スピリチュアリズム

第11話 「霊能者の悩み 」

それは、ある日突然始まった。 
幼稚園の運動場では、みんな追いかけっこやら、砂遊びやら、遊具を使ったりして気ままに遊んでいる。
その隅の方で、男の子が1人、何やらぶつぶつ独り言を言いながら遊んでいた。
保育士がその子を見つけ、「 昇君は1人でお話しするのが好きなのね 」 と話しかけてみると、「 ぼく、友達と遊んでいるんだよ。」 という返事が返ってきた。
保育士は、1人で友達ごっこをしているのかな、と思い、それ以上は気にも留めず他の子のところに行ってしまった。
歩いて行くその後ろ姿を見ながら、昇は、自分は友達と遊んでいるのに、どうして1人って言うんだろう、と変に思った。
同じ日、幼稚園から帰ってから家の前で友達と遊んでいたら、近所のおばさんが、「 昇君は、1人遊びが好きなのねえ 」 と言った。
「 ううん、僕は1人で遊んでいるんじゃなくて、この子と遊んでいるだよ 」 と言ったが、おばさんは 「 あらまあ、昇君は冗談が言えるのね。 おもしろい子だこと 」 と言って楽しそうに笑った。 
こうしたことが同じ日に2回あったので、自分でもなんだか変だと思ったが、幼い昇には何が変なのかまでは分からない。
その後も、こうしたことはたびたび起きたが、周りの大人の中では、昇は独り言を言いながら遊ぶのが好きな子、ということになった。
小学生になったある日、あることに気が付いた。
それは、触れる人と触れない人がいるということだった。 
お母さんの買い物について行く時は、必ず手を繋ぐことにしているのだが、スーパーの中をお母さんと手を繋いで歩いている時、ふと思った。
そういえば、友達と手を繋いで歩いたことないなあ。
帰り道、友達がいたので、「 手を繋いで歩こう 」、と言って手を取ろうとしたのだが、繋ぐどころか触ることさえできない。
そういえば、友達と遊んでいる時も、自分は積み木や砂で家とか動物を作ることができるが、友達はできない。
作り方を知らないからだと思って教えるのだが、そうすると、悲しそうな顔をするので、それ以上は言えなかったことを思い出した。
ある時、お母さんにそれとなく聞いてみた。 
ねえ、お母さん。
お母さんには手で触れない友達っている? 
お母さんだけに見えて、僕に見えない友達っている?
母親はその問いかけにすこし驚いたが、
そうねえ。
お母さんにもいるわよ。
毎日じゃないけど、お母さんだけに見える友達はいるわ。
でもね、他の人にその話をしてはダメよ。
なぜかというとね、他の人に話すと、その友達はもう出てきてくれなくなるから。」
母親は夢のことを言ったのだが、昇は母親も同じだと知って安心した。
それに、友達がいなくなると寂しいので、誰にも言わないようにしようと決めた。
他の人に知られないようにするために、この時から昇は、まずその友達に触って確認することにした。
手で触って掴める人なら、他の子も一緒に遊ぶが、手で触って掴めない友達の場合は、回りに誰もいないことを確認してから一緒に遊ぶようにした。
昇が中学生になり、いわゆる思春期になると状況が変わってきた。
それまでは普通に話していただけだったが、だんだんと友達が自分の身体の中に入ってくる感じになってきたのだ。
そして、友達が自分の口を使って話すということが始まった。
昇は焦った。
ある日など、自分では思ってもみなかったことを、友達が自分の口を使って話し始めたのだ。
つまり、2人の人間が同時に1つの口で話していることになる。
これは自分の意志では止められない。
ところが、周りはどっちも昇が話していると思っている。
そうした時、昇は友達が話したことに辻褄を合わせることで精一杯になった。
この頃になると、テレビでもオカルト物が流行るようになっていたので、自分が友達と思っているのは、もしかしたら霊なのかもしれないと思うようになっていた。
しかし、霊かどうかを確かめるすべがない。
なぜなら、その友達に 「 お前って霊なの? もう死んでいるの?」 と聞いても何も答えないからだ。
高校生になる頃には、霊が自分の中に入ってくるという感覚も遠のいていった。
というより、霊が自分の中に入ると、意識がなくなるようになっていたのだ。
中学の頃は、霊が自分を通して何を話したのか分かったが、この頃になると、自分が何を話したのかさえ全く覚えていない状態になった。
そして、そうした状況は少しずつ増えていった。
そんなある日、気が付くと見覚えのない部屋で寝ていた。
ここはどこなんだろうと見回すと、そこはどうやら、病院らしい。
僕はどうしてここにいるんだろう。
何があったんだろう。
しばらくして、医者と母親が病室に入ってきた。
母親が言うには、学校で分けの分からないことを喚(わめ)きながら暴れたというのだ。
それで、学校側が困惑して救急車を呼び、強制的に病院に連れて来たということだった。
昇は、「 それは僕じゃなくて、霊がしたことだよ。 最近、覚えてないことがよくあるんだ。」 と医者に言ったら、病名がはっきり下されてしまった。
統合失調症。
母親は、その病名を聞いて泣き出した。
父親も駆けつけたが、なすすべがない。
しばらくは病室に一緒にいたが、やがて泣いている母親の肩を抱いて帰っていった。
昇は病院に1人残された。
1人取り残されたが、友達がいるので寂しくはない。
医者にも看護師にも見えない、自分だけが見える、自分だけが話せる友達がいるから。
とりあえず薬が処方され、1日に12時間以上は薬で眠らされ、時には身体に微弱電流を流す治療も行われた。
目が覚めている時は自由に病棟内を歩くことができるが、分厚い扉から向こうへ出ることは許されない。
病棟にはいろいろな患者がいる。
ほとんどの患者は、健常者と変わりがないが、一様に生気が感じられない。
ところが、病室から出してもらえない人もいれば、妙な行動を繰り返したり、大声で叫んでいる人、中には暴れるからといって縛られている人もいる。
僕もあの人のように暴れていたんだろうか。
この前までは、友達が入ってくるのが分からなくなっていたからなあ。
薬が効いたのか、それとも微弱電流の治療が効いたのか、とりあえず、症状が治まったので3ヶ月で退院できた。
家に帰って来てから昇は考えた。
自分は決して統合失調症などではない。
ただ、霊と話をしているだけなんだ。
霊と仲良くなりすぎてしまっただけなんだ、と。 
今後、どうしていったらいいのか、誰に相談したらいいのか・・・
両親に言えば心配をかけるだけだし、場合によっては病院に逆戻りということもあり得る。
でも、それだけは避けたい。
とりあえず祈りによって答えを得るしかないと思い、毎日ひたすら祈った。
どうしたらいいのか、どうすべきなのか・・・ どうか教えてください・・・ と。
すると、今まで聞いたことがない声が聞こえてきた。
『 お前の力は、他人を助けるためにある 』 と。 
自分に力がある? 他人を助ける? どうやって?
そのうちにわかるかな。
昇が大学生になってしばらくした頃、友達の会田が昇に悩みを打ち明けた。
最近お父さんとお母さんが喧嘩ばかりしているので、勉強に身が入らない、ということだった。
昇は近くにいる霊にどうしたらいいのか聞いてみた。
会田のお父さんは仕事がうまくいっていないからイライラしてるだけなんだ。 
だから、お母さんに言ったらいい。
お父さんのイライラを鎮めるには、美味しいご飯を作ってあげて、お母さんがニコニコするのが一番だと。
そうすればお父さんのイライラはすぐに収まるけれど、逆にお母さんが愚痴を言うのが続いたら、お父さんは暴力を振るうようになるから、気をつけろ。 
昇はその内容を会田に伝え、会田は母親にそのことを話した。
母親は自分でも気になっていたようで、言われたようにしてみたら、日に日にお父さんのイライラは収まり、以前のような明るくて楽しい家庭に戻った、と会田は嬉しそうに報告してくれた。 
また、ある時、別の友達の木野が
「 前は佐々田君とすごく仲が良かったのに、最近は僕のことを避けているみたいなんだ。 どうしたんだろう・・・ 」 と言ってきた。
そんなこと自分で本人に聞いたらいいのに、と思ったけど、とりあえず霊に聞いてみると、 
避けてるんじゃなくて、話しかけられないだけだ。
佐々田はある時、話の流れで友達に木野の悪口を言ったことがある。
そうしたら、仲間内で、木野は悪いやつだという話に発展してしまった。
その噂もすぐには消えたが、佐々田の心の中には良心呵責が湧いて、それ以来話しかけにくくなっているだけなんだ。
木野の方から話しかけたらすぐに解決することさ。 
昇が木野にこのことを伝えると、木野はすぐに佐々田に会いに行った。 
最初はギクシャクしていたが、しばらくしたらお互いの友情を確かめ合うことができたし、絆はさらに強くなったと後で聞いた。 
こうしたことが何度かあり、口コミで昇の噂が広まっていった。
すると友達だけでなく、知らない人からも相談が入るようになった。
悩みのほとんどは、結婚できるかどうか、どんな仕事についたらいいか、受験は合格するのか、どの大学を受けたらいいか、どうしたら病気が治るのか、新しい事業は成功するかどうかなど、占い的な相談がほとんどだ。 
中には、競馬の予想まで聞きに来る人もいた。
そうした質問に対して、霊はいつも最適な答えを出してくれるので、ほとんどの依頼者は満足して帰って行った。 
この頃はまだ、相談に対する料金は設定していなかったから、依頼者が自分で納得できる額を 「志」 という形で勝手に置いて行った。
なぜ料金を設定していなかったのかというと、答えを出してくれるのは霊であって、自分は単に霊と相談者の仲介役に過ぎない、自分の能力が少しでも誰かの役に立てればいいんだという控え目な思いからだった。 
「志」 は数千円の人が多いが、中には数万円を置いて行く人もいる。
この頃、昇はすでに成人していたが、仕事を見つける暇がないほど相談者が訪れるので、相談者からの志で生計を立てるようになっていた。 
そんなある日、遠くから1人の女性が訪ねてきた。
その女性は30代後半で、2年前にご主人を交通事故で亡くされ、1人寂しく暮らしているとのことだ。
亡くなったご主人とはとても仲が良かったので、その女性は今でもご主人のいない寂しさから開放されていない。
そんな時に昇の噂を聞きつけ、藁をも掴む思いでやって来たのだった。
さて、依頼の内容だが、ご主人の霊を呼び出して直接話をしたいということだ。
今まで何人もの霊と話をしてきた昇だが、直接本人を呼び出すことはやったことがない。
直接呼び出すのは初めてなので、失敗しても嘆かないでください。」
それでもいいのでお願いします。」 
やってみると、意外に簡単にご主人の霊が現れた。
そこで昇が霊媒となって会話が始まった。 
あなた、あなたなの?」
ああ、そうだよ。」
今どんなところにいるの?」
とってもきれいなところだ。
地上のしがらみから開放されて、心も身体もすごく軽いよ。」 
そう、それならよかったわ・・・ 
ところで、あれはどこに置いたのかしら?
あなた、教えてくれる前に逝ってしまったから。」
クローゼットの一番上の右奥に置いてある黄色い箱の中だよ。」
わかったわ。 見てみるわ。」 
大切な物の置き場所を知りたかったようだが、それ以上詮索することはできない。
会話の最後の言葉は、「 僕はいつも君のそばにいるから、寂しがらないで。」 だった。
それを聞いて、女性は来た時とは全然違う、安堵の顔をして帰って行った。 
1週間後に、その女性からお礼の手紙と、謝礼金として10万円が送られてきた。
手紙には、次のような内容が書かれていた。 
先日はいろいろとお世話になり、有り難うございました。
私にはすばらしい出来事になりました。
声こそ違いましたが、話し方は主人そのものでした。
久しぶりに話すことができて、本当に嬉しかったです。
実は、主人は無くなる前に、結婚10周年のお祝いにと言って、何かを用意してくれていたんです。
それが何で、どこにあるのか、いくら探してもわからなかったのです。
言われた通りにクローゼットの上を探しましたら、確かに黄色い箱があって、その中に指輪と手紙が入っていました。
指輪はプラチナの台に10個のダイヤが輝いておりました。
サイズはほんの少し大きいけれど、直さずにこのままにしておこうと思います。 
手紙には、『 結婚してから10年、こんな僕にいつも良くしてくれて有り難う、 お互い年をとってもずっと一緒にいよう。 いつまでも君のことが好きだよ 』 と書いてありました。
手紙を読んだ時、次から次へと涙が溢れ、私は手紙と指輪を胸に抱いて、しばらく立つことができませんでした。
すると、ふと主人に抱きしめられているな感じがして、とても幸せな気持ちに包まれました。 
主人が亡くなってずっと寂しかったけれど、亡くなって2年もたって、どれだけ主人から愛されていたかを知りました。
先生のお陰で、最高のラブレターと贈り物を手にすることができました。
主人は目には見えないけれど、生きているのですね。
もう寂しくありません。
これで、これからも生きて行けます。
本当に有り難うございました。
何ともほほえましい内容に、昇の心は温かくなり、人助けができたことにこの上ない喜びを感じた。 
今度はこうした降霊が口コミとして広がり、亡くなった人と話をしたい人が続々と押しかけるようになった。
それにしたがって、志もだんだん増えていった。
収入が増えると、当然のように欲望が顔を覗かせるようになる。
昇も例外ではなかった。 
今までは料金の設定などしていなかったのに、霊が 「 30分1万円にせよ 」、と言ってきたので、その通りに設定をしてみた。
すると不思議なことに、依頼者は以前より増えた。
気を良くした昇は、更に30分3万円にしてみた。
すると依頼者は更に増え、予約は2ヶ月先までいっぱいになるという現象が起きた。 
収入はどんどん増え、家も建てることができ、高級車も買った。 
ところが、収入が増えるのとは反対に、なぜか霊との交信がだんだんとできにくくなってきていた。
昇にはそれがなぜだかわからない。
呼べばすぐに現れる霊もいれば、何度呼んでも出てこない霊もいる。 
昇にとっては、霊が出てこないのはとても困る。
出て来ない時は仕方なく、出てきているフリを装うようにした。
だから、次第にウソも多くなっていった。
それでも依頼者はそのウソを信じ、喜んで帰って行った。
昇は、その人が幸せになるなら 『 ウソも方便 』 だと割り切ることにした。
ある日、若い男性がやって来て、1冊の本を昇に提示した。
それは霊界通信に関する本だった。
読む前に、その男性が大ざっぱに内容を話してくれたのだが、昇にとっては、それは驚く内容だった。
霊と会話をするというのがどれぐらい危険なのか、信憑性はどれくらいあるのか、霊能力の本来の目的は魂を開花させるため、ということが書かれていると言って、細かく説明してくれた。
昇は、自分の霊能力は誰かの役に立つためにあり、それが自分の使命だと思ってやってきた。
一般の仕事にも就かずに、ひたすら他人のために頑張ってきたし、それで収入を得るのは当然だと思っていた。
ところが、そこには、昇が正しいと思っていたことと反対のことが書かれているというのだ。 
その男性が帰り、夜になってからその本を開いてみた。
内容はその男性の説明で大方分かっていたが、自分で読んでみると、自分の知らないことばかりが山のように書かれていた。
その中には、まず、現れる霊の質のことが書かれてあった。
進化した霊が魂の未熟な霊能者に語りかけることは決してないこと。
類は友を呼ぶという 「 波動同調 」 の法則は地上のことだけではなく、霊界と地上でも同じだということ。
また、進化霊は物質的なことには価値を置かないし、魂が成長していない霊能者には決して真摯なメッセージは降ろさない。 
魂が成長していない霊能者に反応するのは、いわゆる成仏していない霊であったり、地上の人間を惑わして面白がるイタズラ霊がほとんどだということも書いてあった。
霊と会話ができる自分が、実は霊に対してあまりにも無知だったのを知って、昇は頭をカナヅチで殴られたような思いになった。
進化霊がこんな無知で未熟な自分に降霊などするはずがない。
とするなら、自分に語りかけてきたり、いろいろ教えてくれる霊は、もしかしたら邪霊や、死んだことに気が付いていない霊なのかもしれない。そうだ、客観的に考えてみたら、自分に語りかけてきていたのは、確かに未熟霊やイタズラ霊だ。
自分は人のためと思っていたが、本当は自分が一番もてあそばれていたのだ。
霊たちは、自分を惑わして面白がっていたのだ。
最初は志だけ頂いていたから、余裕こそなかったけれど、質素な生活はできていた。
ところが、収入が増えるにしたがって金銭で物事を考えるようになった。
しかし、自分が霊能力を使うのは人の幸せのためだと公言してはばからなかった。
「 名誉や金銭が目的ではないんだ、人のためなんだ 」 と、自分で自分を正当化して、動機のすり替えをしていただけだったと、やっと気が付いたのだ。
今、昇は悩んでいる。
これからどうしたら良いのか誰か教えて欲しい。
霊に聞けば、更に人助けをするために、テレビに出るのが一番だと言う。
更には、本を出せば、多くの人が救われると言っている。
そして、もっとお金を取ってあげた方が、人のためになると言っている。
今の昇はそうした霊の言葉が信じられなくなってきた。
しかし、依頼者はどんどん増えている。
そういえば、すでにテレビ局からのオファーも来ている。 
これから自分はどうしたら良いのだろうか・・・ 
どうやって始末していったらいいのだろう・・・ 
昇は今、あまりにも無知だった自分を恥じ、頭を抱えている。

― end ―

2010 / 01 / 13 初編
2014 / 06 / 05 改編
         

























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