スピリチュアリズム

ちょっとスピリチュアルな

短編小説

第6話 「優先順位 」

誰でも、1度や2度は二者択一の状況にあうと思います。 時には、三者択一だったり、四者択一だったりで、どれに決めたらよいのか迷いあぐねてしまうことは誰にでもあること。 ただそれが、小さな事なら良いけれど、大勢の人への影響やら、自分の人生に大きな影響を与えるほどになると、どの方向を選んだらいいのか、本当に困ってしまいます。 そんな時は、損得を度外視して摂理に当てはめてみると、意外に良い答えが出るものです。
              
純子は高校3年生。
今やっと大人の仲間入りをしようとしている。
学生のほとんどがそうであるように、純子もまた、世の中のことなど何も考えずに、楽しければいいという感じで過ごしてきた。
でも、最近はちょっと違う。
社会人として生きて行くにはどうするのが最善なのか、そんなことを考えるようになっていた。
考え始めたきっかけは、去年の夏休みに老人介護のボランティアに参加したことだった。
そこでは、ある一人の女性が中心になって、甲斐がいしく働いていた。
物腰は柔らかく、誰にでも笑顔で優しい人だ。
純子にもとても優しくて、いろいろと教えてくれた。
その女性は沙月さんといって、30歳ぐらい ・・・ だと思う。
どこの会社にも、困った人が1人や2人はいるものだが、実はここの職員の中にも、ちょっと困った人がいた。 その人は気が短いので、入所者のお年寄りにすぐに怒鳴ったり、時には叩いたり、手を縛って無理やり食べ物を口に入れていた時もあった。
お年寄りは食べるのが遅かったり、下にポロポロ落としたりするので、イライラするのは分かる。 でも、虐待かと思うような言動は、いくらなんでも酷いと思う。
ところが、沙月さんはとても優しくて、彼女が入所者にイライラしたり、怒るところは見たことがないだけでなく、いつも笑顔で根気よく話しかけていた。
純子は沙月さんの様子をずっと見ていて、次第に、自分もこの人のようになりたい、と思うようになっていった。
日曜日のある日、 ボランティアがお休みの日に友達と映画に行くと、そこで沙月さんを見かけた。 いつも会っている人なのに、あこがれの人とホームの外で出会えたことが、特別な出来事のような気がして、この上なく嬉しく感じた。
まだ上映前なので、純子は喜び勇んで近くに行ってみると、彼女は数人の友人とおしゃべりに夢中になっていた。
純子が近くに行っても気がつかないらしく、話が弾んでいるようなので話しかけるのがためらわれた。
その時、聞くつもりはなかったのだが、聞こえてしまった。
ここへ来る前だけど、ホームから電話があったの。
担当の入所者の様子がおかしいので、すぐ来て欲しいって言われたけど、適当に理由をつけて断っちゃった。
今日は当番の人がいるから、私がいなくても何とかなるでしょ。
久しぶりの映画だから、ゆっくり観たいし、おしゃべりもしたいし、美味しいものだって食べたいじゃない。
休みを返上してまで入所者の面倒なんて見たくないもの。
純子はこれを聞いて、少なからずショックを受けた。
沙月さんはいつも入所者のことを気に掛けていたから、たとえ当番の人がいるにしても、そういう電話が入れば心配で気が気でなくなり、何があっても駆けつけるものとばかり思っていたからだ。
それなのに、適当な理由をつけて断ったとは ・・・
頭の中がさっきの沙月さんの言葉で一杯になり、純子は友達を残して1人で映画館を出てしまった。
そして、歩きながら考えていた。
介護と言っても仕事なんだから、休みの日だから断るのは当たり前の権利だよなあ。
でも、何か違うんだなあ・・・
私は沙月さんさんに期待を持ちすぎていたんだろうか。
それとも、自分の中で勝手に本人の人格以上のものを作り上げていたんだろうか。
だけど、人が困っていたら、それも、自分が責任を持ってやっている仕事だったら、こういう時はすぐに行くのが当たり前じゃないんだろうか。
どうするのが一番いいんだろう ・・・・・
それからしばらくして、学校でこんなことがあった。
学校内では、教師は勉強のことなら何でも教えてくれる ・・・ と思っていた。
昼休みに古文のわからないところを聞こうと職員室に行くと、国語の先生は外へ出かけるところだった。
「 すぐに帰ってくるから、待ってろ 」 と言われたので、職員室でそのまま待っていた。
午後の授業が始まる直前に、その先生は他の先生と雑談をしながらにこやかに帰ってきたのだが、口には爪楊枝をくわえている。
授業が迫っているから、もう教えてもらう時間はない。
食事をしてから出かけたはずだから ・・・
そうか、喫茶店かどこかに行っていたんだ。
・・・ 私の質問なんて、どうでもいいんだ。
結局は教師も同じなのか。
仕事なんだから、昼休みは堂々と休みを取る権利があるのはわかるけど。
放課後になってもう1度職員室に行ったら、その教師が言った。
さっきは悪かったな。
急用が入って、抜けられなかったんだ。
それを聞いて純子は思った。
急用があって抜けられなかっただって !?
だったら、爪楊枝をくわえて帰って来たのはどうして !?
昼休みの権利はわかるけど、嘘をつくなんて ・・・
そうは思ったが、口には出さず、ぐっと飲み込んだ。
純子の気持ちの中に大きなわだかまりが生じていたが、それでも古文の質問をした。
分からないところが解けたのと、丁寧に説明してくれたこともあって、大きなわだかまりは小さなわだかまりに変わった。
家に帰ってからテレビを付けると、見るともなしにワイドショーが目に飛び込んできた。
某所で地震災害が発生した折、総理はゴルフをしていた。
地震の連絡が入ったが、総理は最後までコースを回り、それから駆けつけた。
県知事は食事中で、その食事が終わってから悠然と駆けつけた。
このワイドショーの話は、沙月さんさんや国語の先生とダブった。
その夜、母親にそのことを話してみると、母親は言った。
そう思うのだったら、純子が大人になったら同じことをしないことね。
そういう大人は反面教師にしたらいいのよ。
教師だって、政治家だって、結局は人間。
誰だって自分が損することはしたくないもの。
それが人間というものよ。
母親のその言葉を聞いて、なるほど、と思ったが、
何か違う。
うーん、すっきりしないなあ。
自分がどんな答えを求めているのか、自分でもわからない。
そんなことを考えているうちに数日がたった。
久しぶりに家族3人で、レストランで食事をしていた時のことだった。
父親のケイタイが鳴り、何やら話をしていたかと思うと、急に会社へ行かなければいけないと言い出した。
母親は、
いつも仕事仕事なのね。
今日は久しぶりに3人で来たんだから、行くのはせめて食事が終わってからにしてほしいわ。
だいたい、食事なんてそんなに長い時間がかかるわけじゃないし。
他の人に任せられないの?」
母親は憤慨してそう言ったが、父親は、「 俺が行かないと皆が困るんだ 」、と言って、食事の途中で行ってしまった。
純子の父親は電話会社に勤めている。
きっと、いつものように電話線の故障でも出たのだろう。
こうした時、純子が子供の時は、母親と同じように父親に対して文句を言っていた。 それなのに、今日はなぜだか怒る気がしなかった。
夜遅くなって父親が帰ってきたので、純子はすぐに切り出した。
ねえ、お父さん。 お父さんは仕事と家族とどっちが大切なの?」
そりゃあ、家族さ。 決まってるじゃないか 」
じゃあ、なぜ私たちを放っておいて仕事に行ったの?」
月並みな答えだが、お父さんは家族のために働いているんだよ。
もちろん仕事は相手のあることだから、家族のためだけに働いているわけじゃないんだけどね。
関西ではよく 『 働くというのは、端(はた)を楽にすることだ 』 って言うんだ。
もし急病人がいるのに、医者が自分の家族との食事を大切にしていたらどうなる?
病人は死んでしまうかもしれない。
もし、落雷か何かで電気が止まってしまった時、電気会社の人が動かなかったら、銀行だって、お店だって、病院や警察や消防署だって困ることになるんだ。
父さんの会社も電気と直結しているから、真っ先に困る会社の一つなんだよ。
もちろん家族は大切だ。
だけど、世の中には優先順位というものがあるんだ。
その優先順位を守れば、ほとんどがうまく回るんだよ。
ところが、優先順位を守らずに自分がしたいことを先にやっていたら、最初は良いかもしれないけど、最終的に全部が悪い方向に動いてしまうことになる。
実は、今日は、ある会社の電話が一斉に使えなくなったという連絡が入ったんだ。
担当者が調べたら、どうやら元線が何かで切られているということだったんだ。
それで食事の途中だったんだが大急ぎで駆けつけたんだ。
担当者はすでに現場にいたから、父さんが10分や20分ぐらい遅れて着いたからといって、大事にはならなかったかもしれない。
でも、その会社の人にとって10分というのはすごく大切だから、お父さんは駆けつけないわけにはいかなかったんだよ。
もし、家族を優先して食事をしていたら、父さんの信用は落ちるし、それが続けば、会社から、もうお前は要らないと言われるかもしれない。
そうなったら、最終的に困るのは家族だろ?
だから、家族のために仕事をしているんだよ。
家族が一番大切だから、場合によっては家族を後回しにすることもあるんだ。
優先順位っていうのは、その時その時で変わるんだよ。
これはとっても大切なことなんだ。
父親の話は純子を十分納得させてくれた。
振り返ってみると、沙月さんさんも国語の先生も、ワイドショーに出てきた人たちも、この優先順位があることを知らないに違いない。
話を聞いて、いつになく父親が誇らしく思えた。
同時に、純子は学校の先生でさえ知らないことを自分は知ってしまったようで、嬉しくなった。
いろいろ考えてみると、今まで父親に対して寂しく感じてきたこと、そして最近モヤモヤしていた思いが一気に払拭され、その代わりに満足感でいっぱいになった。
そして父親への信頼感が一気に高まった。
そうか、優先順位を守っていると、寂しさもいつかは埋められるんだ。
お父さん、ありがとう。
お父さんが私のお父さんでよかった。
純子は、自分が一歩大人に近づいたように感じた。

― end ―

2009 / 10 / 24 初編
2014 / 05 / 04 改編
    




























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