スピリチュアリズム

第20話 「幸せとは 」

♪ ふーるい アールバム めくり〜♪
鼻歌を口ずさみながらアルバムを見ていたら、コンサートのチケットが1まい出てきた。
これは俊夫と再会した記念にと思ってとっておいたもの。 
そういえば、最初に出会ったのは大学の食堂だった。
食事が終わって立ち上がったら、後ろを通ろうとしていた彼に自分の椅子がぶつかった。
あー、ごめんなさい。
後ろに人がいると思わなかったので。」
大丈夫です。
そんなに強く当たってませんから。」
その時はあいさつ程度だったけど、すぐそのあとのゼミですぐ隣に座っているのに気が付いた。
お互いに驚き、相手を指さして、同時に言った。
あ!  さっきの!」
不思議と気が合って、その日は一日中話していたっけ。
あれは奇遇だったな。 
それからは、顔を見たら話すようになって、気が付いたらいつも一緒にいるようになっていた。
向こうから付き合ってほしいと言われたわけでもないし、自分も何も言わなかったけど、自然と付き合っている感じになっていった。
でも、いつもアレコレ話をするだけで、それ以上の関係になって行かなかったから、彼氏って感じじゃなかったな。
彼氏というより、兄弟みたいに仲の良い友達って感じだった。
俊夫はとても物知りだったから、いろいろ教えてくれた。
それに、理性的に物事を考えて判断する人だったから、同い年とはとても思えないほど頼りがいがあるように思えた。
あの頃、女友達の中に好感が持てない人がいた。
向こうから話しかけてくる以上、逃げるわけにもいかないから、適当に話を合わせていた。
その人は噂話が大好きなので、陰ではワイドショーを縮めて “ワイド” なんて言っている人もいた。
つまり、誰かが席を外すと、すぐにその人の愚痴やら噂話をする典型的にイヤーなタイプの女。
私も随分言われてたんだろうなあ。
私は彼女のことが苦手だったから、つい俊夫にいろいろ愚痴ってしまった。
私だって俊夫に愚痴って悪いと思っているけど、あの人に比べたら、私なんてマシな方だわ 」
あーあ、お前も自称マシ人間かよ。
あのなあ、どんなに悪い奴でもみんな、自分はマシな人間だと思っているんだぞ。
舞子の苦手なその人だって、自分はマシな人間、もしくは良い人間だと思ってるさ。
自分で自分のことをマシな人間だと言うのは、自分は悪い人間じゃありません、良い人間です、って言っているのと同じだろ。
それって、実はすごく傲慢なんだと思う。
本当の自分が見えていないから言えることなのさ。
そう言ってる俺だって、自分が見えてないけどな、ははは。」
俊夫は、「 誰でも自分はマシな人間、もしくは良い人間だと思ってる 」、と言った。
確かにそうかもしれない。
あのイヤな女だって、もしかしたら自分は良い人間だと思っていたかもしれない。
噂話をするのは、周りの人にいろいろ伝える善意のつもりだったのかもしれない。
それに、自分を敬遠する人の方が悪い人に見えて、つい愚痴っていたのかもしれない。
あの時、俊夫は笑いながら言ったけど、 「傲慢」 という言葉はグサッと心に突き刺さった。
今でもその言葉は自分の中に刺さっていて、何かにつけて自分の心を制御してくれている。
そんなふうに、いつも嫌味なく気が付かせてくれてた俊夫だから、私は彼といるだけで大人になっていっているように思えたし、幸せを感じてた。
時には腹が立つこともあったけど、まあ、そういうのは誰にでもあることだし。
そういえば彼に聞かれたことがあったっけ。
舞子は何のために生きてる?」
 「 そうねえ、幸せになるためかな。」
幸せになるためかあ。
舞子にとって幸せって何?
まさか、好きな人と結婚して、安定した家庭を築くこと、なーんて馬鹿なこと考えてんじゃないだろうな。」
馬鹿なこと !?
そう言われてドキッとした。
だって、自分は好きな人と結婚して、暖かい家庭を築くことが幸せだと思っていたから。
俊夫は続けて言った。
そういう夢見る夢子さんってさあ、要求することが多くて、結婚すると生活に不満ばかり出てくるんだよな。
ダンナが手伝ってくれない、料理を作っても美味しいと言ってくれない、こんなに忙しいのに子供を見てくれない、なんてな。
そういうのを、“くれない族”って言うんだ。
くれない族は、本当は幸せを求めているのに、知らず知らずのうちに自分で自分を不幸に追い込んでいるんだ。」
そういえば、すでに結婚している友達がそんなようなこと言ってたっけ。
「 絶対幸せにするよ 」 って言ってくれたから結婚したのに、毎日仕事で帰りは遅いし、たまの日曜日は疲れたと言ってゴロゴロ寝てるだけ。
どこにも連れて行ってくれないし、ゴミも出してくれない、何もしてくれない、って不満ばかり。
聞く方は、「 ごちそうさま 」 って感じなんだけど、なぜか本人は幸せだと感じてないんだよね。
「 こんなはずじゃなかった 」 って言葉を聞くと、結婚って何だろうって思っちゃう。
俊夫の人生は苦難の連続だったよね。
幼いころにお父さんが亡くなって、母1人子1人で生きてきたんだ。
いくら母子手当が出るからといっても、女が1人で子供を育てるのは並大抵の苦労ではなかっただろうな。
そうそう、高校卒業まであと2か月という時にお母さんが亡くなったって言ってた。
親戚が1人もいなかったから、天涯孤独になってしまったって。
それでも猛勉強して大学に入ったなんて、すごいわ。
私みたいに、親に学費を出してもらって、バイトもせず、お小遣いをもらって大学に行っている甘ったれでヤワな人間とは全然違う。
歳は同じだけど、俊夫の方がずいぶん大人だと感じるのは、つらい人生を切り抜けてきたからなのね。
俊夫に聞いてみた。
じゃあ、本当の幸せって何?」
人によって感じ方が違うから、一概には言えないな。」
じゃあ、俊夫にとって幸せってどんなの?」
俺にとっての幸せは、人の役に立つ喜びを味わうことかな。」
へえー、そんなこと考えてもみなかったなー」
よく、小さな幸せを見つけろ、って言うだろ。
俺だって、こうして大学に通えることは幸せだなあって思うよ。
夕焼けを見ていると、何事もなく過ごせて幸せだなあって思うと胸が熱くなる。
でも、それは自分だけが幸せと感じてることなんだ。
それとか、くたくたに疲れて帰って来て、1杯のコーヒーをゆっくり飲む時も、ホッとはするけど、これは小さな幸せであって、俺にとっては本当の幸せじゃない。」
じゃあ、どんな時に本当の幸せを感じるの?」
たとえば誰かが困っているとする。
その人を助けるには、自分が泥水を飲まなければいけなかったり、自分の時間を割かなければいけなかったりする。
俺にとって時間を割くということは、バイト代が減るということでもあるから、生活は苦しくなる。
でも、その人が助かったら、自分が被ったこととか、時間を割いたこととか、収入が少なくなって大変になったことなんて、全部吹っ飛んじゃうんだ。
2人して泣きながら、良かった良かった! って言えたら、そういうのがすごい幸せだと思うし、こういう体験って人生の宝物になると思うんだ。
つまり、俺にとっての本当の幸せって、誰かの役に立つ喜びをいっぱい感じることなんだ。
そりゃあ、時にはうまく行かないこともある。
いや、うまく行かないことの方が多いよ。
でも、俺は誰かの役に立つために勉強したいし、そういう仕事に就きたい。
誰かの役に立つことで、神様に繋がっているような気がするんだ。
世の中、これに関しては需要と供給のバランスがすごく悪いよ。
助けてもらいたい人ばかりで、自分が誰かの役に立ちたいと思っている人の方が少ないんだから。
いや、役に立ちたいと思っている人はいるけど、自分に被害が及ばない範囲で役に立ちたいと思っている人ばかりなんだ。
それはそれでいいけど、俺はそういうのは嫌なんだ。
やるならとことんやりたいんだ。」
そう話す彼が、キラキラ輝いていて、とても眩しく見えた。
彼が言うような人間になれたらどんなに素晴らしいことかはわかる。
でも、自分は普通の人間だから、俊夫のような人間にはなれない。
そんな彼だったけど、バイトと勉強が忙しかったし、私自身もサークルに没頭していたから、彼との関係は自然消滅。
大学を卒業して、小学校の教師になったけど、こんな私がよくなれたと思ってる。
教師になって2年経った頃、同僚が大好きな歌手のコンサートに行こうと思って手に入れたチケットだったけど、用事で行けなくなったということで、代わりに行った会場で偶然彼と再会。
いや、あれは偶然じゃなかった。
彼もまた、友達がコンサートに行けなくなったからということで代わりに来ていたらしいから、今にして思えば、あれは必然だったのかもしれない。
何だか目に見えない力が働いて、再会させてもらえたような気がする。
本当に久しぶりで、時間が過ぎるのも忘れるぐらい話したね。
大学時代のことに始まって、ふと気が付いたら、俊夫が自分の夢を熱く語っていた。
その夢というのは青年海外協力隊として自分の能力を発展途上国の役に立てることだった。
私はそんなこと考えてもみなかったから本当に驚いたわ。
進む道がずいぶん違っちゃったみたい。
それからしばらくして、俊夫はインドネシアに行ったんだよね。
向こう行ってから一度だけ電話がかかってきたっけ。
彼も教職の免許を取っていたから、現地では植林の技術を指導する傍ら、子供たちにいろいろ教えているって言ってた。
それと、将来を担う子供たちの礎になりたいとも言ってたなあ。
現地の子供たちのことを話している彼の声は生き生きとしていて、聞いているだけで自分も参加している気分になったっけ。
そして、それから・・・同じ教職に就く者として、私と一緒に人生を歩んでいきたいとも。
あ、これって、プロポーズだったのかな。
いやいや、友達として長く付き合いたいってことだよ、きっと。
でも、もし彼と結婚したら冒険と苦労の連続で、波乱の人生になりそう。
日本へはいつ帰って来るんだろう。
もうずいぶん連絡がないけど、今頃どうしてるかなあ・・・
頑張ってるとは思うけど。
コンサートのチケット、棄てようと思ったこともあったけど、棄てなくてよかった。
やっぱり再会の記念だもん。
彼が帰ってきたら、またいろいろなことを教えてもらえるかな。
私自身は教職についてまだ2年しか経ってないけど、彼が言ってたことが少しは分かるようになってきたような気がする。
平凡な人生を望んでいた私が、担当している子供たちを守るためなら、どんな苦労でもしたいと思ってるし、いくらでも努力できる。
子供たちにいろいろ教えているけど、本当は自分が一番教えられて成長しているような気がしてる。
人間って変われば変わるものよねえ。
だって、すごく幸せを感じているもの。
ピンポ〜〜〜ン
誰だろう・・・
玄関に出てみたら、真っ黒に日焼けして、ヒゲもじゃで、熊のような人が立っていた。
にっこり笑ったその顔は・・・
今インドネシアから帰ってきたんだ。
真っ先に、プロポーズの返事を聞きに来た。」
あまりのタイムリーさに驚いて、声も出なくて泣き出した私の涙を、彼は優しくぬぐってくれた。

― end ―

2010 / 11 / 11 初編
2014 / 10 / 02 改編
         



















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