スピリチュアリズム 

シルバーバーチを読みながら

 

2020-1-1
「苦しみと楽観的」

シルバーバーチは常々、苦しみがその人を成長させると言っています。

あなたみずから苦しみ、あなたみずから艱難辛苦を味わい、人生の暗黒面に属することのすべてに通じてはじめて進化が得られるのです。
失意のどん底にある時は、もう全てが終ったかの感じを抱くものですが、実はそこから始まるのです。
あなた方にはまだまだ発揮されていない力 ― それまで発揮されたものより遥かに大きな力が宿されているのです。
それは楽な人生の中では決して発揮されません。
苦痛と困難の中にあってこそ発揮されるのです。
金塊もハンマーで砕かないと、その純金の姿を拝むことができないように、魂という純金も、悲しみや苦しみの試練を経ないと出てこないのです。
それ以外に方法がないのです。
(1巻-p56)

実は、私は体験値がとても少なく、艱難辛苦というほどの出来事に出会ったことがありません。

その私が霊的真理に出会い、少なからず理解できるようになったのは奇跡としか言いようがありません。

シルバーバーチを読み進めれば進めるほど、私の心に引っかかるのはこの “苦しみの体験” でした。
霊的真理は受け入れることができたけれど、苦しみが少ない私は成長しないのかしら、と。

近所のお年寄りの話ですが、嫁姑問題で苦労したとか、農家の嫁は出産後4日目にはもう畑に出たとか、嫁には給金はいらないから便利にこき使われた、みたいなことをよく聞きます。
世の中を見渡してみると、まさか、という事件も自然現象もたくさん起きています。

もし自分だったら耐え切れずに逃げ出していたかもしれません。
苦難に耐え切れないヘタレな自分だから、この時代を選んで生まれてきたのかもしれない、などと思ったりもします。

悩みと言えばそうしたことが悩みになるのでしょうか。
贅沢な悩みですね。

しかしある時、ヘタレだけれど自分の性格が功を奏していることに気が付きました。

ある日、友人が泣きながら電話をしてきました。
子宮筋腫が見つかったとのこと。
医者に、一日も早い手術を勧められたと言われた、ということで大泣きです。

実は、私にも子宮筋腫があります。
今すぐ手術が必要だとも言われました。
でも、筋腫は良性だし、成人女性の数人に1人は筋腫があるぐらいなので放っておいても大丈夫だろうと思って手術はしないことに決めました。
もしも筋腫が悪性に変わったとしても、それはそれで自分の運命なのだから甘んじて受け入れようと決めていました。

同じ病気でも、友人は不安がマックスで、私は先がどうなっていくか面白がっているわけです。

何が言いたいのかというと、友人は繊細な神経の持ち主で、私は能天気。
物事は考え方1つで苦しくもなるし、楽しくもなるということなんです。

― 質問者 ―
それを災難と受け取るのも進化のある一定段階までのことだとおっしゃるのでしょうか。

― シルバーバーチ ―
そうです。
それを災難と受け取る段階を超えて進化すれば苦しい思いをしなくなります。
苦は進化と相関関係にあります。
楽しみと苦しみは両極です。
同じ棒の両端です。
愛と憎しみも同じ力の二つの表現です。
愛する力が憎しみとなり得ますし、その逆もあり得ます。
同じく、苦しいと思わせる力が楽しいと思わせることもできます。
あなたの体験の“質”を決定づけるのはあなたの進化の“程度”です。
ある段階以上に進化すると憎しみを抱かなくなります。
愛のみを抱くようになります。
苦を感じず幸せばかりを感じるようになります。
難しいことですが、しかし真実です。
苦しみを何とも思わない段階まで到達すると、いかなる環境にも影響されなくなります。

(6巻-p193)

私は成長したから楽観的でいられるのではなく、子供の頃からそうでした。
先生から叱られても嫌だとは思わずに、そうかあ、そういう風にすればいいんだ、と考える子でした。
両親からはいつも、お前は毎日が楽しくていいねえ、と言われていたぐらいです。
だから、到達して苦を感じずに幸せばかりを感じられるようになったわけではなくて、生まれつきなんですよね。

とても有り難い性格のようです。


 




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