
美里は健ちゃんが喜ぶことをいくつかしてあげていた。

しばらくして、ピンポーンと誰かが来た。
窓からカーテン越しに玄関を見ると、優しそうなお兄さんが立っていた。
出ようかどうしようか迷ったが、優しそうな人なので出てみたら、その人はセールスマンだった。

「 お母さんは?
 1人でお留守番してるの?」

家の人はいないと言うと、その兄さんは、「 じゃあ、待たせてもらうね。」 と言ってズカズカと家の中に上がりこんできた。
美里は驚いて、どうしていいかわからなくて、オロオロするばかりだった。
リビングには健ちゃんがいる。
セールスマンのお兄さんは健ちゃんを見て驚いた様子だったが、ちょっと健ちゃんに話しかけてみた。
すると、健ちゃんはいつものようにニコニコして、手を叩いて喜んだ。

それからお兄さんは部屋の中をジロジロ見て、あれこれ触って物色し始めた。
引き出しの中を見たり、隣の寝室にまで入って、クローゼットを覗いたりした。
すると、健ちゃんは悲しそうな顔をして大粒の涙を流した。
お兄さんはそれを見て、「 どうして泣くんだ。 恐いんか。」 と聞いた。
健ちゃんの涙が止まらないので、お兄さんは困って歌を歌ってあげた。
そうしたら、健ちゃんがにっこり笑ったので、お兄さんはホッとしたようだ。

美里はその様子を見ていて、ハッと我に返り、

「 そろそろオバちゃんが帰ってくる時間だけど・・・ 」 と言ってみた。

それを聞いて、お兄さんが慌てて帰ろうとしたとたん、本当にオバちゃんが帰ってきた。
そして、見知らぬ男が上がりこんでいるのを見て驚いた。

「 あ、あのう・・・どなたですか? 」

すると意外にも、そのセールスマンは素直に言った。

「 すみません・・・
ボクは○○のセールスをしている者ですが・・・今回が初めてなんです。
あちこち見ただけで、何も盗ってません。
健ちゃんの笑顔を見ていたら、自分が恥ずかしくなりました・・・
本当にすみませんでした・・・」

そう言って、セールスマンは涙をポロポロこぼしながら頭を下げた。

オバちゃんはそのセールスマンの少ない言葉から状況を察した。

「 いいのよ。 あなたにも何か事情があるのね。」

オバちゃんはそれ以上追求しなかった。
その後、そのお兄さんは頭を深々と下げて帰って行ったけれど、それからどうしたかは分からない。

健ちゃんのオバちゃんの話によると、今までもこういうことがあったそうだ。

ある日のこと、バスに乗っていたら、あきらかに “ヤクザ” と思われる人が一番後ろの席に座っていたという。
立っている人はたくさんいたけれど、誰もそのヤクザが座っている所に座らずに、立っていた。
その時、健ちゃんがそのヤクザを見つけて、いつものようにニコニコ笑ったら、その人が手招きして横に座るように促したという。

オバちゃんは一瞬ためらったけれど、健ちゃんが喜んでいるので、座ることにした。
そうしたら、ヤクザが健ちゃんに話しかけてくれて、オバちゃんとも話しているうちに、最初険しかった顔がだんだん優しい顔になっていったそうだ。
そして、そのヤクザの人がバスを降りる時、

「 ありがとう、心が洗われたよ。
 こんな生活はもう終わりにするよ。」

そう言って、降りた後もずっとバスに向かって手を振ってくれた時は、胸にジーンときたと言っていた。

ある時は、突然雨が降ってきて困っていたら、車に乗せてくれて家まで送ってくれた人がいたという。
 車を降りる時にお礼を言うと、その人は、

「 実は自殺を考えていて青木ヶ原まで行こうとしていたんです。
でも、自分が弱いだけだったことに気が付きました。
自分が辛いからといって、逃げ出すのはよくないですよね。
自分が逃げ出せば、残された人たちに負担が行きますから。
これからは現実から逃げずに頑張ってみます。 」

そう言って、晴れ晴れとした顔をして帰って行ったということもあったそうだ。

他には、万引きを繰り返していた学生が心を改めたこともあったし、嫁いびりをしていた姑の心が変わったことなど、色々あったらしい。

最後にオバちゃんは言った。

「 どうやらこの子には疲れた人の心をリセットする力があるみたい。
何かあるたびに思うんだけど、この子は誰にもできない神様の仕事をしてるんじゃないかって。
そのために生まれてきたとしか思えなくって。
そう思うと、この子に障害があるのは悪いことじゃなくて、すばらしいことのように思えてきたの。
今オバちゃんは、この子と一緒にいられるだけで幸せよ。 」

そう言って優しく微笑んだ。

美里は思った。
健ちゃんは神様の愛を流す人なんだ。
健ちゃんと話すとみんな笑顔になるし、心が穏やかになったり、ピュアになったりする。

美里はその日から神様に、「 健ちゃんの障害を治してください 」 というお祈りをするのをやめた。
その代わり、「 心の病んでいる人を健ちゃんに出会わせてあげてください 」 と祈るようになった。

それから、半年が経った。

ある日の夜、外で何やら騒がしい様子。
外に出てみると、家のすぐ近くに救急車が止まっていた。
健ちゃんが風邪を引いていたことは知っていたが、そこから肺炎になったらしい。
救急車に運び込まれた時の健ちゃんはぐったりしていて、顔はいつもより青白く見えた。
サイレンを流しながら去って行く救急車を見ていたら、言うに言われぬ不安が広がった。

美里は必死で祈った。
何が何でも治して欲しいと、必死で祈った。

翌日、健ちゃんのオジちゃんがウチに来て言った。

「 健がさっき旅立ちました。」

「 えっ? うそでしょ。
この前まであんなにニコニコ笑っていたんだよ。
みんなの心を温かくしてくれていたんだよ。
神様の仕事をしていたんだよ。
そんなことって有りなの?」

その日の夜、健ちゃんの遺体が病院から戻ってきた。
肺炎で苦しかっただろうに、健ちゃんの顔はにっこり笑っているみたいだった。

お通夜の日、オジちゃんもオバちゃんも憔悴しきっていたけれど、集まってきた大勢の人の接待で気がまぎれているように見えた。

そして、お葬式が終わってから、オバちゃんがポツポツと話してくれた。

「 実はね、健には弟か妹が生まれるはずだったの。
でも、もしその子も障害だったらと思うと産めなかった。
もし普通に健康な子だったら、と思うとなおさら産めなかったの。
だって、健にかかりっきりだと下の子に寂しい思いをさせるかもしれないでしょ。
その反対に、健康な子ばかり可愛くなって、健のことが重荷に思ってしまうかもしれないし。
だから、どっちにしてもつくれなかったの。
そんな大切な健がいなくなってしまった・・・
健はいてくれるだけで良かったのに・・・ 」

そう言って、オバちゃんはハンカチで目頭を押さえた。

それから半年ほどして、健ちゃんのオジちゃんとオバちゃんは隣の町に引越して行った。
引越しする時、「 この家は健の思い出が詰まりすぎていて辛いから 」 と言っていた。

更に4年が経過した頃、オバちゃんから手紙が届いた。

美里ちゃん、元気ですか。
もうすぐ高校受験ね。
勉強頑張ってますか。
近いうちに遊びに行きます。
びっくりするお知らせがあるのよ。

びっくりするお知らせって何だろう。

一週間ぐらいして、オジちゃんとオバちゃんがやってきた。
玄関に立っている2人の横には、幼稚園ぐらいの男の子がベビーカーに座ってニコニコしている。

まさか・・・ 次の子が生まれたのかな。
でも、どうしてベビーカーに・・・

よくよく話を聞いてみると、養子縁組をした子だというのだ。
心機一転を考えて引越ししたけれど、やはり辛くてなかなか立ち直れなくていたらしい。
それで、近くにある養護施設でボランティアでもすれば気がまぎれるかもしれないと思って始めたら、この子に出会ったという。
養護施設にいる子たちは、どの子も辛い生い立ちを背負っているのだけど、障害があるこの子が気になったという。

オバちゃんは、

「 この子の両親は2人とも施設で育ったらしいの。
つまり、両親とも家族がない人同士。
ところが、その両親が交通事故で亡くなってしまって、この子は天涯孤独になってしまったというわけ。
この子、見かけは普通の子と何も変わりがないけど、健と一緒で障害があるの。
障害を持った子の親の気持ちは痛いほど良く分かるから、この子の両親はどんなにか心残りだったかと思って。
それで、この子を養子に貰うことにしたの。
なんだか、健がもう一度私たちの前に来てくれたような気がして仕方がないのよ。 」

オバちゃんはそう言って、その子を抱きしめて幸せそうに笑った。

「 そうそう、この子も健と同じように疲れた人の心をリセットする力があるみたいなのよ。
不思議よねえ。」

それから何日かして、美里は気がついた。
疲れた心を癒してリセットする力というのは、健ちゃんだけじゃなかったんだってことが。

健ちゃんと同じ力を、オバちゃんも持ってるんだ。
だって、オバちゃんと一緒にいると、あんなに悩んでいたことがどうでも良くなっちゃうし、話を聞いてもらうだけで、心の疲れが吹っ飛んじゃうんだもん。
思い返してみると、オバちゃんって、いつも優しかった。
悩んでいる人がいたら、いつまでも話を聞いてあげるし、困っている人がいたら、できる範囲で一生懸命助けてあげてる。
泣いてる人がいたら、何も言わずにじっと寄り添って、泣き止むまで待っていてくれる。
そして、オバちゃんがにっこり微笑むと、その人もくしゃくしゃな顔でにっこり笑うんだもん。
そうかあ、疲れた心をリセットさせる力は、本当は誰でも持てるのかもしれない。

美里は、優しい心を持っている人とか、人の役に立つことを喜んでできる人というのは、みんな健ちゃんやオバちゃんのように、神様の力を授かるのかもしれないと思った。
自分のことより他人のことを心配できるような人間に成長したら、きっと神様の力を授けてもらえるに違いない。
美里は、誰か疲れた心を持っている人がいたら、自分もその人の疲れた心をリセットしてあげられる人になりたいと思った。

今頃、健ちゃんは何してるかなあ。
きっと、生きてた時より、もっとたくさんの神様の仕事をしてるよね。

美里は大きく背伸びをしてにっこり笑い、それから元気よく自転車で学校へ向かった。

― end ―

2010 / 06 / 23 初編
2014 / 08 / 10 改編

 

 

 










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