スピリチュアリズム

第8話 「復讐はしてみたものの 」

ここは小さな町工場。
大手の自動車メーカーの下請けの下請けで、小さな部品を製造している。
啓介は、妻の父親が経営するこの工場で油にまみれながらコツコツと働いている。
2年前に結婚をしたが、子供はまだいない。
妻の両親と一緒の4人の生活は、裕福ではないが和気あいあいとしてとても居心地が良い。
特に妻の父親とは馬が合い、休みになると2人で釣りに行き、その収穫を競い合ったりしている。
春には家族4人でタケノコ掘りにも行ったり、秋には松茸狩りやみかん狩りに出かけたりして、ささやかな幸せを満喫している。
どこにでもいるような平凡な男だ。
この啓介という男は家庭的で真面目なのだが、その一方で、こんなことも考えたりしていた。
世の中、生きていく上でお金は必要不可欠だ。
どうやったら今以上に裕福な暮らしができるようになるのか、どうやったら金儲けができるのか、一攫千金はどうすれば手に入るのか ・・・
そういえば、誰かが 「 駱駝が針の穴を通るより、金持ちが天国に行く方がずっと難しい 」 って言っていたが、本当なんだろうか。 
ある日、高校時代の親友の銀次がやってきた。
彼はまだ独り者。
酒を酌み交わしながら、啓介にある話を持ちかけてきた。
銀次は3年前に起業して、小さい会社ながら社長として頑張っているということだった。 そこで仲間と開発した特殊技術が特許を取ったというのだから驚きだ。
特許を取ったのはいいけれど、折からの不況で銀行は必要な額を融資してはくれない。 そこで、出資金を出して共同経営者になってくれないか、という話を持ち出したのだった。 銀次の話は次のような内容だ。
今のところ、銀行からの借入金は1,000万。
あと500万あれば、特許技術を駆使して製品開発ができるから、それが当たれば5年で元が取れるという計算だという。
自分は技術を提供し、会社を運営していくので、啓介は何もしなくても配当金が転がり込む。 
こんなオイシイ話はないだろう、と言うことだった。
なんだか胡散臭い感じがしたが、特許をとっている製品開発と聞いて心が動いた。
ただ、銀次は昔から姑息なところがある。
大きなことはできないが、人目に付きにくい小さな悪いことをしてはいつも逃れてきたようなヤツだ。
その性格を知っているだけに迷いに迷ったが、まるっきりウソでもないだろうと思い、出資することに決めた。
ただ、500万円というのは簡単に用意できる金額ではない。
あれこれ考えた挙句、自分の父親に頼み込んで300万円を借り入れ、妻の父親にも頼み込んで200万円、合わせて500万円借りることにした。
さて、どれだけの利益配分になるのだろう。
楽しみができた。
それから3年たち、とりあえず銀次の会社は順調に伸びていた。
しかし、折に触れて連絡をしてみると、社員に給料を払い、経費や将来への積み立てを見込んだら、まだまだ利益を分配できるほどの余裕はないという返答がいつも返ってくる。
最初の話と違うとは思いつつも、予定は未定だからな、と理解して、余計なことは一切言わなかった。
そして、啓介は銀次の言葉を信じて、利益が還元される日を楽しみに待った。
更に2年たったある日、銀次が真っ青な顔をしてやってきた。
そして、突然土下座をして言った。
「 啓介 ・・・ もうどうにもならない ・・・ 倒産だ ・・・ すまない ・・・ 」
出資した会社は順調に伸びていると聞いていたから、突然の倒産の話に、頭の中が真っ白になった。
5年で元が取れるどころか、5年で500万円が露と消えてしまったのだ。
父親になんと言えばいいのか。
義父にもなんと言えばいいのか・・・
自分の父親から借りた300万円は、父の退職金だ。
団塊の世代の父親が汗水たらして、遊ぶこともせず、日本の経済発展に貢献するんだと言って頑張って働いてきた結果の退職金である。
妻の父親とて似たようなものだ。
田舎から出てきて、身一つで今の工場を立ち上げた。
しかし、バブルがはじけてからは思うように業績は伸びず、親会社が賃金の安い海外に工場を作ったことで、仕事が回ってこなくなっていた。
妻の父親が用意してくれた200万円は、土地と家屋を担保にして銀行から借りたお金だった。
2人の父親になんて言い訳しようか、そればかりが頭の中を駆け巡った。
啓介は身を切る思いで、まず自分の父親に全てを話した。
父親は動揺したが、最後は啓介に財産を譲るつもりだったから同じだ、と言って許してくれた。
しかし、よほどショックだったのか、それ以来、寝たり起きたりの生活になり、母親一人を残して半年後に他界してしまった。
啓介は自分のふがいなさを嘆き、親孝行をするどころか、最後に迷惑をかけてしまったことに男泣きをした。
半年以上もたつのに、妻の父親にはまだ切り出せないでいた。
その頃、義父は腎臓を悪くして、透析をする状態になっていたが、冬になり、風邪が元で肺炎を併発して、こちらもあっけなく他界してしまった。
小さな工場だったが、権利は全て妻に譲り渡された。
啓介は妻と相談した結果、工場と土地を売り払って銀行に一括返済することにした。
いろいろ気を揉んだが、借金がなくなったことで、とりあえずホッとした。
銀行に返済したら、少しばかりだがお金が余ったので、それを資金にして、かねてから妻がやりたがっていたギフト専門店を開店することにした。
すると、このギフト専門店が思いがけず当たった。
そして、少しずつだが収益を上げられるようになった。
啓介はというと、義父の知り合いの工場で働かせてもらえるようになった。
それから3年ほどたったある日、妻と2人でショッピングに出かけると、なんと、そこで銀次を見かけた。
こんなことを言っては悪いが、決して裕福とはいえない身なりをしているように見えた。
家に帰ってからも銀次の様子があまりにも気にかかったので、彼のことをよく知っている友人に連絡を取ってみた。
久しぶりに喫茶店で会ってみると、コイツもずいぶん様変わりして、貫録が出ていた。
それはそうだ、卒業してからずいぶん経っている。
懐かしい昔話をしているうちに、この友人がある情報を漏らした。
啓介が銀次の会社に出資していたことを知らなかったので、気安く話してしまったのだろう。
とにかく、啓介は心底驚いた。
銀次の会社の倒産は計画的だったと言うのだ。
結局は共同出資者を騙すことになったが、新会社を立ち上げて事業を拡大するにはそれしかないと言っていたらしい。
くそう、最初から騙すつもりだったのか ・・・
頑張った結果として倒産したのだったらまだ諦めがつく。
しかし、事業を拡大するための計画倒産だったとは・・・
姑息で、小さな悪事を働くやつだったが、まさかこんな大きな詐欺をやってのけるとは。
それも言葉巧みに、500万円をこのオレから巻き上げたんだ。
警察に行こうか、それとも本人に直接問いただしてみようか。
あまりの仕打ちにはらわたが煮えくり返り、次第に言葉では言い表せないほどの憎悪がこみ上げてきた。
その友人の話は続いていたが、もう何も耳には入らなくなっていた。
喫茶店を出て、頭を冷やすために一人で海まで車を飛ばした。
うぉーーーーー!
ウォーーーーーーーー!!
くそぅーーーー どうしてだあーーーーー!!
大声を出して砂浜を走った。
どこまでもどこまでも、息が切れてもなお走り続けた。
やがて息が続かなくなり、ゼーゼー言いながらその場に倒れこみ、意識が朦朧とする中で、啓介は銀次に復讐することを誓った。
啓介は家に戻り、準備にかかった。
まず、銀次が行きつけにしている店を探し出し、偶然出会ったようにして話しかけた。
おい、銀次、銀次じゃあないか!
元気そうだな。
お前、再起できたのか?
いろいろあったけど、よかったな。
啓介は、寛容な態度で話した。
それは、ヤツの警戒心を拭って、自分を信用させるためだ。
銀次は啓介の優しい言葉に少し驚いたようすだったが、気を許したのか、倒産後のことを話し始めた。
あの時はすまなかった。
絶対にうまくいくと思っていたのに ・・・
まさか倒産するとは思ってなかった。
あのあと、啓介にはずいぶん苦労させちまったんだろうな。
オレも人生の辛酸を嘗め尽くして、やっと今の会社を再建できたんだが、今また倒産の一歩手前になっているんだ。
お前に会ったら、目いっぱいお詫びをしなくっちゃあいけないと思っていたけど、これじゃあできそうにないなぁ。
オレはよっぽどついていないか、経営能力がないらしい ・・・
そう言って下を向いた。
この前会った彼の友人は、今の銀次の会社はうまく行っていると言っていた。
しかし、銀次は倒産寸前だと言う。
どっちの言うことが本当かは分からないが、どちらにしても、こいつは2人の父の金を全部吸い取ったんだ。
あの時の復讐をしなければ気が治まらない。
それから銀次とは時々会い、共にグラスを傾けたり、学生時代のことやお互いの苦労話をして、以前のように親密度を増すようにしていった。
支払いは割り勘ではなく、いつも啓介が払った。
最初は 「 悪いなあ 」 と言っていた銀次だったが、次第に、啓介が払うのが当たり前になった。
その様子を見てきて、啓介は、銀次が完全に自分を信用している段階に来たと確信した。
 時は熟した。
 啓介は雑談の中に、ある建設会社の入札価格のことを話した。
お前はゼネコンとは関係がないと思うから言うが、これは内緒の話だからな。 某有名自動車会社の本社拡張工事の入札価格についてだが ・・・・・
最初銀次は関心なさそうに聞いていたが、頭にはしっかり残っていた。
そして、啓介から聞いた入札価格を某建設会社に売り込んだ結果、その会社は建設権利を手に入れることができた。
銀次にはお金が舞い込んだ。
すると、身なりは一変し、車も新しいのに買い替えた。
そして、啓介にお礼と以前の倒産のお詫びをかねてと言いながら、20万を差し出した。
実は、入札の話は本当だったのだが、価格自体はまったくの予想だったのだ。
この入札の情報で銀次が痛い目を見れば良いと思って言ったのだが、まさかそれが当たるとは思ってもみなかった。
相当額が手に入っているはずなのに、たったの20万円とは。
相変わらず姑息なやつだ。
そうは思いつつも、啓介は銀次の羽振りの良さを見てニヤリと笑った。 
次に啓介は、電車の中でチラッと聞こえてきたゴルフ会員権の話をしてみた。
そのゴルフ場は今作っている最中だが、財界人や有名人が続々と会員になっているらしい、と適当に話してみた。
会員権のことは本当らしいが、それ以外のことはまったくのデタラメだった。
しかし、それを聞いて銀次はすぐさまその会員権を売りさばく側に回った。
普通は危なくて手を出さないことなのに、銀次はすぐに行動に移していたのだ。
その結果、意外にも銀次は大儲けをし、そのお金で家を建て、高級車を乗り回すようになった。
そして、啓介にお礼と、以前の倒産のお詫びを兼ねてといって、30万を差し出した。
両方合わせて50万円か。
よくも見くびってくれたものだ。
しかし、銀次の羽振りのよさを見て、啓介は計画が想像以上にうまく運んでいることを知り、再びニヤっと笑って言った。
フフ、もう少しだ。
その次に会った時、銀次がIT株に手を出しているのを知った。
ヤツが持っている株は確かに大幅に伸びているモノだったが、
おい、銀次、今のうちにその株は売っておいた方がいいぞ。
もうすぐ警察が介入して、大騒ぎになるという噂だ。
そうなると株は暴落して二束三文になる。
今のうちにさっさと売って、B社を買った方が良いかも知れない。
B社はあれだけ知名度がありながら、まだ上場されていないんだ。
確か、来週あたり上場されるはずだ。
買っておいたら、大儲けできるかもしれないぞ。
それを聞き、銀次は持っていたIT会社の株を全部売り払い、B社が上場されるとすぐに、その株に全額をつぎ込んだ。
すると、適当に話した話が現実になった。
銀次は信じられないほどの大儲けをし、笑いが止まらないほどだった。
啓介はヤツが株で大損をすると思っていただけに、この進展には正直驚いた。
銀次は儲けたお金で大きな別荘とクルーザーを買った。
そして啓介をその別荘に招待し、情報料として30万差し出した。
嘘の情報を元にあれだけ儲けたとは、なんて運の良いやつなんだ。
いささか腹立たしく、妬ましい気持ちもあったが、最後の仕上げにかかった。
この頃、啓介は義父の工場を再建し、社長になっていた。
経営の才覚があったのか、小さな部品作りをやめて、新しいモノづくりを始めたお蔭で仕事は右肩上がりに成長した。
もちろん、それなりに収入も増えた。
ある日、啓介は銀次をパーティーに誘い、コンパニオンをしている梨子を紹介した。
梨子は容姿端麗で学識もあり、男性なら誰もが魅了されるほどの女性だ。
その女性は、なんと啓介の愛人だった。
啓介が梨子を銀次に合わせたのは、彼女を見せびらかすためだったが、ヤツは彼女に一目ぼれしてしまった。
パーティーが終わる頃、銀次は彼女の耳元でささやいた。
「 お金に不自由はさせないから、俺の女にならないか 」
梨子は断ったが、その後、銀次はストーカーのようにしつこく付きまとった。
そして、高額のプレゼントを繰り返すことで、ついには梨子を自分の愛人にしてしまったのだ。
銀次は、啓介から美しい人を奪い取った優越感で一杯になった。
啓介はまだこのことを知らなかった。
数日たって、啓介は梨子が銀次に鞍替えしたことを知り、ニヤッと笑った。
梨子にはほとほと手を焼いていたから、ちょうど良かった。
オレの復讐はここまでだ。
さて、後はうまく事が運んでくれるといいのだが ・・・
その後、銀次と啓介が会うことはなかった。
銀次も啓介から愛人を奪ったのだから、まともに会えるはずがない。
それから2年が過ぎた。
啓介の妻のギフト専門店は順調に行っていたし、啓介の工場も、従業員にかなりのボーナスを払えるようになっていた。
そんなある日、弁護士がやって来た。
実は、銀次さんが・・・他界されまして・・・
死因は、自死です。
まさか、ヤツが自殺をするとは・・・
これは全くの想定外だ。
遺書がいくつかあった中に、啓介宛のものがあったので、弁護士がそれを持参したということだった。
遺書には次のように書いてあった。
啓介へ。
僕は親友の君を2度も裏切ってしまった。
今僕がこんな状況に追い込まれたのは、自業自得というやつなんだろうか。
僕は君を裏切ったのに、君は僕にとても優しかった。
あれほど君に恩を受けながら、僕は君を裏切り、そして全てを無くしてしまった。
天国から地獄とはこのことだ。
君は何の疑いも持たずに僕に情報を提供してくれた。
僕はその情報を基にして大金を手に入れ、梨子を手に入れ、有頂天になっていた。
人は、お金が手に入って有頂天になるととんでもない状態に陥るものだ。
傲慢になり、人を見下し、真実が見えなくなり、自分が一番偉くなったように錯覚するんだ。
そして、欲望が更に欲望をかき立て、人間の顔をした化け物に変身してしまう。
僕がまさしくそうだった。
君には本当に申し訳ないことをしたと思っている。
僕という人間は、もう生きている価値さえない。
でも、君と会えてよかった。
ありがとう。
そして、すまなかった。
弁護士が言うには、銀次は妻に愛人の存在を知られてしまい、多額の慰謝料を払って離婚することになった。
その後、梨子と結婚しようとしたが、彼女は承諾せず、ある時ふと姿を消してしまったと言うのだ。
当時銀次は梨子を愛人としてだけでなく、会社経営のパートナーとして扱っていた。
彼女がいなくなってしばらくして、銀行から不渡りの知らせがあり、ここにきて多額の横領をされていたことが分かった。
その後、会社は倒産、おまけに気が付いた時は借金まであったそうだ。
この借金を清算するには、死んで生命保険で支払うより方法がないと思ったのだろう。
覚悟の自殺だったらしい。
遺書を読み、弁護士からあらましを聞いて、啓介は複雑な思いにかられた。
人が身を持ち崩すのは簡単だ。
必要以上に欲望を満足させてやれば、誰だって人間ではなくなる。
人の欲望は底なしだ。
特に、お金とか名声とか異性への欲望は人の理性を狂わせてしまうぐらい強い。
自分も梨子に横領されかけていた。
だから銀次に紹介してやったのだ。
知っていて銀次に紹介したのだ。
嘘の情報で大儲けをさせ、梨子に横領させて会社を倒産させるだけでよかった。
青天の霹靂を味わわせればそれでよかった。
しかし、今はどうだ。
復讐を果たした今、オレは嬉しいか・・・
銀次に自殺をさせて、オレは楽しいか・・・
この殺伐たる思いは何だ。
遺書の中で銀次は、自分は化け物に変身したと書いていた。
しかし、銀次を化け物にしたのは誰だ。
このオレじゃないか。
すると、このオレは悪魔か・・・・・
それから10年が経った。
友人の古田がビジネスパートナーになってくれたおかげで、啓介の会社は東証に上場できるほどの大会社に成長した。
自分は社長の座に君臨し、高級車を乗り回し、若い頃夢にまで見ていた裕福な暮らしができている。
妻は年老いたにもかかわらず、20歳も下の男を愛人にしている。
自分も若い愛人にマンションを持たせている。
そんな毎日を送りながら、銀次のことを思い出すと不安がよぎる。
それに、最近は体調がすぐれない。
食欲もないし、だんだん痩せてきている。
検査入院をしてベッドに横たわっていると、色々なことが頭に浮かんでは消えた。
今の自分はあの頃の銀次そのものではないだろうか。
妻はすでに自分を裏切っている。
ビジネスパートナーの古田は本当に信用できるのか・・・
いつかの銀次のように会社が倒産させられ、自分も自殺に追い込まれるのではないか・・・
昔聞いたことのある 「 駱駝が針の穴を通るより、金持ちが天国に行く方がずっと難しい 」 っていうのは本当かもしれない。
そして、復讐しても人は決して幸福にはなれない。
それどころか殺伐とした思いが心を占め、そこから逃れられなくなる。
今では罪悪感にさえなっているではないか。
お金のなかったあの頃はみんなが互いに信頼しあい、その絆が嬉しかったし、生活も楽しかった。
小さなことで喜べた。
今はどうだ、不安ばかりではないか。
誰も信用できないし、どんなに大盤振る舞いをしたパーティーを開いても、ちっとも楽しくない。
それどころか、人の心の裏ばかりを読もうとしている。
お金は生活できる分だけあればそれで良いのかもしれない。
啓介はそのことを、死の間際になって悟ったのである。

― end ―

2009 / 11 / 23 初編
2014 / 05 / 17 改編
         





















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