スピリチュアリズム

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シルバーバーチを読みながら

 
2021-1-28 「災害の原因」
コロナの緊急事態宣言が発令されたけれど、まだまだ収まる傾向が見られません。
東京の感染者が500人まで下がれば・・・ということだけれど、ついこの間までは500人以下だったではありませんか。
500人を越えたらあれよあれよという間に1000人を超えてしまいました。
あちらが立てばこちらが立たずで、経済との両立はなかなか難しいですね。

その中で、ワクチンを開発している人たちや、医療従事者の方たちには感謝しかありません。

コロナに限らず、災害や不幸、悲劇など、全般についてのことがシルバーバーチの中に書かれているので紹介したいと思います。
地上の難題や不幸や悲劇の多くが、人間の愚かさと欺瞞によって引き起こされていることは、残念ながら真実なのです。(古代霊p206)

平和は友好と一致と協調の中にこそ生まれます。
それなしでは地上は苦痛の癒える時がなく、人間が無用の干渉を続ける限り、災害はなくなりません。
(古代霊p206)

残酷は残酷を呼び、争いは争いを生みます。
が愛は愛を生み、慈しみは慈しみを生みます。
人間が憎しみと破壊の生活をすれば、人間みずからが破壊の道をたどることになります。
諺にも「風を播いてつむじ風を刈る」と言います。
悪いことをすればその何倍もの罰をこうむることになります。

(古代霊p207)
ことわざの意味は、軽い気持ちでやったことが重大な結果を生む、身から出た錆、自業自得、というように解釈すればいいでしょう。

摂理に順応して生きることが何よりも大切であることを人類が悟るまでは、地上に混乱と挫折と災害と破滅が絶えないことでしょう。
(4巻p33)
引用が長くなりました。
「古代霊は語る」から引用しましたが、これらの言葉は1巻〜11巻の中にも出てきます。
編集者がそれぞれに書いているので、ダブるのでしょうね。

コロナに限らず、何事も人間にとって不幸と思えることは、人間自身の欲が招いた結果、と言えるかと思います。

こんな言葉もありました。
心霊知識を理解すれば、あとは欲の皮さえつっぱらなければ、神の恩恵に浴することが出来るのです。(古代霊p207)
ニュースなどでそれぞれの意見を聞いていると、なんともやりきれない気持ちになります。
自分は悪くない、政治が悪い、周りが悪い的な意見が多いように感じます。
もちろんそれもあるでしょうが、もともと飲食店にしてもカラオケ店にしても、人間の欲望を商売にしているのですよね。

と書くとどこからかクレームが来そうなのでこれ以上は書きませんが、霊的視野で世界を見つめて実行しなければ、投げたブーメランが自分に反ってきてさらに酷い傷を負うかもしれません。
傷を負ったことで、それを誰かに責任転嫁して、更に傷口を広げなければいいのですが。

2021-1-18 「動物が進化した新しい霊」
シルバーバーチの霊訓の中にわずかですが「古い霊」と「新しい霊」のことが書いてあります。
霊に『古い』とか『新しい』ってあるの?
不思議な感覚です。

それは第4巻p63に書いてあります。
(問) 古い霊魂と新しい霊魂との本質的な違いはどこにありますか。
(SB) 本質的な違いは年輪の差でしょう。
当然のことながら、古い霊魂 は 新しい霊魂 より年上ということです。
第5巻p93には次のように書いてあります。
(SB) 人間界への誕生には二種類あります。
古い霊が再び地上へ戻ってくる場合と、“新しい霊”が物質界で個体としての最初の段階を迎える場合です。
1巻から12巻の中に書いてあるのはこれだけ。

『古い霊』というのは『再生した霊』のことだろうと思っていたのですが、『新しい霊』というのが良くわかりませんでした。
要するに霊の出発というか、発生というか、どこからどうやって霊という存在が現れるのか。
神が突然作り出す?
いえ神が法則である以上、そんな人間的な発想で簡単に霊を誕生させるわけがありません。
何らかの法則が働いて新しい霊が誕生する、と考えるべきかと思います。

ここを読むまでは自分勝手に考えて、人間の類魂でまだ地上に出てきたことがない霊的エネルギー体が無限にあって、その一部が地上に初めて個体として誕生した霊が『新しい霊』かな? ぐらいに考えていました。
当たらずとも遠からずでしょうが、中途半端でした。

「古代霊は語る」のp187にこんな記述がありました。
人間界への誕生には2種類あります。
古い霊が再び地上へ戻ってくる場合と、動物界から始めて人間界へ誕生してくる場合です。
この「始めて」というのは、「初めて」の間違いだと思います。
文字の間違いは気にしないとして、続けます。
(問) 1人の人間としてですか?
(SB) そうです。
双方とも霊魂です。
双方とも自我意識をもった霊であり、個性を有しております。
ただ一方がベテランの霊で、進化の完成のためにどうしても物質界で体験しなければならないことが生じて、再び地上にやってくるのに対し、他方は、やっと人間の段階まで達した新入生です。
直前まで動物だったのが人間へとジャンプしたのです。
アメーバの状態から始まって、爬虫類、魚類、鳥類、そして動物と、ありとあらゆる進化の段階を辿って、今ようやく人間へと達したのです。
ここで質問者が
(問) セオソフィー(神智学)と一緒ですね。
(SB) 何の教えでもよろしい。私に対して学派だの宗派だのを口にするのはやめてください
質問者は神智学での『霊的進化論』のことを言ったのだと思いますが、宗教上の教義であっても神智学であっても、また哲学であっても科学であっても、肝心なことは事実かどうかですよね。
理論的に正しくても、現実に事実かどうかが一番大切なのですから。

p188に続きます。
犬とか猫、時に猿などをペットとして可愛がるのは、一種の近親感を意識するからです。
もうすぐ人間として生まれ変わってくる段階まで近づいてきているために、動物の方でも人間の愛を受け入れようとするのです。
p193には
(SB) 新しい霊・・・初めて人間の身体に宿る霊は、動物の類魂の中の最も進化した類魂です。
(問) 動物で一番進化しているのは何ですか。
(SB) 犬です。
 p197には
(問) 犬の次に進化している動物は何ですか。猫ですか、猿ですか。
(SB) 猫です。
動物界の中で一番進化しているのは“犬”だということなので、『新しい霊』というのは犬の類魂が進化して新しく個別化して生まれてきた霊、ということなのでしょう。
かなり納得しました。

これらの内容は、シルビア・バーバネルが書いた「動物の死後」の中に書かれているようです。
興味のある方はぜひそちらをお読みになることをお勧めします。

人間というのは何億年もかかってようやく生まれることができたのですね。
今生きている私たち人間はこんなにも長い長い年月をかけてもらって、やっと誕生できた。
そのように法則が出来上がっている、ということでしょうか。
これこそ神の愛という他はありません。
そう思うと人生を無駄にはできません。
     


  

 













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