スピリチュアリズム

第19話 「願いが叶って見失ったもの 」

人は誰でも、大なり小なり、こうなったらいいな、という夢や希望を持っている。 ただ、その夢が叶うかどうかは別だが。
菜柚は目が見えない人をサポートするために、書籍をCDに吹き込むボランティアをしている。 そして、そのボランティアが縁で、ある1人の目が見えない女性と友達になった。 その人の名は加奈子。 27歳で独身。
加奈子は物心ついた時にはすでに光を知らない状態だった。 幼児の頃、高熱があるにもかかわらず、ふと立った瞬間に体がふらついて転んだことで、脳内の神経が損傷したということだった。 当時の医学では手術が難しい個所だったため、両親は娘が盲目になるのをあきらめざるを得なかった。
そんな彼女だが、白い杖一本で、まるで目が見えていると思うほど速く歩くだけでなく、臆することなく、どこにでも出かけていく。 歩く様子を見ていると、とても目にハンデがあるとは思えないぐらいだ。
加奈子は自分の目のことをハンデだと考えていないし、不幸だとも思っていない。 また、将来を不安にも思っていない。 そんな明るい彼女だったから、友達も大勢いる。
菜柚はそんな前向きな加奈子が大好きだ。 できることなら、一度でいいからこの世界を見せてあげられたらなあ、と思っていた。
ある日、父親の仕事の関係で、加奈子は神の手を持つと言われている医者の存在を知った。 本人や家族はもちろんのこと、彼女を知っている人たちはみな期待に胸を膨らませた。
運良くその医者に診察してもらったところ、当時に比べれば最近の医学はとても進んでいて、加奈子の場合、目が見えるようになる確率は限りなく高いということが分かった。
しかし費用が相当かかる。 そこで有志が集まり、みんなで手分けして募金を集めたところ、数か月でその資金を集めることができた。
手術をするにあたり、不安がないわけではない。 しかし、希望の方がはるかに大きかった。
手術は無事成功した。 麻酔からさめた時、加奈子は包帯をしていながらも、うっすらと光を感じた。 物心ついた時から光というものを知らなかった加奈子は、最初はそれが光だとは思わなかったから、医者に言った。
目の前が熱い感じがします。
でも本当は熱いわけじゃなくて・・・
なんて言ったらいいのかな・・・ 
何か今までと全然違うの。」
加奈子さん、それが光だよ。
明るいってことなんだ。
ほら、こうしたらどうかな。」
そう言って医者はカーテンを閉めた。
あ、前と変わった。
どうして?
これが暗いってこと?」
彼女にとっては、たったこれだけでも衝撃的な体験だった。 加奈子はこのとき初めて、明るい暗いの違いを知った。
1週間たち、包帯の取れる日が来た。 医者の指示通りゆっくり目を開けると、ぼんやりだけれど、今までとは全く違った世界が広がっていた。
こ、これが見えるということなのね。
先生、ありがとう!」
一気に見ると疲れるから、今日はこれぐらいにして、明日から見る時間を少しずつ増やしていきましょう。」
加奈子は天にも昇るほど幸せだった。 一生叶うことがないと思っていたことだったし、望んではいけないと思っていたことでもあったので、嬉しいという形容では収まりきれないほどの大きな喜びだった。
自分の顔ってどんなだろう。
お母さんの顔ってどんなだろう。
色とりどりの花っていうけど、色とりどりってどんなかな。
赤ってどんなんだろう。
青とか黄色とか・・・
富士山は高いというけど、目で見る高いってどんな感じなんだろう。
雲が空に浮かんでいるってどんなかなあ。
手術が成功して、光を感じるようになって、ぼんやりだけれど、見えたというだけで嬉しくて仕方がなかった。
その日の夜はなかなか寝付けなかった。 いろいろ想像していたら、見たいものだらけになって、ワクワクしてよけいに寝られなくなった。
その翌日から、カーテンが閉められた薄暗い病室の中で、見る時間が少しずつ増えていった。 最初はぼんやりとしか見えていなかったのが、1週間たった頃にはだんだんとはっきり見えるようになってきた。
更に1週間たつと、医者と看護師、そして母親の顔がはっきり見えるようになった。 手と耳と匂いでしか母親を確認したことがなかったから、今見えている人が母親だと思うと、なんだかとても不思議な感じがして、感無量の思いだった。 そして、鏡で自分の顔を見てみると・・・
これが私の顔・・・
思わず目を瞑り、手で自分の顔を触ってから、もう一度目を開けてみた。
そう・・・ これが、私の顔なんだ・・・
次に、壁にかけられている絵を見た。 看護師さんが、これが青で、これが赤、そしてこれが黄色、と教えてくれた。
病室から外も見た。
空って全部が同じじゃないのね。
濃いとか薄いってこういうことだったのね。
雲が浮かんでるって、こういうことなんだ。
あれが木。
あれが歩いている人。
あれが車。
あれが、あれが、あれが!
嬉しい・・・ 本当に嬉しい・・・」
医師は言った。
今の期待と感動を忘れないようにね。
見えることって、すぐに当たり前になっちゃうから。」
加奈子は、医者の言ったことを肝に銘じておこうと思った。
手術から数年たったある日、加奈子は1人の目の不自由な男性と出会った。 歳は60歳を超えているように思う。 加奈子は以前の自分を思い出し、その人に声をかけてみた。
私も以前は目が見えなかったけれど、手術をして見えるようになったんですよ。」
そうですか。
私は以前は見えていたんですが、病気がもとで、今は全く見えなくなりました。
最初は悲嘆に暮れて、自分が何を悪いことをしたのか、神はなぜ私にこんなひどい仕打ちをするのかと、嘆いてばかりいました。
死んだ方がマシだなんて、バカなことを考えたこともありました。
でもね、視力は失ったけれど、どうやら心の目が開いたようで、今まで見えなかったものがよく見えるようになりましたよ。
それに気が付いてからは、目が見えなくなったことは神の仕打ちでも何でもなくて、もしかしたら、素晴らしいプレゼントかもしれないと思えるようになりましてね。
見えないということは不便だけれど、見えない方がいいこともたくさんあるってことがわかりました。
君は目を手に入れたけれど、大切なことを見失うようになってませんか?
本当に大切なことがちゃんと見えていますか?」
加奈子はその言葉にドキッとした。 思い当たるところがあった。 目が見えない時は、自分のことより回りのことに気を向けていた。 でも、見えるようになったら、自分のことばかり気にしている。 今日の化粧はどうだとか、着ている洋服は似合っているかとか、以前は気にもかけなかったことが今はとても気になる。 
最近は、人を見る時も、きれいな人だとか、スタイルがいいとか、きれいな服だとか、無意識のうちに見た目で判断している。
お医者様が言っていたことを思い出した。 いま自分は、目が見えることに慣れきっている。 目が見えてなかった時の純粋さを失いつつあるのかもしれない。
そう思うと、知らず知らずのうちに、見えることに惑わされていることがとても多いような気がしてきた。
その男の人は続けて言った。
君は目が見えるようになって幸せだね。
これは神様からのプレゼントだから、使い方を誤ってはいけないよ。
そして、見えるものに惑わされずに、見えないものこそ、ちゃんと見るんだよ、いいね。」
              
その言葉を聞いたところで菜柚は目が覚めた。 ああ、夢を見ていたんだ。 しかし、あまりにもリアルな夢。 加奈子は今どうしているだろう。
そう思って、菜柚はさっそく加奈子のところに電話をして、見た夢の話をした。 そこで菜柚は加奈子から意外な言葉を聞いた。
菜柚ちゃんありがとう。
私は目が見えなくても幸せよ。
だって、私は他の人が感じていない幸せをいっぱい感じているんだもの。」
菜柚が見た夢は加奈子のことだったけれど、本当は自分へのお知らせだったのかもしれない、と思った。
翌日、菜柚は加奈子に会いに出かけ、夢を見た後の自分の心の変化を話すと、加奈子は言った。
心の中の光ねえ。
私には光るということがどういういうことかわからないけど、神様にお祈りしたりすると、心の中が熱くなるというか、自分の中に何かエネルギーのようなものが入ってきて、自分から何かが放射されるのがわかるわ。
そして、綿のような柔らかいものの上に乗って、ふわふわ揺れる感じになってとても気持ちいいのよ。」
それを聞いて、菜柚は思った。
加奈ちゃんは、自分が感じたことがない世界を知っている。
私も心の目がちゃんと見えるようになったら、加奈子のように感じることができるだろうか。
目が見えるというのはとても便利だし、幸せなことだけれど、心の目がふさがっていたら、それは本当の幸せとは言えないような気がする。
今まで自分は、何でもかんでも見た目で判断していた。
これからは、ちゃんと心の目で見るようにしよう。
夢の中の加奈ちゃんは、手術が成功すると、ぼんやり見え始めたけれど、今の私は、心の目がぼんやり見え始めたのかもしれない。
ちゃんと心で見えるようになったら、心の中に光も感じるようになるかな。
なるといいな。
そう思ったら、なんだか、見には見えない光が心の中に射したような気がして、菜柚の胸の奥は熱くなった。

― end ―

2010 / 10 / 14 初編
2014 / 09 / 27 改編
         




















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